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第一一〇話 ポリーナと大天使

 怖くない。

 お父さんとお母さんが一緒なら、どんなことになっても怖くない。

 いちばん大きなお願いが、本当にかなったんだから。


 今度こそ固く目を閉じたポリーナの耳に、地を駆ける確かな足音が、どこからともなく聞こえてきた。

 リョーコお姉ちゃんたちがたどりつくには、あまりに遠すぎるここに、いったい誰が来たのだろう。


 両親の腕の隙間から外を見たポリーナは、すぐそばをものすごい速さで通り過ぎいく金髪の美少女と目が合った。

 彼女の、自分のそれよりもやや黄色みの強い長い金髪が、強風の中にそびえ立つ旗のように尾を引いて後方に流れている。


 真っ白い、騎士さんみたいなよろいを着ている。

 フリッツお兄ちゃんと、同い年くらいかな。


 少女はふとポリーナの視線に気づくと、横目でにっと笑ってピースサインを送った。

 そしてすれ違いざまに、自信たっぷりに言い放つ。


「案ずるな、そこな少女よ。あれなる悪党どもは、私が刀の(さび)にしてくれるによってな」


 金髪少女の口から飛び出した、時代かかった口上。

 何を言っているのかよくわからなかったポリーナは、それでもこくんとうなずく。

 白騎士は視線を前に戻すと、ぴい、と甲高く指笛を吹いた。


「いでよ、コズミック・バード! 究極天使合体!」


 どこからか飛来してきた金色の鳥が、街の外壁へとひた走る彼女に追いすがると、その背にかぎ爪を立てて一体化を果たした。

 金の翼を得た少女は、それらを一度大きくはためかせると、そのまま大空高く上昇する。

 彼女は城壁の真上から眼下を睥睨(へいげい)すると、にやりと笑った。


「顕現、ヘヴンズ・ヒロイニック・ブレード!」


 腹部から出現した巨大な斬馬刀をつかみ出すと、彼女の背後に数条のいかずちが走った。

 明らかな敵意を感じた天使たちが、紫色の粒子をまき散らしている矢の狙いを、一斉に上空の彼女へと向ける。


 金髪の女性騎士は、体を半開きにして大見えを切ると、両手で構えた長刀を大きく振りかぶった。


「小さな子供に矢を射かけたりするなんざあ、正義じゃねえだろ! 心を失ったお前たちには、理解できないだろうけれどねぇ!」


 しかしそれは元はと言えば、下級天使たちを創造した、やはり心というものを持たないミストレス様に原因があった、とガブリエルは思う。

 いや、彼女だけではない。

 子供だからどうだというのだ、と思っている奴らは、それこそ大勢いる。

 悪魔どもも、フリッツですらも、かつてはそうだったはずだ。


 何の人間的魅力も備わってないなどと、ミストレス様はそんな風にうそぶくけれど。

 あなたが心を失っているのは、生まれつきなのです。

 理屈をこねくり回した挙句に、進む方向を誤ったあいつらとは、根本的に違うのです。

 あなたは、何も悪くない。


 それに、私は神の代弁者なのだから。

 神のあやまちは、私が(つぐな)うのが(すじ)というもの。


「くらえ、究極奥義! ハイリスクハイリターン・スラッシュ!」


 外門の上空を中心に、空間が歪曲した。

 黒色の球体が彼女を中心に放電しながら膨張すると、内部のすべての物質が原子に還元されていく。






 「……これが、大天使の力か」


 巨大なクレーターを見つめながら、アバドンがつぶやいた。

 レイラとポリーナも身を寄せ合って、荒れた大地を呆然と見つめている。


 その大穴の中心から、白装束の少女騎士がゆっくりと登ってきた。

 背にあった黄金の鳥は、役目を終えて飛び去ってしまったのであろう、今はすでにない。


 アバドンは巨大ななぎなたを肩に担ぐと、数歩前に出た。

 距離を置いて、光と闇を代表する二人が向かい合う。


「先ほどの技、フリッツとの戦いの時に使用したものとお見受けした。大天使ガブリエル殿に、相違ないかな?」


 ガブリエルは、恥ずかしいところを見られたというように、はにかみながら答えた。


「あの時、近くにおられたのですか。現存している悪魔といえば、ヴォラク様とアバドン様のみと(うかが)っております。ということは、男性のあなたは、アバドン様ということなのでしょうね」


 アバドンはうなずくと、ガブリエルの顔を探るように見つめた。


「我々を助けたのは、なぜでしょう? あなたの目的はフリッツとリョーコのみだと、我々は考えていましたが」


 ガブリエルは薄く笑った。


「目的に合致しない行為はすべからく無駄である、という考えは、寂しいものですね。娘さんの両親を思いやる気持ち、あるいは両親が我が子を思う気持ち、私は美しいと思いました。私はただ、美しいものを守りたいだけ」


 アバドンは眼前のガブリエルを、心の底からうらやましいと思った。

 彼女は確かに、天使だった。

 人造であるにもかかわらず、本物の。

 悪魔のまがい物、あるいは、なりそこないとでもいうべき俺とは違って。


「それでは、『不死』を体現しようというミストレスの行為も、貴方は美しいと?」


「無論です。美と正義は、決して同じ平面上にあるわけではありません。正邪はどうあれ、その脆弱と寂寥という点において我が主は確かに美しいと、私は確信しています」


 どうやら彼女とミストレスの関係は、なかなかに複雑なものらしい。


「それで、ガブリエル殿。今のあなたは、何をしたいのですか」


「フリッツ君とリョーコさんに、話をしに来ました。ほかの方々には、できれば速やかに立ち去っていただきたい。彼らの集中力と判断力が阻害されないように」


 ガブリエルのそのもの言いに、アバドンは力を込めて言い返した。


「そのために、俺の家族の日常は犠牲になりました。そのような、目的のためには手段を選ばずというスタンスのあなた方が、我々には配慮を求められる?」


 アバドンの後ろでかたずをのんで成り行きを見守っていたレイラのブルーの瞳が、さざ波のように揺れた。

 まったく、私の夫は素直じゃない。

 俺の家族、なんて当たり前のことくらい、再会した瞬間に認めてよ。


 ガブリエルは姿勢を正すと、改まって答えた。


「我が主の強引な手法については、謝罪させていただきます。あなたのご家族の存在がリョーコさんを入手する際に何らかの役に立つ、などというよこしまな考えが、我が主の脳裏によぎったことも、恐らく間違いではないのでしょうし」


 率直なガブリエルの態度に、アバドンは好感を持った。

 少なくとも彼女は、ミストレスの操り人形などでは決してない。


「あなたは、まったくよくできた部下だ。ただ、もし私があなたの立場なら、主の不誠実には身をもって諫言(かんげん)を試みますがね。もっとも、貴方の主が私の主と同じくらいに寛容な方であれば、の話ですが」


 ガブリエルは微笑すると、腰を折って一礼した。


「ご忠告、痛み入ります。それでは私は、くだんの二人と話をしてまいりますので。皆様方は、ご随意にどうぞ」


 ガブリエルは前方へ歩きかけて、再びポリーナと目が合うと、ばいばいと小さく手を振った。

 ポリーナも笑って、小さな手を振り返す。


 見送るアバドンの後ろから、レイラが声をかけた。


「あなた。あの女の子も、天使だったの?」


 振り返ったアバドンは、歩き去るガブリエルの背中を見ながら、感心したようにうなずいた。


「大天使、さ。なるほど大物だね、あれは」


 レイラは夫のそばに寄り添うと、腕を組んだ。

 一瞬腕を引こうとしたアバドンを、レイラは離そうとはしない。


「それじゃ、大天使さんのお言葉に甘えて。とりあえず、森の方へ逃げるとしましょうか」


 アバドンは、一度大きな息を吐いた。

 俺はどうやら、小さなことにこだわりすぎていたらしい。


「……レイラ、すまなかった」


「ふふ。殿下にお会いしたらその時に、二人して弁解してもらいましょうかね。でも、私好みのあなたの顔があまり変わってなくて、安心したわ。身体なんて以前より相当パワーアップして、かえって便利になった感じだし。これまで夫婦喧嘩では私の方が勝率高かったけれど、これは逆転されちゃうかな」


「はっ、あり得ないな。これから先もずっと、俺はお前に勝てやしないさ」


「よろしい。それじゃあ追手が来ないうちにさっさと逃げるわよ、レオニート」


 失われた過去を取り戻したレオニートは、グレイブを肩に担ぎなおすと、ポリーナの目線と同じ高さまでかがんだ。


「ポリーナ、リュックを貸してごらん。いや、身体ごと抱えた方が早いかな」


 むくれ顔のポリーナは、自分のリュックを離そうとはしなかった。


「大丈夫、自分で持てるから。いつまでも小さい子扱いしないでよね、お父さん」


「おっと、こいつは失礼した。もう、すっかりレディだな」






 下級天使たちはガブリエルの出現と同時に、自分たちの役目が終わったことを認識したのか、どこへともなく去っていた。


 一家の様子を遠くから眺めていたリカルドは、手甲をゆっくりと外すと、ズボンの金具にそれらを吊り下げる。

 そして両手をベストのポケットに無造作に突っ込むと、ぶらぶらと歩きだした。


「待ってくださいよ、団長」


 リカルドは後ろから走ってくるニールに、振り向くことなくぶっきらぼうに言った。


「何言ってんだ、ニール。お前はもう、団員じゃねえんだろう? まあ、ポリーナちゃんをお前が守ってくれるってんなら、悪くはない話だとは俺は思ってるぜ」


「ちぇっ。団長、なにすねてるんですか」


「すねてなんかいねえよ、馬鹿野郎。それよりもニール。お前、団を抜けてもデッカーズ・クラブにはつきあってくれるんだよな?」


 ニールは一瞬きょとんとしたが、やがて苦笑しながらうなずいた。


「もちろんですよ、団長。一緒にヒルダさんの追っかけ、続けていきましょう」


「それでこそ、敬虔(けいけん)なファンクラブ会員だ。あー、はやくビールでも飲みながら、ヒルダちゃんのおっぱいをガン見したいぜ」


「これで団長のことを嫌っていないってんだから、ヒルダさんもプロだよなあ」


 二人は肩を並べながら、完全に破壊された街の外門を抜けると、郊外の森の方へと連れ立って歩いて行った。


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