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中年サラリーマン。副業、殺し屋。  作者: おれんじ
第1章 殺し屋サラリーマン誕生
5/11

田中、ヤクザの元にカチコむ。

 剣山会(けんざんかい)。他の組織との抗争が目立ち、一般市民すら犠牲にすることもしばしばという悪名高いヤクザのグループ。

 その組長…松原信玄(まつばらしんげん)の住む、都内に構えられた荘厳な出立ちの大きな日本家屋。

 当然警備も厳しく、その入り口には明らかにカタギでない輩が6名も立っていた。


「で……今から…。」


「あそこに乗り込んで組長のクビ取ったるで!」


「ヤクザのアジトに殴り込むテンションじゃない!」


 俺と志島月子は家屋の入り口から50メートル程離れた茂みに身を潜めていた。

 時刻は24時30分。当然陽は沈んでいて、暗闇は俺たちが隠れるのを手伝ってくれていた。


「まあ見てなって。きっと仕事を終えた時…田中さんは殺し屋になりたくて仕方ないって感じになってるよ。」


「……いくらお前のチェーン技術が強くてもよお…あの広い家屋の中には何十っていう構成員がいるんだぜ…数でこられたらお終いじゃねーか。」


「甘いわね殺し屋見習い。そんな状況を切り抜けて任務をこなすのがプロってものよ。」


「…誰が見習いだ。」


「まあ見てなさい。」


「またお得意のチェーンか?」


「フフ。」


 笑みを浮かべた志島月子はスクールバッグから取り出したマフラーを深々と自身に巻いた。身元がバレないための工夫だろうか。


 そして彼女はチェーンを見せる素振りすらなく家屋の入り口、6人の構成員が警備をする場へ向かい軽快な足取りで歩き始めた。


「ええっ!?おい!」


 構成員たちは歩み寄る志島に気が付き、注意を向ける。しかし警戒はしていない様子だ。

 そりゃそうだ。ヤクザの事務所に女子高生がカチコムなんて想定外も想定外。


「ガキ!帰れオラ!」


 虫を払うかのような手振りで志島に引き返すよう伝える構成員だが、志島は歩みを止めない。


「あのぉ…お手洗い貸していただけませんか?」


「ああ!?ここがどこだか分かってんのかガキぃ!」


 ヤクザは怖いし口調も荒いけど…かなり真っ当なツッコミだな。


「あの…でも…どうしても行かなくちゃいけなくて…。」


「ふざけんな!どっか外の茂みでも使えや!」


「あ…その…そうじゃなくて…。」


「あ?」


「返り血…落としたいんです。」


 志島はそう言うとバレリーナのようにクルクルと綺麗な孤を描き回転しはじめた。

 両腕を広げる。

 遠心力が働き、袖口からはギラリと光るシルバーのチェーンが顔を覗かせ始める。


「ガキ!何を…。」


 彼の言葉が詰まった理由はシンプルだった。

 チェーンで顎を砕かれたのなら、喋ることは不可能だろう。


「お…おい!」


 ここで彼らはやっと気が付いた様子だ。

 目の前の可愛い顔をした女子高生が脅威であることに。しかしもう遅かった。


 志島月子は回転速度を増し、つまりチェーンの持つエネルギー量が増え、警戒を募らせた男たちの顔や腹部を砕いていく。


 志島月子がしなやかに回転を止めると、そこには6人の男が呻きながら横たわっていた。


「…スゲ。」


 思わず声がでてしまった。


「第一関門クリア〜!田中さん!家の中にカチコむから!こっち!早く!あ、一応顔は隠してね!」


 志島月子は言いながら茂みに置いてある自身のスクールバッグを指差した。

 若干の抵抗感に襲われながら女子高生のバッグを漁ると、プロレスラーの覆面のような赤と黄色の模様が入った派手なフェイスマスクが出てくる。


「……もっとマシなのねーのかよ。」


 そう呟きながら志島月子の元へ合流する。


「田中さんのためにドンキでわざわざ買ったのよ?」


「センスが悪い。」


「私のセンスは殺しに全振りしてんのよ。」


 マフラーで顔が隠れていて確認のしようがなかったが、おそらくそう言う志島月子は笑みを浮かべていた。


 彼女はヤクザの詰め込まれた家屋に向き直ると、入り口に備え付けられたカメラに向かって中指を立てる。


「さ…行きましょ。これからじゃんじゃかヤクザが来るわよ…フッフッフ。」


 彼女は心底楽しんでいた。暴力を…或いは殺人を。

 だがその姿は眩しいほどに輝いて見えた。

 自分の能力を…才能を信じて疑わない。そんな様子が羨ましく思えた。


 彼女がやはり軽い足取りで家屋の中に入っていく。

 俺も数歩遅れて後に続いた。

 勿論不安や恐怖はある。だって今まさにヤクザに喧嘩売ってんだもん。


 でも俺は志島月子の能力を知っている。その態度からも、今回の任務は彼女にとって朝飯前だということも感じ取れる。

 だからある程度は落ち着けていた。

 何かあっても…志島月子といれば大丈夫。そう自分を言い聞かせていた。



 …今思えばここが分水嶺だった。

 大して深く考えずに志島月子の後を付いていくその一歩一歩が、俺の人生を狂気とグロテスクで溢れた世界へと近づけていた。


 このヤクザの詰まった家屋の中で…俺の運命は大きく変わってしまった。


続きます。

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