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第一一四話 反乱軍始動

 エリアスとカレンに、ヒルダとメリッサからなる王朝軍。

 元自警団の、リカルドとニール。

 レオニートとレイラ、ポリーナの一家。

 そして、リョーコとフリッツ。


 一同は、ある漠然とした予感を共有していた。

 何かが終わり、別の何かが始まろうとしている、大きな不安と小さな希望。


 そんな大人たちの足を押しのけてポリーナが走り出してくると、だっとリョーコに飛びついた。

 彼女はポリーナを受け止めたはずみで、派手にしりもちをつく。

 二人は、きゃっきゃっと無邪気に笑いあった。


「よく頑張ったわね、ポリーナちゃん。あなたのおかげで、私たちみんな戦えた。これって、凄いことだわ」


「えへへ。お母さんがね、あなたは性格が悪いから、ぐんしになれるって」


「何よそれ、レイラさんったら」


 抱きかかえたポリーナの頭を笑いながらなでていたリョーコは、二人の上に落ちた影を感じて、頭上を仰ぎ見た。

 高い天井にすら頭もつかんばかりの長身巨躯の、黒い甲冑を身に着けた男が、レイラと並んでリョーコの前に立っている。

 その髪の間からは、短く曲がった二本の角がのぞいていた。


 その彫りの深い顔を、リョーコは改めて思い出した。

 ヒルダとメリッサさんの戦いの際に、その時にはまだランディと名乗っていたエリオット君に付き従っていた、フルアーマーの悪魔。

 そうだったのか、彼が。


 リョーコはポリーナを下ろすと、戦士の前に立って姿勢を正した。


「あなたがレオニートさんだったんですね。知らないこととはいえ、先日は失礼いたしました」


 彼女は身体の前で両手を組むと、頭を下げる。


「改めまして、リョーコです。レイラさんには、本当にお世話になって」


 かつての悪魔アバドン、レオニートも、慇懃(いんぎん)に頭を下げ返した。


「レオニートだ。もちろん君のことは、以前から知っていた。俺たち悪魔はずっと、君とフリッツ君をマークしていたからな」


 彼は少しためらった後、自分の大きな手をリョーコの肩に置いた。


「俺の方こそ、レイラとポリーナだけにしてしまったあの家に君が来てくれたことで、どれほど救われたか。自分勝手な言い分だとわかってはいるが、俺は君に、感謝してもしきれない」


 リョーコは上目遣いにレオニートを見ながら、おずおずと切り出した。


「私とフリッツ君、レイラさんに家族だって言ってもらったんです。レオニートさんも、私たちを家族として受け入れてくれますか?」


 フリッツもかたずをのんで、レオニートの返事を待っている。

 レオニートは笑顔を浮かべながら、大きくうなずいた。


「もちろんだ。もっとも俺の方だって、もう一度家族として認めてくれと、さっきレイラに頼み込んだばかりだからな。君たちと俺は三人とも、新参者の家族ってわけだ」


 隣のレイラが腕を組んで、冷たく言い放つ。


「それじゃあ新入りはまず、皿洗いからやってもらいましょうか。新兵に最初に課される訓練のようにね。五年分の皿洗いは、さぞかしお辛いことでしょうよ」


 一同に笑いが起きた。


 レオニートの言葉に安堵したフリッツは、リョーコのそばに歩み寄ると、うれしそうに彼女の肩を抱いた。

 リョーコが小さな声で、フリッツの耳にささやく。


「言っとくけれど、家族の中でもフリッツ君とはまた別の関係だからね。そこんところは、オーケー?」


「もちろんですよ。僕は、リョーコさんみたいに回りくどいのは嫌いです」


「よく言うわ、女の子に先に告白させといて。開き直った年上は怖いわよ、覚悟してよね」


「だから、リョーコさんは年上じゃないんですってば。この会話、一体何度目ですかね」


 リョーコは笑いながら、フリッツの腕に自分の両腕を絡めた。

 へへ。

 すっかりリア充になっちゃって、昔の自分に申し訳ない気持ちで一杯だわ。






 すでに修理を終えた三節棍を背にした元自警団員のニールが、レオニートたちの方へと歩み寄ってきた。


「俺のことも忘れちゃ困りますよ、レオニートさん。俺はポリーナちゃんに、使用人として雇ってもらえるって契約をしていただいてるんですがね。差し支えなければ、今後ともよろしく頼みたいもんです」


 そばで聞いていたリカルドが、渋い顔をする。

 レオニートは前に進み出てニールと握手を交わすと、鷹揚にうなずいた。


「こちらこそだ、ニール君。リカルドの片腕まで務まるんだ、君の技量に疑念は全くない。腕利きの団員を引き抜くことになってすまないな、リカルド」


 リカルドは腕を組んで、そっぽを向いたままだ。

 ニールが困ったように、小さく肩をすくめる。


「ちょっと、団長。いつまで()ねてるんですか、大人げない」


「ふん、好きにするがいいさ。どうせ自警団は解散同然だしな、俺がどうこう言う筋合いじゃねえ」


 一同に、やや気まずい沈黙が下りた。

 少なからず犠牲が出ていることを、めいめいは今更ながらに思い出す。

 その重い空気を破ったのは、エリアスだった。


「その件についてだが、リカルド団長。俺は貴君の実力を、それこそ手合わせまでして、身をもって知っている。どうだろう、俺に仕えるつもりはないか? 俺は姉上を倒して、この国を必ず立て直してみせるつもりだ。もし力を貸してくれるのならば、俺はカレンと貴君の二人に全軍を任せてもよいと思っている」


 エリアスの隣に侍しているカレンも、力強くうなずく。

 主君からリカルドと同列の扱いを受けた彼女は、それに臆することなどなかった。


 リカルド達で構成されていたかつての特務小隊の噂は、その時分にはまだ新兵だったカレンの耳にも、憧れとして十分に届いていた。

 しかし、今の自分は昔とは違う。

 鍛錬も実戦も積み重ねてきたという自負もあるし、なにより今では、主君と共有している理想というものがある。

 かつての伝説であった、目の前にいるリカルドやレイラ、そしてレオニートにも、私は決して負けない。

 

 そしてエリアスに勧誘された当のリカルドは、無精ひげをなでながら少しの間考えていたが、やがてぴしりと一部の隙も無い直立不動の姿勢をとってみせる。

 その鋭い動作は、見ている者すべてに、彼が王国最強騎士の一人であったことを改めて印象付けるに十分なものであった。


「ありがたき殿下、いや陛下のお言葉。なれど、もう少し考えさせていただきたい。今の我々の混乱が収まるまでの、いましばらくの間は」


 彼のかつての同僚、レイラとレオニートも賛同の意を表して、エリアスの言葉を待つ。

 エリアスはリカルドの顔を黙って見ていたが、やがてうなずいた。


「了解した、リカルド団長。そしてその混乱の収拾をつけることこそが、貴君らに対する、当面の俺の誓約となるだろう。宮廷魔導士のお二人も、それでよいな?」


 並んで見守っていたメリッサとヒルダは、そろって膝を折った。


「御意のままに、陛下」






「そんじゃあ、具体的な軍事行動に話を移すとするか。とりあえず、この家を囲んでいる天使たちをどうするかだが」


 エリアスは意識的に、ぶっきらぼうな物言いをした。

 今は、俺たちが反逆者の立場だ。

 堅苦しい雰囲気は似合わないし、柄でもない。


 聡明なメリッサは、そのようなエリアスの意図にいち早く気付くと、彼の口調に調子を合わせて答えた。


「それは心配ないわ、エリアス。天使たちは、自分たちから撤収するはずだから」


「なぜだ?」


「だって、ロザリンダはリョーコさんとフリッツ君を手に入れたいんでしょ? 来てくれるっていうのに、わざわざ妨害する必要ないじゃない」


「ふむ。それもそうか」


 あっさりとしたエリアスの返事に、メリッサは眉根を寄せた。


「恐らく直接会うまでは、手出ししてこないと思うわ。問題はそこから。伏兵に囲まれて拉致されるって可能性も、十分にある」


 エリアスは、ふんと鼻を鳴らした。


「仕方がないさ。とりあえずは戦わずにロザリンダに会うことが出来るんだ、この際ぜいたくは言えん。出たとこ勝負で斬った張ったになるか、それとも」


 そこまで言って、エリアスはリョーコを見た。

 その彼女の目は、不安に揺れている。


 私もフリッツ君も、ロザリンダに会ったこともない。

 そんな私たちが、いったい彼女に何をしてあげられるのか。

 

「相手あってのことだし、正直言って、話し合いに絶対に自信があるわけじゃない。けれど、私がみんなを巻き込んだんだもの。もし襲ってきたら、命を懸けて守るわ」


 エリアスは、面倒くさそうに片手を振った。


「はっ。そいつが余計なお世話だってんだよ、リョーコ。俺は、お前がいようがいまいが、ロザリンダとは決着をつけなきゃならねえ。たとえそれが説得だろうが、姉殺しだろうがな」


 彼はそのとび色の瞳で、リョーコをにらみつけた。


「よしんばどちらかが死ぬことになっても、俺とロザリンダはお互い様なんだよ。だから、お前が俺のことを気にする必要はないし、お前にそんな権利もない。俺のことは、放っておいてくれ」


 まったく、このツンデレ王子は。

 突き放したようなエリアスの言葉に、リョーコは感謝した。

 エリアスは自分流のやり方で、彼女の心の重荷の一端を背負ってくれている。


 ヒルダもついと立ち上がると、触れそうなほどの距離でリョーコに顔を近づけた。

 彼女の吸い込まれそうな黒い瞳に、リョーコは我知らず顔が熱くなる。

 ヒルダはその細い指で、リョーコの胸を指し示した。


「リョーコが私を守る、私がリョーコを守る。どちらも同じことだわ。ベッドの上での受け攻めとはわけが違うからね」


「おいおい」


 この馬鹿、みんなの前で何てことを言い出すのよ。

 美女が真顔でこういうことを言うと、反応に困る。

 ポリーナちゃんの教育上、実によろしくない。


 ヒルダはすうっと目を細めると、今度はフリッツへと視線を送った。

 迫力の魔導士モードだ。


「リョーコは誰にも殺させないわ。絶対に生きて帰って、フリッツ君の隙をついて、リョーコを奪う」


 挑戦的なヒルダのまなざしに、フリッツはめったに見せない強気な言葉で返した。


「今の僕に隙なんかありませんよ、ヒルダさん。観念して、素敵な恋を新しく見つけてください。ヒルダさんなら、ストックには不自由しないでしょう?」


 思いがけないフリッツの反撃に、さすがのヒルダも毒気を抜かれた形になった。


「むう、こいつは一本取られたわね。しゃーない、私って本当は一対一が好きなんだけれど、三人でどう?」


 ぱあんと、リョーコがヒルダの頭をはたく音が盛大に響いた。

 聞いちゃだめ、ポリーナちゃん。


 まったく、魔導士という人種は、こうも不道徳なものなのか。

 でもメリッサさんと比べてみれば、やはりヒルダがぶっ飛んでいるだけのような気がする。


 しかし、そのヒルダの冗談とも本気ともつかない発言で、場の空気が和んだのは間違いなかった。

 さすがヒルダ、これも一種の魔法ね。

 リョーコは黒髪の親友を、改めて誇りに思った。






「さて、と。後は俺たち四人が、出発の準備をするだけだが。とりあえず最優先に必要なことはなんだ、カレン?」


 指名されたカレンは、待ってましたとばかりにうなずく。

 何年もの間、彼の副官を務めてきたのだ。

 エリアスの言わんとすることが、彼女には(たなごころ)をさすように分かっていた。


「答申させていただきます、陛下。古来より(いくさ)においては、兵站こそが何よりも肝要かと」


 エリアスは彼女の言葉に、満足そうに笑った。


「その通りだ、カレン。兵士は胃袋で歩く。ナポレオンの名言は当然知っているよな、リョーコにヒルダ?」


 リョーコは腕を組むと、大きくうなずく。

 忘れることが出来ない私に知識でマウントしようとするなんて、身の程知らずな王子様だこと。


「もっちろん。日本では、腹が減っては戦はできぬ、という奴ね」


 異世界の慣用句を知らない他の者たちは、その言葉の的確さに一様に感心する。

 ようやく全員が、いまのいままで空腹を忘れていたことに気づいた。


 エリアスは立ち上がると、二つ目の勅令を発した。


「というわけで、俺たちは今から、全力で夕食の準備を行うこととする。誰も異論はないよな?」


 再び、一同に歓声が沸いた。


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