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第一ニ八話 友達

 ロザリンダが放ったマジックミサイルの連弾は、黄金色に輝くエリアスの手甲の表面でことごとくその軌道をそらされ、周囲の壁や床を砕くのみである。

 ヒルダが付与した「耐魔」の呪文は、短時間しか効果が持続しないかわりに、ほぼすべての属性の魔法を無効化、あるいは反発させ反跳させることを可能にしていた。


 だが、たとえ攻撃魔法を封じることができたにしても、治癒魔法でブーストされたロザリンダの格闘能力は、依然として脅威そのものである。

 エリアスは腹をくくった。

 もはや、考える時は過ぎた。

 最後まで倒れなかった方が、自分の理想を体現する権限を得る。


「そんなに、俺たちのことが気に食わねえんなら。とっとと消えろ、ロザリンダ!」


 うなりを上げたエリアスの拳が、ロザリンダの肩にめり込む。

 骨が砕ける嫌な音を響かせながらも、ロザリンダは気合とともに前蹴りを放った。

 脇腹にめり込んだ彼女のつま先をエリアスはそのままつかむと、体重をかけて回転しながら投げ飛ばす。

 エリアスはそのまま石床に、ロザリンダは壁面に、それぞれ叩きつけられて動きを止めた。


 脱臼し骨折したはずの右肩の動きを確かめながら、ロザリンダが憎悪の目を向ける。

 立ち上がったエリアスのこめかみに、冷たい汗が流れた。

 もう、治りかけているのか。


「うぬぼれないでよね、エリアス。嫌いも何も、眼中にすらないから。空気なんだよ、お前たちは!」


 ロザリンダは猛烈な速度でエリアスの眼前に移動すると、そのまま組み付いた。

 彼を床に押し倒すと、零距離から頭突きを放つ。

 それを顔面の中央にまともに食らったエリアスは、鼻血を流しながらも、ロザリンダの腹部にアッパーを叩き込んだ。

 うつ伏せのままで宙に浮いた彼女を、エリアスは横蹴りで体の上から弾き飛ばす。


 膝立ちで起き上ったエリアスが、顔面の血をぬぐいながら笑った。


「はっ。空気ってのは、存在を意識しなくても必要なもんだろうが」


「笑わせるな。不死となって宇宙(そら)に昇ろうという私が、地上の(ことわり)などに(とら)われようか!」


 ロザリンダは再び跳躍すると、エリアスのあらゆる部位に猛烈な連撃を加えた。

 彼の四肢に装着された手甲と脚絆が少しずつ変形し、それとともに付与魔法の輝きが減じていく。

 まずい。

 魔装具のダメージが限界に達しかけている。


 ロザリンダの口から、例のちっという音が漏れるとともに、彼女の拳が炎を発した。

 バーニング・ハンド、「焔腕」の呪文で赤熱したロザリンダの右腕を、エリアスは両腕を交差させてガードしようとする。

 ばきりという鈍い音とともに、彼の両の手甲がついに割れて砕け散った。


 ロザリンダは炎熱化した拳を、そのままエリアスの胸にめり込ませた。

 白煙とともに、肉の焦げる嫌なにおいが周囲に立ち上る。

 エリアスは苦痛のために声を上げることもかなわず、胸を抑えたままその場にうずくまった。

 肺が、焼けるように熱い。


「いけない!」


 呪文を唱えようと持ち上げかけたヒルダの両手が、そのまま動きを止めた。

 彼女のそれぞれの指先からは、いつの間にか氷柱(つらら)が垂れている。

 フロスト・スタティック、「氷結」の連続詠唱か。


 彼女を横目でちらりと見ながら、ロザリンダが微笑を浮かべる。

 エリアスとヒルダの二人は、いまや完全に無力化されていた。






「あっつい!」


 ガブリエルの左右の腰から伸びた砲身が、高熱の光条を連続して吐き出す。

 リョーコとフリッツはそれぞれが絶えず移動し続けながら、かろうじてそれらをかわしていた。


「やめてくれ、ガブリエル。君と僕たちが戦っても、何の意味もないよ」


「そう思うんなら、あなたたちの『不死』をくれればいいじゃない。今すぐにね!」


 フリッツは素早く踏み込むと、「スプリッツェ」を横なぎに払った。

 ガブリエルが切り離すと同時に、切断された左右の砲身が爆発四散する。

 その爆炎を突き破って、彼女はフリッツの眼前に現れた。


「旭日昇天、ドリーマーズ・ローフル・事後追認ストライクぅ!」


 彼女の掌底がフリッツのあごに直撃し、彼は大きく吹き飛んで柱に叩きつけられた。

 追い打ちをかけようと膝蹴りを繰り出しかけたガブリエルの腹に、横合いからショルダーアタックが打ち込まれる。

 リョーコだった。


「ガブリエル、いい加減に!」


 顔が触れ合いそうなほどの距離で、二人はにらみ合う。


「リョーコ。あんたこそ、どうして馬鹿正直に来たのよ。こうなるって、わかりきってたじゃん!」

 

「わかりきってない! 戦いなんてやめて、ロザリンダを拘束するのに手を貸して」


「見損なうな。私があんたに、フリッツ君を拘束するから手を貸してって言って、同意してくれるかい?」


「それは」


 その時、広間の反対側で爆発が起きた。

 音がした方向ををちらりと見たリョーコの視界に、床に倒れ伏すエリアスと、ひざまずいたまま動かないヒルダの姿が目に入る。

 あの二人をもってしてもかなわないとは、なんて奴だ。


「フリッツ君、ロザリンダを止めて!」


 頭を振りながら立ち上がったフリッツも、すぐに二人の劣勢に気付いたようだ。


「了解です、リョーコさん!」


 フリッツは反転すると、治癒魔法で脚を強化ながら猛烈な速度で駆けだす。

 遠ざかる彼の背中を見ながら、リョーコは妙な胸騒ぎに襲われた。

 何かきっと、良くないことが起きる。


 待って、フリッツ君。

 言いかけたリョーコの視界を、ガブリエルがさえぎった。

 彼女の頭に、かっと血が上る。


「どいて、ガブリエル! いくらあなたでも、これ以上は」


「リョーコ。あんたこそ、もうすべて忘れてよ。『不死』も、転生してきたことも。そうすれば楽になれる。狙われることも追われることもなく、平凡な毎日が送れる」


「何を馬鹿な。私に、ロザリンダに殺されろって言ってるの」


「ううん、違う。ミストレス様のためにも、あなたの変性遺伝子は手に入れさせてもらう。けれどあなたの記憶は、私が奪ってあげる。そうすれば、ミストレス様があなたを殺す必要はなくなるはず」


 ガブリエルの口からいきなり記憶についての話が出たことに、リョーコは戸惑った。


「あなたが私の記憶を、奪う? あなた、いつの間にそんな能力を」


 リョーコの質問に答えることなく、ガブリエルは両手を自分の胸の前にかざすと叫んだ。


「顕現、ヘヴンズ・ヒロイニック・ブレード!」


 自身の身体の中央から飛び出してきた(つか)を握ると、彼女は巨大な斬馬刀を引き出した。


「この刀で斬れば、あなたの記憶を消去できる。私がそれを、引き継いであげる。お願い、リョーコ。私、あなたを死なせたくない」


 一瞬うつむいたリョーコに、ガブリエルは、彼女が同意してくれるのかとわずかに期待した。

 だがやはりそれは、楽観的な憶測にすぎなかった。

 

「……私に、フリッツ君のことを忘れろってか」


 「破瑠那」を握りしめた彼女の拳が、小刻みに震える。


「ありがた迷惑にもほどがあるわね。ガブリエル、あなたは、私の気持ちがわかってくれてると思ってた。お互いに大切な人がいるからね。けれど、それはとんだ勘違いだったわ」


 リョーコの緑色の瞳が、怒りに燃え上がった。


「あんた、もう友達でも何でもない。私を死なせたくない? 死ぬのが怖くて、恋愛ができるか!」


 上段から打ち込まれたリョーコの剣圧を、ガブリエルは自分の刀でかろうじて受け止めた。

 圧には、耐えることが出来た。

 だが、彼女の心は耐えられそうになかった。


 リョーコの馬鹿。

 誰がこんなこと、好き好んで言うか。


 恋愛の為なら死ぬのは怖くない、だって?

 あんたは記憶の不死、死ねないんだよ。

 今のままじゃ、死ぬことが出来ずに、永遠に恋愛し続けることになるんだよ。

 フリッツ君は、あんたのことを忘れちまうっていうのに。


「……この、分からず屋があ!」


 ガブリエルは、涙を流さなかった。

 天使である彼女は、泣き方を知らなかった。

 だからその代わりに、心の底から叫ぶしかなかった。


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