記憶
Ⅰ 13月35日 -記憶-
9歳の時ピアノの発表会があった。
怒られ泣きながら練習したが大して上手くはないのは知っていた。
本番の日、母は一切私のことは触れない。
緊張した?ともミスったね、とも。
しかし他の出演者の子のことはよく見ていた。
去年より上手くなった子や、見込みがある子のことも。
今年の司会者は知識があるし、会場は去年より少し狭い。
飾りの花は豪華だし、先生の衣装はちょっと大きいと沢山感想はあるようだ。
その話を聞く相手として私が居るだけで、一切私の存在に触れない。
あまりに触れないので、自分が弾いたかも段々分からなくなった。
その時から後、数時間記憶が無くなっている。
気が付いたら道路を渡っている。
何でそこにいるのか分からない。
ぞっとした。我ながら異常な状態だ。早く思い出さないとと焦った。
手に珍しい物を持っており、普段着ないワンピース姿なので、これは何かイベント的なものの帰りだ。
当時ピアノしかしていなかったので、発表会しかないし、だったら手にもっているのは記念品なのだと推測した。なら弾いたのではないか、と思い返すと、うっすらと会場に居た映像を思い出した。それ以上は分からなかったが。
存在しないように扱われると、子供は自分が存在しているのか分からなくなる。
これが最初の記憶欠損で、後々度々欠損を起こす。
少しは思い出すことはできるが、その時、何とも言えない惨めな気持ちになる。
皆に無視され、存在に値しない自分を、拾ってやったかのようだ。
今日私は正常でいられただろうか。
明日私は正常でいられるだろうか。