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第四二話 デーモン・ハンターズ

 リョーコはエリアスの前にがちゃんとコーヒーを置くと、そっぽを向きながらぶっきらぼうに尋ねた。


「それで、朝から何しに来たんですか。えーと、王子様でしたっけね」


 エリアスがフリッツにそっと耳打ちをする。


「まいったなあ。リョーコさん、なんか冷たくないですか?」


 無自覚なエリアスを、フリッツが困り顔でたしなめた。


「殿下がサプライズなんか仕掛けるからですよ。リョーコさん、ああ見えて根に持ちますからね。でも、本当にどうしたんですか」


 エリアスはコーヒーに手を付けないまま、そのとび色の瞳をフリッツに向けた。

 そばに侍しているカレンの表情にも、緊張が見て取れる。


「実はね。君に、頼みたいことがあるんだ」


 エリアスの声色が変化したことに気付いて、フリッツは姿勢を正した。

 王宮守備隊の司令が、民間人で部外者の僕に依頼を行う。

 当然そこには、公にできない何らかの事情があるはずだ。


「何でしょう、僕にできることなら」


「君にしかできないことだ」


 エリアスはポケットから例の投書をつまみだすと、フリッツに差し出した。

 一読したフリッツの顔色がさっと変わる。


「これ、確かな情報なんですか」


「かなり不確実な情報と言えるね。出どころからして不明だ」


 内容がこと悪魔に関するものでなければ、いたずらとして一笑に付されるような案件だ。

 しかし、悪魔の行動を予測し予告した情報は、これまで皆無だった。

 先手を取ることが不可能であったがゆえに、いままでさんざんに手を焼いてきたのだ。

 だからこそ、この情報には信ぴょう性がある。

 考えられるとしたら、内部告発か。


「しかし殿下。仮にこの情報が本当だとして、人が誰もいないようなふ頭に、なぜ悪魔が現れるんです? 奴らの目的って、子供たちを殺すことじゃあ」


 当然のフリッツの疑問に、エリアスは眉をひそめた。


「君の言うとおりだ、ふ頭に子供たちがいるはずもない。今回のターゲットは、何か別にあると考えるべきだろう」


 フリッツは、思わず両手を握りしめた。

 常とは異なる悪魔の行動目的。

 今回の狙いがわかれば、今後の奴らの活動を推測することができるかもしれない。

 あえてリスクを冒す価値は、十分にある。





 フリッツは窓の外を見た。

 冬の朝ではあるが、すでに日は少しずつ昇りつつある。


「正午ですか。王立首都港って、ここからかなり距離がありますね。今すぐに発ちます、殿下」


 黒いショートコートを手にしたフリッツを、エリアスが引き止めた。


「ちょっと待ちたまえ。僕は君に強制する権利もないし、実を言うと十中八九、この情報は罠だと思っている」


 憂い顔とは裏腹な、確信に満ちたエリアスの口調。

 彼の横に控えているカレンも、不安な表情を隠そうともせずにうなずいた。


「悪魔を倒せるのが現状では君だけだから、こうして依頼させてもらってはいるが。そうでなければ、民間人の君を巻き込みたくはないんだ。危険な任務だ、よく考えてから返事をして欲しい」


 エリアスの実直な言葉に、フリッツは明るい笑顔で返した。


「ご忠告、感謝いたします。大丈夫です、僕は独りじゃありませんから」


 フリッツは振り返ると、リョーコを見た。

 にっこりと笑ってうなずく彼女。

 その意味を察したのか、エリアスは慌てて立ち上がった。


「まさか、リョーコさんも行くんですか? ご存知でしょうが、悪魔には通常の攻撃は通用しません。いくらあなたがサムライだからと言って」


「ご心配には及びません。リョーコさんも、悪魔退治の実績があります」


 エリアスは隣のカレンにちらりと目を走らせた。

 カレンは黙って首を横に振る。

 どうやら、彼女も把握していない情報のようだ。


「本当ですか? 自警団の報告では、アドラメレクという悪魔を倒したのはフリッツ君だと」


「アドラメレクについてはそうなんですが、その前にリョーコさんが、バフォメットという悪魔を一刀両断しています。リョーコさんを怒らせると怖いですよ、殿下」


 エリアスがぎょっとしたように後ずさる。

 リョーコはくすりと笑うと、「破瑠那」を右手で掲げて見せた。


「これは驚いた。フリッツ君が悪魔を倒せる、その原理すら教えてもらっていないのに。加えてリョーコさんまでが、悪魔と戦うことができるなんて」


 エリアスはまだ半信半疑の様子で、二人を交互に見ている。

 フリッツは、困ったように肩をすくめた。


「申し訳ありません。過去の記憶がないので、なぜ僕が悪魔を倒せるのか、その理由は自分でもよく分からないのです」


 フリッツは、自らの血液が悪魔を崩壊させることについて、リョーコ以外の誰にも口外していなかった。

 そんなことを公にすれば、彼自身が悪魔との何らかの関係性を疑われることが、わかりきっていたからである。


 そんなフリッツの言葉に、エリアスは身を乗り出してたずねた。


「過去の記憶が、ない?」


「ええ。そういえば、この前レイラさんと一緒にお会いしたときには、話題に上りませんでしたね。僕は、一年前より以前の記憶がないんです。アカデミーのジェレマイア理事長には、先日お話ししたんですが」


 エリアスは、意外な感に打たれた様子であった。


「そうなのか。だから、君はアカデミーに所属していなかったのか」


「まあそういうわけで、この剣で切ったら悪魔が崩壊するんですが、なぜかと問われればなんとも」


 リョーコは、その本当の理由を知っていた。

 フリッツ君の血液が悪魔の体内に注入されることで、奴らの肉体が崩壊する。

 彼の血液が、何らかの化学反応を引き起こしているのか。

 リョーコもそのことについてフリッツにそれとなく尋ねたことはあったが、彼の返事はきまってあいまいなものに終始していて、彼女はそれ以上深くは追求できなかった。


 しかし、フリッツ君がそうだとして。

 それでは私の「破瑠那」の作用原理は、一体何なのか。


 一同の沈黙を破るように、フリッツがぽんと手を叩いた。


「ほら。この前殿下が僕の剣をご覧になったときに、エンチャントの魔法がかかっていそうだっておっしゃられていたじゃないですか。ひょっとしたら僕の剣、何らかの悪魔殺しの付与魔法がかけられているのかもしれませんね」


 リョーコは心の中でほほ笑んだ。

 フリッツ君、なかなかの役者さんね。


 そこまで言ってフリッツは今までの話題を切り上げると、くだんの「スプリッツェ」を腰に下げ、黒いショートコートを羽織った。


「それでは、現地に向かいます。空振りに終わるかもしれませんけれど」






 エリアスのそばに屹立(きつりつ)していたカレンが、胸当ての装着具合を確かめながらつぶやいた。


「エリアス殿下。こちらで少々、お待ちいただけますか」


 エリアスはすでに、その言葉を予想していたようだ。

 そばを離れないとは言ったものの、彼ら二人の決意を前にして、カレンも思うところがあるのだろう。


「僕なら大丈夫、ここは安全だよ。行ってくれるのかい、カレン」


「はい。悪魔の相手は私にはかないませんが、悪魔に同行しているという赤髪のゴーグル男については、対処できるかもしれません。多少なりとも彼らの力になれば」


「そいつも、かなりの手練れだとの報告だけれど」


 カレンは鋭い目つきで宙をにらんだ。

 自警団長のリカルド殿の報告によれば、人間の格闘家が悪魔に協力していると。

 何が目的かは知らないが、王宮騎士の名誉にかけて、好きにはさせない。


「剣さえ通用するならば、遅れは取りません。殿下のおそばをを一時的に離れること、お許しください」


 エリアスは立ち上がるとカレンの後ろに回って、胸当てのひもを確かめてやる。

 わずかに赤くなったカレンに気付くことなく、彼は陽気に言った。


「全然問題ないさ。レイラ殿がお昼までには帰ってくるみたいだし、こちらの心配はいらないよ」


 聞きとがめたリョーコがエリアスに尋ねる。

 

「エリオット君。レイラさんって、王子の護衛が務まるような戦闘経験があるの?」


 フリッツがリョーコの袖を引っ張った。


「ちょっと、リョーコさん。殿下だけれど」


 エリアスは、楽しそうに銀髪をかき回した。


「構わないよ、フリッツ君。リョーコさんとポリーナちゃんにとっては、僕はエリオットなんだ。実はそのことが、少しうれしくもあったりするんだよ。ところでリョーコさん、今の質問だけれど」


 そう言った後で、エリアスは真顔でリョーコに忠告した。


「門限破りなんかして、レイラさんを怒らせちゃだめだよ。彼女が本気になったら、まばたきする間にミンチにされちゃうから」


 こいつは、どうやら洒落(しゃれ)にならないらしい。

 私、ミンチになっちゃうところだったのか。

 金輪際、門限破りは致しません。


 一同の会話を笑いながら聞いていたカレンが、エリアスに一礼した。


「それでは殿下、行って参ります。フリッツ殿、同行をご許可ください」


 フリッツへと向き直ったカレンに、彼はエリアスと同じような念を彼女に押した。


「いいんですか、カレンさん。あなたを守るような余裕が、僕にあるかどうか」


「私の事はお気になさらず。それにフリッツ殿にはご迷惑をおかけ致しましたから、こういったことででもお返ししないと、私の気持ちがおさまりません」


 それを聞いたリョーコが、思い出したようにフリッツをにらんだ。


「そういえば、フリッツ君。カレンさんと何があったか、きっちりと説明して。私年上だもの、一夜の過ちくらいは許せる度量はあるつもりよ」


「許すも何も、僕たち付き合ってすらない……」


「黙らっしゃい。保護者として、いきさつをきく権利があります」


 フリッツは天を仰いだ。


「何考えてるんですか、リョーコさん。この前、ジェレマイア理事長が僕のことを調べにここに来たでしょう? それ、カレンさんからの情報が大元だったんですよ。そのことを、彼女は気に病まれていたんです」


 リョーコはとたんに興味を失ったように、荷物をまとめ始めた。


「あ、そういうこと。そんなの、最初から言ってくれればいいのに」


 フリッツはやれやれと首を振った。


「その病気、いい加減治してくださいよ。僕の治癒魔法じゃ何ともなりませんから、どうか自力で」


 あはは、とリョーコは頭をかいた。


「ごめんごめん。私、気になったことも気にならないことも、全部ひっくるめて忘れられないからなー。馬鹿は死ななきゃ治らないっていうけれど、私の妄想癖、死んでも治りそうにないわよね」


 二人の会話を何気なく聞いていたエリアスが、リョーコの言葉に反応した。


「忘れられない? リョーコさん、なんですかそれ」


「あ、こちらの話です。それじゃあ、ちょっくら悪魔と戦ってきますので。吉報をお待ちくださいな、で、ん、か」


 そうおどけながらフリッツとカレンの後を追って店から出ていくリョーコの背中を、エリアスは丸眼鏡の下から、食い入るように見つめていた。


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