愛より大事なモノ
Ⅰ 13月32日 -愛より大事なモノ-
子供にとって親の愛は絶対に必要だ。
愛情不足はひねくれるから?
そうではない。
親の愛が無いと子供にお金をかけないからだ。
優しい言葉も思いやりも共感も生活の安心も、無くても良いのだ。
そんな贅沢なことは言ってない。
精神的に不安定にはなるし、魅力的な大人にならないが、今死ぬわけでは無い。
しかしお金は幾分かけてもらわなければならない。
制服や文房具、日用品や生理用品等等。
無いまま皆と同じ学校生活を送るのは苛烈である。
ノートを買いたいと言い出せず1冊消しゴムで消して古いノートを使い回す。
消しゴムは学校の落とし物から持ってくる。
靴下のゴムは伸びきって輪ゴムで上から止め、スカートは既に丈が足りない。
白い襟のある制服はシミと洗濯でヨレヨレでサイズも小さく大きくなりかけの胸が透ける。
甘いものが食べたいが無いので砂糖を溶かして舐める。
冷蔵庫に沢山ある食べ物は私のためではない。
給食が唯一のごちそうであった。
私は自分が食べたいとも、欲しいとも、必要だとも言い出せない。
私にはその資格が無いように母は振る舞う。
美味しそうなお菓子も可愛い文房具も汚くないサイズの合った服もうらやましくて仕方なかった。
真冬の半袖は寒いのだ。穴の開いた靴はすぐ水が染みこむ。
調理実習で卵を持って行く必要がある時、ついに怖くて母に言い出せなかった。
持って行けない私に先生は「恵んであげましょう」と言った。
親切な小学生の同級生達は「ち、しょうがねえな」とスクランブルエッグの小さなカスをくれた。
皿に散らばった10個程の干からびた卵のカスを箸で食べながら、はっきりと
”惨め”とはこういうことなんだ、と思った。暫く顔を上げられなかった。
お金を掛けて貰えない子供の生活は、あらゆることが惨めであった。
あらゆる幸運は自分から一番遠いところにあった。