田中、久しぶりに爆笑する。
「お茶でーす。」
「おっ!気がきくね!」
「お茶でーす。」
「ありがとう!」
「殺し屋のスカウトでーす。」
「俺のとこにもお茶持ってきてくんねーかな。」
突如俺の勤務先に潜り込んできた少女、志島月子。その目的は…俺を殺し屋としてスカウトすること…らしい。
「おチャカでーす。」
志島が俺のデスクの上に銃を置く。
「!?」
俺は反射的にそれを引き出しに入れて隠した。
「殺し屋になるんですもの。チャカの扱いくらい学ばなきゃね!」
「だからなんねーよ殺し屋なんかに!」
口を尖らせる志島月子。
「つーかよ。お前女子高生じゃねーの?派遣でウチに来たって…わざわざ学校辞めたのかよ。」
「辞めるわきゃないでしょ。潜入に関してはお手のものよ。なんたって…殺し屋ですから。」
「…俺はまだお前が妄想癖がスゴいイカレ女の説も残している。」
「失礼なこと言うわね。パワハラで訴えて社会的に殺すわよ。」
「そういう殺し方もあんの!?」
朝から無駄な体力を使っていることに辟易していると、机の上に書類の束が降ってきた。
「うわっ!」
顔を上げると課長の長谷川がこちらを睨んでいた。
「…仕事を放ってお喋りとは良い身分だね田中クン。」
志島月子はいつのまにか姿を消していた。
危機察知能力の高いヤツめ…。
「で、田中クン。この書類…今日中にまとめてもらえるかな。」
「……この量はちょっと…厳しいかと…。」
「ああっ!?」
やばい。逆撫でした。
「……やらせて頂きます。」
「…フン。ろくに仕事もできない無能が…。」
「………。」
「超怒られるじゃん!」
悪びれる様子もなく再び姿を表した志島月子が揶揄うように言う。
「……まあ仕方ないさ。俺が仕事できないのは事実だしな。こういう誰にでもできる作業をこなすしかない。」
「それは違うわよ。」
「?」
「あなたは仕事ができないんじゃない。この仕事に向いていないだけ。誰にでもあるわよ向き不向きは。そこで言うとあなたに向いてるのは…?なんでしょう!」
「……何も向いちゃいないよ。」
「ノリわるっ!」
「申し訳ないね…。」
「……。根暗め…。ちょっと見てなさいよ。」
「?」
志島月子は俺に背中を向ける。
彼女の視線の先には長谷川課長。おおあくびをしながら自分のデスクに着席しようかというところ。
「よっ!」
志島が腕を振るうと、服の袖口から例のチェーンが放たれ、高速で長谷川の元へ迫る。
「まさか殺っ…「すワケないでしょ。」
チェーンは長谷川の椅子の足に巻きつく。
志島が軽く腕を引くと、ローラーのついた椅子は軽々と移動する。
既に腰を下ろし始めていた長谷川は椅子の位置が変わっていることに気が付かず、そのまま派手な音を立てて横転してしまった。
「どぅっおああああ!!!」
尻を打ちつけた長谷川の悶絶が室内に響き渡る。
「ぷふっ!」
俺は必死に笑いを堪えようとしたがどうも無理らしい。
急いで席を立ち、人のいない廊下に出る。
「く…くく…うわっはははは!!ああ…あの声…ククククク!」
「ヒヒ。どうよこの命中精度。」
「クク…いやホント素晴らしいよ。久しぶりに爆笑した。」
「教えて欲しければ指導してやらないこともないわよ。」
「………。なあ、なんでそこまで俺に拘るんだよ。」
「あんたに殺し屋の才能があるからに決まってるじゃない。」
「………。俺は…。」
「あっ!」
スマホを取り出した志島月子が俺の言葉を遮った。
「…なんだよ。」
「新しい殺しの依頼。」
「メールで来るんだ。」
「いえ、LINEよ。」
「急に世俗的だな。」
「……田中。あなたが殺し屋になるのを渋ってるのは分かったわ。だけど…1つだけチャンスをくれない?」
「チャンスぅ?」
「…この殺しの依頼に同行してほしい。あなたに殺させはしない。私の仕事を側で見ていてほしいの。」
「……。」
「それを見て…あなたがそれでもこの業界に入りたくないって言うなら…諦めるわ。」
「……ああ。…分かった。ついていくよ。」
「ほんと!?」
志島月子は年齢に相応しい無垢な笑顔を作り喜んだ。
「…会社が終わった後で頼むぜ。ここをクビになったらそれこそ殺しでもやらねーと生計がたたねぇ。」
「ふふ。それじゃ!決行は今夜24時頃ということで!」
「今日さそっくか…。ターゲットはどんな奴なんだ?また脱獄囚?」
「そんなに頻繁に脱獄があってたまるもんですか…日本の治安はめちゃめちゃイイのよ?」
「まあそうだよな。じゃあもっと小振りの標的か。」
志島は無言だったが、ニンマリと口角を上げたその表情は、俺に嫌な予感をもたらした。
「ヤクザの事務所に乗り込んで…組長の首をとります!!」
「………。やっぱ付いて行くのやめていい?」
続きます。