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第二一話 ブラッド・ブレード

 何者だ、この女は。

 アドラメレクは、刀身をほぼ失い(つか)だけが残った右手の長剣を見つめた。


 この剣も私の身体から構成されたものであるというのに、こうもたやすく粉砕されるとは。

 魔法的に上位の存在へと昇華した「悪魔」を、フリッツ以外に破壊できる存在。


 リョーコの構えは、長刀を肩口より上に水平におき、両腕を交差させて柄を握った、例の上段のかすみである。

 「破瑠那」の刀身からちりちりと放射される青い粒子を目に映しながら、悪魔は目を細めた。


「先ほどの女魔導士の魔法に、あなたのその刀。どうやら、何者かがあなた方にいらぬ知恵を授けているようですね。そ奴こそが我々の真の敵、というわけですか」


 リョーコは、アドラメレクの言葉の意味を探った。

 彼女たちの敵とは、私にこの刀を渡した、あのグラム・ロックの男の事なのか。


 えーと。

 グラム・ロックの男は、悪魔たちを殺したい。

 だから私に「破瑠那」を与えた。


 いやいや、そんな単純なものではなさそうだ。

 あの男は、イレギュラーである私の存在を消したい、という趣旨の事を話していた。

 あるいは、私をはじめとした、ルールに外れた存在のすべてを。


 「破瑠那」って、一体何なんだろう。

 あの男は、手術道具に例えていたけれど。


 私の「自決用の爆弾」って例えに大うけしたところを見ると、その比喩はあながち外れてはなかったらしい。

 つまりこの刀は、私みたいな、この世界にとってイレギュラーな異物を破壊する道具ってことになる。

 

 あの男、私に何を斬らせたいの?

 やっぱり、切腹させたいのかな。


 長刀を構えたまま押し黙っているリョーコを、アドラメレクは冷たくねめつけた。


「私を前にして考え事ですか。まあお互いに思うところはあるでしょうが、とりあえずこの場には収集をつけておかなければなりませんね。それについては異論はありませんか?」


 リョーコの緑の瞳が悪魔をにらみ返す。


「もちろんないわ。考えることが沢山ありすぎて、あなたに構っている余裕もないし」


 リョーコの挑発を、アドラメレクはあえて受ける気になったようだ。


「なるほど、そうですね。考えてから殺るよりも、殺ってから考える、というのは正しい方法論です」


「じゃああなたは、金輪際考える必要はなくなるわね。子供たちを殺すような奴らには、情け無用よ」


 アドラメレクは羽を大きく羽ばたかせると、いら立ちをあらわにした。

 彼女の両手に、新たな長剣が形成される。


「だから、殺すのは子供に限らないんですってば。強情な娘ね、手加減しないわよ」


「ノー・プロブレム。あとで舐めプでした、なんて言われても困っちゃうから」


 リョーコは大きく踏み込むと、長刀を袈裟切りに打ち込んだ。

 アドラメレクは二本の長剣を眼前でクロスさせると、火花と共にそれを止める。

 つばぜり合いの体勢のまま、アドラメレクはラバの右足で前蹴りを放った。

 身を捻ってかわしたリョーコの左わきが、すぱりと割れる。


「!」


 鈍く光る銀色の長剣が、悪魔のつま先にも突出していた。

 リョーコは長刀をひと薙ぎしてアドラメレクを押し返すと、後方へ飛びすさって距離をとる。

 わき腹からの出血が左足の先まで伝い滴る感覚が、生暖かく気持ち悪い。


 バフォメットの蛇の尻尾もそうだったけれど。

 こいつら、間合いがはかりにくい。

 対人戦闘の常識が、悪魔との戦闘においてはかえって足かせになっている。


 アドラメレクは、ふんと鼻で笑った。


「あなたもあの女教師さんと同じく、少し覚悟が足りないようね。何かを守りたいのであれば、何かを捨てないと。全部手に入れたいなんてのは、都合が良すぎるんじゃないこと?」


 アドラメレクがクジャクの羽を広げた。

 目玉模様の一つ一つから、銀の長剣がせり出してくる。


「さて、ピンク髪の女剣士さん。私はあなたを殺して、この世界を守らせてもらう。信じられないかも知れないけれど、これ、嘘じゃないわよ?」


 にっこりと笑ったアドラメレクの背から、無数の剣が射出された。






 手甲と手甲が打ち合うたびに、青白い火花が宙に散る。

 ゴーグルの男ランディは、心からの賛辞を贈った。


「やるなあ、親父(おやじ)さん。何で自警団なんかにいるんだよ、わけありか?」


 リカルドの鋼鉄の拳が、ハンマーのようなうなりを上げる。


「何が親父さんだ。俺はまだ、独身だぜ!」


 リカルドは背を向けたかと思うと、その頑強な体格からは想像できないような身軽さで、振り返りざまに猛烈な裏拳を放った。

 ランディはとっさに肘を上げてそれを受けたが、さすがに衝撃を全て流すことはできず、ずざっと後ろに下がる。


 その横合いから、副長のニールが鉄製の棒を旋回させながら踏み込んできた。

 シャギーの金髪の下からのぞく青い瞳には、何の感情も見て取れない。


「来るか、棒使い!」


 横なぎに打ち込まれたニールの棒を、ランディは膝を上げて鉄のすね当てで受け止めた。

 体勢を整えようとしたランディの背に、鈍い衝撃が走る。


「!」


 ガードされたと同時に鉄棒が分割され、その先端の一節が、ランディの背部を強打していた。

 三つの節に分かれ、それぞれが鎖で連結されたその武器。


 打たれたランディはむしろニールの方へと踏み込むと、胸の中央をめがけて掌底を放った。

 鋭い打撃を受けたニールは後方へと吹き飛んだが、間髪入れずに起き上がる。


 ランディが、わずかに血の混じったつばを吐き捨てた。


「……三節棍か、初見殺しだねえ。そいつの使い手には俺も初めて会うぜ」


 ランディを指をさしながら、ニールがリカルドに冷静に指摘する。


「団長。奴の攻撃、威力が落ちているようですね」


「そのようだな。どうやら、フリッツが奴の体力を削っていてくれたらしい」


 ランディはにやりと笑った。

 図星だよ、自警団。

 吸血鬼と渡り合うっての、結構大変なんだぜ。


 彼は軽くステップを踏んでリズムを整えなおしながら、ゴーグル越しにアドラメレクの方をちらりと見やった。

 アドラメレクさんよ。

 すまないが、ちょっとヘルプには行けそうにないぜ。





 

 空気を切り裂いて、無数の剣がリョーコへと殺到する。


 何かを守るために何かを捨てる、か。

 なるほど、この年増の悪魔のいう事にも一理あるわね。

 この場合だと、頭と胴体だけを守って、手足に二、三本の直撃で済めば、御の字かしら。


 長刀を立てて、着弾に備える。

 来るべき痛みを予想して唇をかんだリョーコの身体が、不意に浮いた。


 え?


 背後から抱えられて宙を舞いながら、リョーコは今まで自分が立っていた地面に長剣が針山のように突き立っていくのを見た。

 首を傾けたリョーコは、自分をのぞき込んでいる赤い瞳と目が合う。


「フリッツ君!」


 フリッツはリョーコを抱えたまま滑るように着地すると、彼女をゆっくりと地面に下ろした。

 振り返ってアドラメレクをにらみつけるその表情は、いつになく厳しい。


「フリッツ君、良かった。大丈……」


 どん。

 激しい勢いでフリッツはリョーコを突き飛ばすと、自分は彼女とは反対の方向へと飛びずさる。

 フリッツの細い体からは想像もできない力に、リョーコは軽く四、五メートルは吹き飛ばされていた。


 えー。

 私、嫌われてる?

 勝手に来ちゃったから、怒ってるのかなあ。


 と、二人がそれまで立っていた場所に、再び無数の長剣がざくざくと突き刺さった。

 フリッツが大声でリョーコに呼びかける。


「リョーコさん、奴は自分の細胞の数だけ剣を創造できます。つまり、ほぼ無限ってことです。早いところ叩きましょう」


「オ、オーケー。ありがとう、フリッツ君」


 良かった、嫌われてなかったみたい。


 起き上がったリョーコのすぐ左側に、気配。

 アドラメレクの双剣が、左右同時に袈裟切りでリョーコを襲う。

 リョーコは「破瑠那」を真横に構え、かろうじて二本とも受け止めた。


 アドラメレクの白い顔が、吐息を感じるほどにリョーコに近づく。


「かなり出血している割には、まだ力が残っていますね。殺すには惜しい人材だわ」


 ピンクの髪を額に張り付かせながらも、リョーコは我知らず笑みがこぼれるのを感じた。


「ドクターに一番必要なものって知ってる? それはね、体力よ!」


 流れる汗もそのままに、リョーコは眼前の悪魔にどかんと前蹴りをくらわせると、その反動で後方に逃れた。

 すぐに立ち上がろうとして、がくっと膝をつく。


「リョーコさん!」


 駆け寄ろうとするフリッツを、リョーコが制した。


「そうそう、すっかり忘れてた。フリッツ君、これ受け取って!」


 リョーコは背中につるしたブロードソードを、フリッツに向けてぶんと投げた。

 右腕を高く伸ばし、フリッツはそれをがしっとつかむ。


「リョーコさん……これって?」


「君の剣みたいよ。話せば長いんだけれど、ある男が、君が記憶を失っている間に盗んだんだって。罪滅ぼしに返却したいって、私のところに持ってきたんだけど」

 

 本人が聞けば眉をしかめるであろう、かなり悪意のある脚色である。


 フリッツは、銀色の鞘から広刃の剣を抜いた。

 複雑な溝が刻まれた刀身が、フリッツの赤い瞳を映す。


「そうそう、『スプリッツェ』って名前だって言ってたわ」


 フリッツは少し考えこんでいたが、その刀身を眺めているうちに、何かに気づいたようだった。


「『スプリッツェ』。すぐには思い出せませんが」


 フリッツは長剣を正眼に構えた。


「使い方は、分かります」


 フリッツは右の親指の腹を、ゆっくりと刃に当てた。

 つうっと血が滴る指で、そのまま刀身に触れる。


 フリッツの血液が、溝に沿って流れ込み。

 「スプリッツェ」の刀身に、赤く複雑な紋様を浮かび上がらせた。


「あ……そういうことなんだ」


 リョーコは、レストランでのフリッツの言葉を思い出していた。

 「僕の血液を少量でも体内に叩き込めば、奴らの肉体は崩壊します」と。


 そうか、どこかで聞いたことがある単語だと思ったら。

 「スプリッツェ」って、注射器の事じゃない。


 赤く輝く長剣を目の当たりにしたアドラメレクは、驚愕をあらわにした。


「まさか、『スプリッツェ』! 失われたそれを、誰が!?」


 フリッツは赤い刀身を眺めながら、苦笑を浮かべた。


「長刀に長剣のプレゼント、か。リョーコさん、変な人からもててるなあ。まあ、リョーコさん自身も相当の変人だけれど」


 彼は突進を始めると、アドラメレクが新たに射出した長剣をことごとく弾いていく。

 女悪魔はクジャクの羽をばたつかせながら、呪いの言葉を吐き出した。


「私怨で動くだけの小僧が、人を守るなどと偽善を吐く! お前のどこに正義があるというのか!」


 フリッツの開かれた唇から、二本の牙がのぞく。


「正義など……僕は最初から信じていない!」


 フリッツが振り下ろした「スプリッツェ」は、アドラメレクの顔面を正確に両断していた。


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