第二四話 アンデッド・マスト・ダイ
「『不死』というのは、死んだら同じ肉体に転生を繰り返す、という事なんです」
フリッツはリョーコの沈黙を、転生という事象に対する驚きだと受け取った。
隣を歩いているリョーコの横顔を、おそるおそる伺い見る。
「驚かせてごめんなさい、リョーコさん。いきなり転生なんて事を言っても、信じてもらえませんよね」
不死には驚いたが。
もちろんリョーコは、転生には驚かない。
信じるも、信じないも。
私、異世界転生者だし。
だけど、今ここでフリッツ君に私が異世界転生者であることを打ち明けるのは、なぜか得策ではない気がする。
転生よりもそれこそ、異世界の方を信じてもらえないのではないだろうか。
それに、私自身が転生ということについて、まだよくわかっていないところもあるし。
ここはひとつ、フリッツ君に解説してもらうとしよう。
リョーコは、あいまいな微笑を作った。
「へえ。なるほど、そういう事だったんだ。それで、転生ってどういうことなのかな?」
フリッツは拍子抜けしたような表情をした。
「リョーコさん、やけにあっさり受け入れてますね。こういう話に抵抗がない、ちょっと夢見がちな人ですか?」
しまった。
塩反応すぎた。
「やだ、フリッツ君ったら。これでも、十分驚いてるのよ」
フリッツは釈然としない表情をしていたが、その受容はリョーコの聡明さゆえだと好意的に解釈した。
もちろんそれは全くの誤解ではあるが。
「そうですか。でも、笑わずに聞いてくれるのは助かります」
フリッツは前を向いて歩きながら、ぽつりぽつりと話し出した。
「人は誰でも、死ぬと他の人に生まれ変わります。これが転生と呼ばれる現象です。この事実が僕の話の大前提なわけですが」
リョーコは改めて思った。
実際に経験しているから、納得できているけれど。
何も知らないで聞いたとしたら、フリッツ君の正気を疑う案件よね。
リョーコが疑問を挟む。
「転生って、具体的にはどうなるの? 赤ちゃんに生まれ変わるっていう事かな?」
しかし私の場合は、そうではないわけで。
「転生先については、記憶情報のない身体ということのようです。だから圧倒的に多いのは胎児ですが、まれに仮死状態の身体に転生することもあります」
そうか。
だとすれば、私の身体の前の持ち主さんは、一年前に瀕死、あるいは仮死状態になったのだろう。
こんな凄腕の剣士さんを倒した相手がいるのね。
リョーコは、彼女の得意技「知らないふり」を、ここでもいかんなく発揮していた。
「でも、そうだとして。前世の記憶がなければ、転生したかどうかも分からないよね? 自分が転生者ですっていう人、会ったことないんだけれど」
自分を除いて、ね。
フリッツは軽くうなずいた。
「そうですね。ほとんどの人は、死んで転生するときに記憶がリセットされてしまうので、自分が転生したかどうかを知るすべはありません」
「じゃあ、どうやって」
「実は、ある因子が元の肉体にあれば、記憶を保持したまま転生することができるんです。もっとも、その因子を持っている人は極めてまれですけれど」
グラム・ロックの男も、そう言っていた。
記憶を保持したまま転生する例は、ごく少数だが、自然に起きうる現象だと。
あの男は確かその因子の事を、記憶継承用パスワードRNA、って呼んでたっけ。
「それはそうよね。自分は転生者だっていう人が周りにうじゃうじゃいたら、大混乱だわ」
フリッツは苦笑しながら肩をすくめて、リョーコに同意した。
「それで、フリッツ君。世の中に転生ってのが存在する、ってことが事実だとして。私の質問には、答えてくれてないよね?」
「えっと、何でしたっけ」
「はぐらかそうとしてもだめよ。私が知りたいのは、フリッツ君が記憶喪失になった理由よ。なによ、『不死』なんて言葉をいきなり持ち出したりなんかして」
「今までの流れで、何となくわかりませんか?」
うん。
かなり残酷な事実が、分かりかけている。
「死んだら、記憶がリセットされる。僕の記憶が、リセットされている。はい、これでどうでしょう」
「……フリッツ君。死んだことがあるのね」
「リョーコさんは僕を『吸血鬼』と呼びましたね。まあご存知の通り、吸血なんてしていないわけで」
フリッツは、今は伸びていない自分の犬歯を指さした。
「僕の本質は『不死』にあります。といっても、先ほどお話ししたとおり、『不死』というのは死なないことじゃありません。死んでも生き返る、ということです。同じ肉体に、何度でも」
明るく笑いながら説明するフリッツ。
リョーコは、フリッツの笑顔を正視することができなかった。
周囲の景色も目に入らないまま、ただ足だけを機械的に動かし続ける。
「同じ肉体に、何度でも転生する。フリッツ君のそれって、偶然?」
「もちろん違いますよ。僕は十七歳の時に、そうなるように身体を改変されたんです」
リョーコはどきりとした。
改変。
またしても、グラム・ロックの男がつぶやいた言葉を思い出す。
遺伝子をいじられている。
だから、改造ではなく改変というのがふさわしいかと。
「僕、一年前より以前の記憶がないって言いましたよね? あれは嘘です、ごめんなさい。十七歳の時までの記憶はあるんです。改変された時までの記憶が」
リョーコは理解した。
電源を落としてもチップに焼きついている、起動プログラムのように。
再起動されるたびによみがえる、原初の記憶。
「改変された僕は、死ぬたびに十七歳までの記憶を残してそれ以後の記憶がリセットされ、同じこの身体に転生を繰り返してきました」
「繰り返してきたって、その、何回くらい」
あはは、とフリッツは、またしても明るく笑った。
「何言ってるんですか、リョーコさん。死ぬたびに忘れますから、覚えているわけないじゃないですか。だけど一年前より以前の記憶がないから、その時死んだのは間違いありません。最初の時と合わせると、二回は確実に死んでますね」
さらっと答える。
絶望的な状況を、彼は明るく答えてしまう。
「それに、かなり長い間生きていますからね。きっと、数十回は死んでるんじゃないかなー。ひょっとしたら、百回超えてるかも」
長い間。
フリッツ君って、一体いくつなのよ。
「フリッツ君が最初に死んだのって……いつの話?」
「この国が、カナン王朝だったころです」
カナン王朝。
えーと、確か。
以前、ヒルダにこの国の年表を見せてもらったことがあるけれど。
「僕が生き返って最初に確認することは、今が一体いつの時代なのか、ということです。いまはゴダール王朝だから、カナン王朝から約七百年後ということになります」
リョーコは頭を抱えた。
フリッツ君、七百歳なの。
今まで年上風吹かせてきた、私の立場は。
「嘘でしょ。フリッツ君、どう見ても十七歳のままじゃ……」
「どうしてそんなに長い間、同じ身体が維持できるのか。不思議ですよね? 七百年です、老化どころか、風化していてもおかしくない」
フリッツは右手を夕陽に伸ばして、手のひらを透かし見た。
「僕が治癒師であるのが、その答えです」
「……治癒魔法」
「その通りです。僕が死ぬと同時に発動する治癒魔法が、損傷した自分の肉体を修復し、また老化した組織を新しい組織と置き換えているんです。自動的に、まったく無意識のうちに。死んでいるんだから、意識がないのも当然なんですが」
「じゃあ、フリッツ君がその改変の被験者に選ばれた理由って」
「そうです、僕が治癒師だったからです。『不死』には、同一個体に転生する能力とともに、転生する際に自己再生する能力が必要なんです。だから『不死』者には、治癒師が選ばれるんです」
リョーコは絶句した。
神をも恐れぬ所業だ。
冒とく的、といってもいい。
「ここまでお話ししてきたことは全て、僕が十七歳で死ぬまでに知り得た知識です。その後は死ぬたびに記憶がクリアされてますから、今現れている悪魔が何者なのか、彼らの目的が何なのか、以前は知っていたのかもしれませんが、今ではわかりません」
「誰が、何のために、フリッツ君にそんなことを」
フリッツは苦笑しながら、肩をすくめた。
「まあ、実験なんでしょうね。永遠の生命を得るための実験。お題としては、よくあるやつでしょう?」
「誰が」に対する答えを、フリッツはあえて避けた。
だが、十七歳までの記憶はあるのだ。
その悪魔的な実験の首謀者を、知ってはいるはずなのだ。
「ひどい。そんな実験って」
「でも、失敗ではありますよね。死ぬたびに記憶が無くなるんじゃあ、いつまでたっても成長しませんから。まあ、コンティニューじゃなくってリトライってのは、ちょっとつらいところです」
リョーコは、言葉にならない憤りを感じていた。
死ぬたびに、記憶が無くなる
死んでも、記憶が無くならない。
どちらも、地獄に違いない。