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第四八話 王子様と、二人きり

「リョーコさん、ご無事でしたかぁ」


 近づいてくる駿馬の背から響いて来る、聞き覚えのある声。

 馬上の人物は、もう一頭の馬の(くつわ)を片手に取って、器用に二頭の馬を率いている。

 我が目と耳を疑ったカレンは、素っ頓狂な声を上げた。


「殿下! まさかお一人で、このようなところまで。何やってんですかあ」


 そんなカレンの嘆きにもどこ吹く風の王位継承権第四位、エリアス王子は、肝が据わっているのか何なのか。

 彼は二頭の馬を巧みに操りながら一行のそばまでやって来ると、慣れたしぐさでひらりと馬から降りた。


「いや、ね。馬がいたほうが、何かと便利じゃないかなって思いついてね。軍の駐屯地に寄って、ちょいと拝借してきたんだ」


「だからって、何も殿下自ら」


 頬を膨らませて詰め寄るカレンに、エリアスは思わずじりっと後ずさった。

 エリアスが最初に呼び掛けたのが、彼女ではなくリョーコであったことに機嫌を損ねているとは、エリアスも、当のカレンすらも気付いていない。


「あいにくと、騎兵が出払っていてね。馬に乗れるのが、僕しかいなかったからさ」


 ミルダール王国は島国であり、最大の面積を持つここ本島でも、広大な平野というものはほぼ存在していない。

 加えて、大きな内乱のない王国は仮想敵国をいまだ未知の大陸に設定しているため、大型船とそこから発進する上陸用舟艇による上陸作戦が戦術の柱とされている。

 故に、おのずと兵種の構成も歩兵や海兵隊、山岳部隊といった性格のものとなり、騎兵はあまり発展していないのが現状であった。


 王宮騎士のカレンは騎乗の技量もかなりのものだったが、彼女やエリアスはむしろ例外であるといっていい。


 カレンの詰問から逃れようと救いを求めるようにリョーコの方を見たエリアスは、眉をひそめた。

 彼女に膝枕をされているフリッツと、そばに横たえられている黒髪のボーイッシュな女性。


「リョーコさん。その女性、怪我をされているのですか? それに、フリッツ君も動けないようですが」


 リョーコは一瞬言葉に詰まった。

 悪魔と対等に渡り合える存在が自分とフリッツのみだと思っているであろうエリアスに、第三の存在を話していいものかどうか。

 結局、リョーコは簡潔に答えるにとどめた。


「私の友人の、ヒルダです。悪魔との戦闘で負傷して、治癒魔法で一命はとりとめていますが」


 深手のヒルダを見て急を要すると判断したのであろう、エリアスはそれ以上深く追及しようとはしなかった。


「そうですか、やはり悪魔が現れたのですね。情報通り、か。それで、フリッツ君も負傷を?」


 フリッツの手を握ったまま、リョーコは表情を曇らせた。


「いえ、私たちが到着した時にはすでに戦闘は終わっていたんですが。彼は治癒魔法の長時間使用で、かなりのライフ・フォースを消費してしまって」


「フリッツ君が、ここまでの消耗を。かなりの難治療だったんですね」


 エリアスは小さくため息をつくと、フリッツのそばにかがみこんだ。


「フリッツ君。僕です、エリアスです。わかりますか?」


 目は閉じていても会話は耳に届いていたのだろう、フリッツの返答は遅滞なかった。


「大丈夫です、殿下。それよりも、悪魔を取り逃がしてしまいました。申し訳ありません」


 エリアスは首を横に振った。


「いえ。私の依頼が、どだい無茶なものだったのです。それよりもフリッツ君」


 エリアスは連れてきた二頭の馬を振り返った。


「君、馬には乗れますか?」







 突然の問いに、フリッツは薄く目を開けた。


「ええ、乗れます。距離のある町への往診なんかでは、大抵馬を使っていましたから」


「それはよかった。気を利かせて馬を二頭連れてきた僕を、大いにほめてもらいたいな。君が一頭、もう一頭にはカレンとその怪我をされた女性。君たちで、先に街へ帰還してください。馬に乗れるだけの体力はありますか?」


 ふらつく頭の中でエリアスの言葉の意味を理解したのか、フリッツは体を支えて起き上がった。


「もう少し休めば、そのくらいは。しかし、それでは殿下とリョーコさんが」


「なあに、僕たちは五体満足なんだ。街までぶらぶらと歩いて帰りますよ、心配無用です」


 そばで聞いていたカレンが、再びエリアスに詰め寄った。


「とんでもない。私、殿下を置いてなど行けません」


 エリアスは丸眼鏡を押し上げると、カレンの肩に手を置いた。

 スキンシップに不慣れな女騎士は、ぴきっと硬直する。


「カレン。君も副長なら、簡単に計算できるだろう? 一頭の馬には二人までしか乗れない。それが二頭、最大でも四人しか乗れないんだよ。誰かが一人きりで歩いて帰るより、二人一組で帰った方が安全だ」


 横で聞いていたリョーコが、慌てて手を振った。


「お気遣いなく、エリオット君。私なら、一人で歩いて帰れるから。こう見えても、ほら、君の言うところのサムライってやつだし」


 二人きりでエリオット君と歩いて帰ったりなんかしたら、カレンさんに殺されちゃうんじゃないかしら。

 まあ彼って、王子様という境遇ゆえか、場の空気なんて全く読めなさそうだけれど。

 鈍感男に惚れたら苦労するわよ、カレンさん。


 そんなリョーコの内心も知らず、エリオットことエリアスは得意そうに続ける。


「リョーコさん、僕だってこう見えても男なんですよ。女の子を一人で置いていけるわけないでしょ。こういうの古臭いけれど、自宅警備員なりにちっぽけなプライドくらいあります」


 そう言って、エリアスは照れたように頭をかいた。


「まあ僕が一人で帰るって選択肢もあるけれど、さすがにボディガードが欲しいので。やっぱり僕とリョーコさんが組むのがベストだと考えるけれど、どうだいカレン?」


 カレンは両手を胸の前で組んで、目をうるうるとさせながらエリアスを見つめている。

 どうやら、彼のなけなしの男気に感動しているらしい。


「……わかりました。リョーコ様と怪我をされているヒルダ様のお二人を案じられる、殿下のお心持ち。このカレン、エリアス様が初めて示された騎士道精神を目の当たりにして、大変うれしく思います」


 リョーコは大きくため息をついた。

 人のこと言えないけれど、カレンさんもちょろいなあ。


「初めてって、それは言い過ぎでは」


 エリアスの抗議を最後まで聞くこともなく、カレンはそそくさと荷物をまとめ始めた。

 

「そうと決まればエリアス様。私はヒルダ様とフリッツ殿と一緒に、いったん街へと戻ります。お二人をお届けしたら、すぐに戻ってまいりますゆえ」


 さすがに彼女は王宮守備隊の副長である、一度決断すれば行動は迅速だった。

 いいよいいよと、エリアスが手を振る。


「戻ってこなくても大丈夫だと思うけれど。悪魔たち、もう現れないと思うし」


 ん。

 直接悪魔たちと戦っていないのに、何だか自信ありげな口ぶり。


「そうそう、カレン。レイラさんはまだ帰ってきてなかったけれど、大まかな事情は書き置きで残してあるから。君にはとりあえず、二人の看病をお願いしたいかな。それじゃあみんな、帰るとしようか」


 命令を受けたカレンはひらりと馬に乗ると、いまだ気を失っているヒルダをそっと抱え上げて自分の背に結わえ付けた。


「了解しました、殿下。それではリョーコ様、殿下のこと。く、れ、ぐ、れ、も、お願いいたしますね」


 リョーコには、カレンの目が一瞬きらりと光ったように見えた。


「はっ。命に代えても、お守りいたします」


 引きつった笑顔で、リョーコはカレンに敬礼を返す。


 そうしてもう一頭の馬へと近づくと、彼女は鞍に上がったフリッツに声をかけた。


「フリッツ君、こんなに疲れるまでありがとう。ヒルダの治療、本当に感謝してる」


 彼は再び、リョーコの手を握った。


「僕も、リョーコさんと二人乗りして帰りたいのはやまやまですが。ヒルダさんの回復も、もう少し時間がかかりそうです。せめてこちらの方は、僕に任せてください」


 リョーコは少しだけ指を絡めてから、手を離した。


「うん。気を付けてね」






 駆け去る二頭の馬を見送ったリョーコとエリアスは、自分たちも港の出口へと歩を向けた。


「それじゃあ、エリオット君。私たちも帰りましょ」


 エリアスは例の大きなバックパックを、よっこらしょと担ぎ直した。


「ええ、リョーコさん。ここから街まで、ゆっくり歩いて二時間ってところですか」


「そうね。まあ、私がしっかりガードしてあげるから。大船に乗ったつもりでどうぞ」


 エリアスはにっこりと笑うと、腕まくりして軽く力こぶなど作ってみせる。

 どきり。

 意外と、いい上腕二頭筋してるじゃない。


「言ったじゃないですか。むしろ僕のほうこそ、リョーコさんをガードして差し上げますよ」


 リョーコは苦笑しながら、エリアスの背をぽんと叩いた。


「別にいいわよ、見栄なんか張らなくても。剣の腕、ぜんぜんなんでしょ。実際、武器も持ってないじゃない」


 ふふ、とエリアスは余裕の笑みを浮かべた。


「武器ですか。僕、あまり好きじゃないんですよね。どのようなものにしろ、特定の武器って、それに合わせて対策されやすいじゃないですか。その点、格闘なら無限のパターンがある。集団戦ならともかく一対一の戦いにおいては、相手に読まれないトリッキーさは大いに有効と考えますが」


 おっと。

 王子様の口から、戦闘理論が飛び出してくるとは。


「それって、素手で戦うのが一番相手の意表を突けるって事?」


「まあ、個人的にそう思っているというだけですが。それよりも」


 歩きながらエリアスは、ちらりとリョーコの横顔を見た。


「さっきは、ちょっとわざとらしかったですかね」


「何が?」


「ほら、他の三人を馬で先に帰したでしょう。僕、本当は三人乗りもできるんですよ」


 さらりと言うエリアス。


「へー、それはすごい。やっぱり王族って、乗馬の技術はマストなんだ」


 何気なく返した後で、リョーコはぴたりと立ち止まった。


「何ですって。ということは、エリオット君とフリッツ君と私の三人で、馬に乗って帰れたって事?」


「そういうことです。あの二頭の馬はどちらも軍用馬ですからね。大人三人程度の体重では、移動に何の支障もありません」

 

「ちょっと。どうして、それを言わなかったのよ!」


「リョーコさんと二人きりになりたかったので」


 リョーコの顔がひくっと引きつった。


 おいおい、今頃になってモテ期到来かよ。

 異世界って、どうなっとんじゃ。


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