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第五五話 マッド・サイエンス

「私ね。ユークロニアにいたときには、極秘裏に創設された転生分析チームに所属していたのよ。インテグラル、って組織なんだけれど」


 ヒルダはリョーコの顔を時々見ながら、理解できているかを一つ一つ確認していく。


「インテグラル。全体、あるいは統合、って意味か。なるほど、意識高い系の方々の集まりって感じね」


 ふふん、とリョーコは鼻で笑った。

 いかにも、非倫理的な実験を理屈をつけて正当化しそうな組織名だ。

 ヒルダは、苦笑しながら肩をすくめた。


「そう思われても仕方ないわね。国際的に違法な組織だから、まあ、秘密結社。そんでもってインテグラルは、転生に必要な遺伝子情報を入手した時点で、それを人間に人為的に組み込もうとしたってわけ」


 かなり端折った経過説明に、リョーコが突っ込みを入れる。


「ちょっと待って。転生先の肉体には、記憶継承用パスワードRNAってのは基本的に存在していないんでしょ?」


 これから転生しようとする人の中に、転生先の異世界情報を持つDNAがあって。

 さらに、記憶を継承するためのパスワードRNAがあって。

 その二つが存在したうえで死ぬと、記憶を継承したまま異世界に転生する。


 だがこれらの遺伝子は、転生に伴って転生先の肉体に引き継がれるのでは、もちろんないはずだ。

 よほどの偶然が重ならなければ、転生先の肉体は、その世界の他の住人達と何ら変わらない通常の遺伝子構造のみを持っているだけのはずである。


 もし記憶継承用パスワードRNAを引き継ぐようなことがあるとすれば、それはすなわち永遠に記憶を保持して転生し続けることになってしまう。

 私のように。

 それがあり得ないからこそ、私はあのグラム・ロックの男に、イレギュラーと呼ばれてしまったわけだが。


 リョーコの問いに、ヒルダがうなずく。


「その通り。記憶継承用パスワードRNAの効力は、一度きり。転生した時点で、それは転生元の肉体から消去されるし、もちろん転生先には引き継がれない」


「じゃあ、どうやって記憶継承用パスワードRNAの塩基配列を解析したのよ。転生してしまった後でその人の遺伝子を知らべたところで、それってもう存在していないんでしょ?」


 それについては、異世界情報DNAも同じことであろう。

 ぶっちゃけて言えば、ただ単に「私は異世界転生者です」と自己申告をしているだけで、転生後の身体の中には、転生遺伝子はその痕跡すらも存在していないはずである。


 まあ、異世界転生者同士の記憶や知識を照らし合わせて、もしそれらが一致しているのであれば、その人たちはやはり同じ世界からの転生者であるとの推測は一応成り立つのだが。


「わからない」


 ヒルダはさらっと言う。


「え。わからないって」


「誰がユークロニアにその塩基配列をもたらしたのかは、まったくもって不明なのよ。最重要機密なのかも知れないし、本当に誰も知らないのかもしれない。それこそ、ある日、床にメモが落ちていた的な」


 転生に必要な遺伝子情報が、突然降ってわいたように現れた。

 どう考えても、怪しい。


「……それって、誰かに仕組まれてない?」


「かもね。でも、もしそうだとしたら、それはユークロニアの世界の住人の仕業じゃないと思う。完全なオーバーテクノロジーなんだから」


 ヒルダはそう言って、再び肩をすくめた。






「……それで、とにかくその異世界転生DNAと記憶継承用パスワードRNAを手に入れたとして。インテグラルって組織は、それを人間に組み込んだのね?」


 出所不明の、何の治験もなされてない転生遺伝子なるものを、ためらいもなく人間に組み込むとは。

 そのインテグラルなる組織も、大概である。


「組み込もうと、した」


「あれ?」


「当初、その実験はことごとく失敗したわ。何故だかわからないけれど、とにかく拒否反応としか言えない。転生遺伝子を組み込んだ肉体は、ことごとく自己融解を起こしてしまったの」


「自己融解って」


「文字通り、ドロンドロンに。おっとごめん、そんな顔しないで。で、結局ユークロニアの科学技術では成功させることはできなかった。完全に行き詰まりね」


 まあ、そりゃそうか。

 自分たちで解析したわけでもない遺伝子情報をうまく適合させることなど、至難の業に違いない。


 だが、ヒルダもエリオット君も、そして私も。

 異世界転生して、この世界に存在している。


「でもそれじゃあ、ヒルダたちはどうやって遺伝子を組み込まれたのよ」


 ヒルダは指を組むと、リョーコに顔を寄せた。


「私たちが生まれる、十年ほど前だって聞いてるわ。インテグラルは、一人の治癒師を手に入れた。それは、まったくの偶然だったみたいね。そしてその治癒魔法を利用して、ついに転生遺伝子を人間に組み込むことに成功した」


「……なんと。治癒師が、インテグラルに転生を」


「そう。当然、インテグラルは狂喜した。ようやく、異世界を攻撃する手段を見つけることができたからね。別段攻撃されていなくても、こちらが相手より優位にあると分かれば、先手を取って侵略する。相手のことを知らないが故の恐怖心が、その研究を加速させたのね」


 リョーコは、まったくうんざりしていた。

 転生なる奇跡の知識を追い求めて。

 結局思いついた利用法は、戦争か。


「しかし軍隊を送るには、治癒師一人では圧倒的に不足している。それに、異世界には治癒魔法以外の魔法が存在することも分かった。よって、まず治癒師と魔導士を量的に確保することが当面の目標となった」


「……なるほど。戦争捕虜と奴隷貿易、か。まるっきり中世ね」


「うーん。リョーコにそう言われると、欧州人だった私は肩身が狭いわね」


 そうか、ドイツ出身だって言ってたっけ。

 それをヒルダが言うと、ますますかっこよく見えてしまうのはずるいなあ。

 別に私、西欧人コンプレックスなんてないんだけれどね。


 でもまあ、支配と抑圧の歴史はヨーロッパに限ったことではないから、それを彼女が気に病む必要はないのだが。

 狭い日本の中にだって、それなりに複雑な歴史はあったんだし。


「でもさ、ヒルダ。この世界からユークロニアに帰るには、やっぱり遺伝子知識を持ったユークロニアンと、それを組み込む治癒師が必要なんじゃない?」


「ザッツ・ライト。だからこの世界のどこかに、ユークロニアに協力している治癒師がいる。それが誰だか、私は知らされていないんだけれどね。私がいざ帰るってなったときに教えてもらえる予定だったんだけれど、もう戻りたくなくなっちゃったし」


「そうか……この世界にとっては裏切者の治癒師が、どこかにいるわけだ」


「そういうことになるわね。まあとにかく、ぞんなこんなで現在に至ってるって訳」


 ふう、とヒルダがため息をついた。


「私がインテグラルに嫌気がさしたのも、これでわかってくれるでしょ? ほんと、私の倫理観と美意識に反するわ。最初は協力してたのも、今となっては、我ながら全く魔がさしたとしか思えない」


 そう言うとヒルダはぶすっと腕を組んで、天井をにらんだ。






 なるほど、はっきりしてきた。

 端的に言えばこの世界は、私の元居た世界からの侵略を受けている。


 ヒルダはそんな元の世界に嫌気がさして、縁を切った。

 エリオット君はこの世界を守るために、治癒魔法を根絶させて鎖国を断行しようと考えている。


 そしてフリッツ君は、恐らく異世界転生者の手によって、不完全ながらも不死の呪いを背負わされてしまった。

 彼は、自分の運命を狂わせた異世界転生者たちに、今も復讐を続けている。

 そしてフリッツ君はまた、不死を利用されることを恐れているエリオット君に狙われてもいる。


 あとわかっていないのは、私がこの世界に転生させられた目的、か。

 自分の事がわからないってのが、一番厄介だわ。


「それにしてもヒルダ、ほんとうに詳しいわね。ドクターの私でも、あなたの遺伝子の話についていくのはぎりぎりなんだけれど」


 リョーコに()められたヒルダは、えへんと胸を張る。


「当然よ。大体『核撃』にしたって、正常な遺伝子構造を完璧に熟知してなくちゃ使いこなせないからね」


 正常な遺伝子構造って簡単に言うけれど、そんなもの、記憶できるのか。

 ドクターの私だって、二重らせんであることぐらいしか知らないぞ。

 途方もない膨大な知識、取得するのに一体どれだけの年月がかかるのか。


「……ヒルダって、本当は歳いくつよ」


 リョーコが恐る恐る尋ねる。


 まあ女性同士だから、年齢を聞いても失礼には当たるまい。

 転生なんてものがあるから、もはや見た目の年齢なんて信用できないし。

 まさかフリッツ君みたいに、七百歳なんてことはないだろうが。


 ヒルダはきょとんとした。


「何言ってるのよ。リョーコ、私の歳知ってるじゃない。あんたと同じ二十四歳、浪人なしの現役で魔導士アカデミー卒業よ」


「え、そのままなの」


「私、ドイツで遺伝子工学の博士号をとったのは九歳の時だもの。そんで、この世界の孤児に転生したのが十二の時」


 あちゃー。

 こいつ、天才だったのか。


 ヒルダは、窓越しに夜空を見やった。


「私も若かったのよね。遺伝子を利用して転生ができるなんてことに、夢を持っちゃったりなんかして。そうして志願して転生してみれば、現実は異世界間戦争だったんだもの。人間ってどんなテクノロジーを獲得しても、結局やることは同じなんだなって。人生にはもっと他に考えるべきことが、うんとあるのにね」


 リョーコはうれしくなった。

 さっき私が持った感想と、同じ気持ちでいるんだ。

 私が好きなのはそういうところだぞ、我が親友。


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