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第一〇二話 エリアス王朝軍の黎明

 白いローブに身を包んだヒルダは、エリアスたちからやや離れたところで馬を降りると、その場でひざまずいて彼らの到着を待つ。

 エリアスは深く頭を垂れた彼女の前で立ち止まると、努めて柔らかな口調で声をかけた。


「ご助力を感謝いたします、偉大なる魔導士殿。レイラ殿の店で、食事をご一緒して以来ですね」


 エリアスは、敬語を使ってヒルダに話しかけた。

 魔導士にはそれ相応の敬意を払う必要がある、とエリアスは考えていたし、実際に魔導士という者たちの多くは、王位などという権威には大した価値を見出していない。

 ヒルダは、顔を伏せたままで答えた。

 

「ご無沙汰しております、陛下。ロザリンダ殿下の隠蔽(いんぺい)が巧妙であったため、遅参いたしました。お許しください」


 エリアスは黙ってうなずいた。

 同じ城内にいたメリッサですらも、ロザリンダが正体を現すまでは、その存在を感知できなかったのだから。


 エリアスのそばに持しているカレンは、緊張した面持ちで、ロングソードのつかに右手を添えている。


 ヒルダ様は、エリアス様の友人でも、まして臣下でもない。

 味方であるかどうかも、わからない。

 彼女の思惑が不明である今は、最悪の事態も想定するべきだ。

 手負いの今の私が最強魔導士に通用するかといえば、はなはだ疑問だが。


 エリアスは体を折ると、ヒルダの両手をとって立ち上がらせた。


「あなたが来てくれて、本当に助かりました。柏葉門をどう突破したものかと、正直途方に暮れていたのですよ。それをあなたの魔法の一撃で解決できました、実に驚くべきものです」


「先輩に相談しながら、いろいろと改良していましたので。陛下のお役に立てたのであれば、幸いです」


 ヒルダがちらりとメリッサのほうを見た。

 それにこたえて、笑顔のメリッサが小さく右手を振る。


 エリアスはそのとび色の瞳で、ヒルダを探るように見た。


「あなたは先ほどから、私を陛下と呼ばれているが。それはすなわち、そういうことでよいのでしょうか?」


 カレンが危惧している内容を、エリアスが問うた。

 ヒルダはどうやら、すべてのいきさつを把握しているようだ。

 そしてゴダール王が暗殺された今、ロザリンダではなくエリアスを王として支持するという意思を、彼女は表明しているのであろうか。


 ヒルダは黒い瞳で、エリアスをまっすぐに見つめ返した。


「リョーコから、おおよその事情は聞きました。天使なる存在が、『ミストレス』と呼ぶ彼らの主を不死の存在に押し上げようと画策していることを。ただ、私もその『ミストレス』がロザリンダ殿下だとまでは、さすがに想像できませんでしたが」


 そうなのだ。

 なぜよりによって、「ミストレス」が姉上だったのか。

 異世界転生者の王子に、狂気に取りつかれた王女。

 偶然に呪われた王家だったのだと、自嘲するしかない。


「だが、ヒルダ殿。不死の件はともかく、現在の状況は、いわば姉弟での王位争奪戦に過ぎない。あなたとしては、有利な方の味方に付くという選択が可能なわけだが?」


 俺の味方と言えば、もはやカレンとメリッサ、それにアバドンしかいない。

 近衛軍は、おそらくそのかなりの数が下級天使に改変され、ロザリンダに完全に掌握されている。

 状況は、圧倒的に不利なのだ。


 ヒルダは、初めてエリアスに笑顔を見せた。


「リョーコが言ってました。陛下には、見どころがあると。だからわたくしは、陛下にお味方させていただきます」


 エリアスは、苦虫をかみつぶしたような表情をした。

 バーで彼にクーデターをそそのかした、ピンク髪のおせっかい焼き。

 人の心配なんか、してる場合かよ。


「まったくリョーコときたら、おしゃべりな奴だ。しかしそれはまた、単純な理由ですね。魔導士が掲げるには、あまりにも」


 ヒルダの目が、すっと細められた。


「私にとっては、リョーコの言葉が唯一無二の理由です。それ以外の理由は、私には必要ありません」


 即答だ。

 そしてそう言い切ったヒルダからは、恐ろしいほどの迫力が感じ取れた。


 エリアスは表情を改めながらも、心の中で苦笑した。

 やれやれ、フリッツも大変なライバルを持ったものだな。


「つまり俺は、リョーコを失望させれば即、あなたの魔法で灰にされるというわけだ。一時は平手打ちされるまでに嫌われていたからな、危ないところだったようだ」


 そばで聞いていたカレンが、聞き捨てならないとばかりにエリアスに向き直る。


「殿下。やっぱりあの時、リョーコ様に平手打ちされていたのですね。一体、何をしたらそんなことになるのですか」


 まったく、つまらないことをよく覚えている。

 エリアスは、詰め寄ってくる彼女を必死に押し戻した。


「まて、カレン。手を出したり、出されたりといった話じゃない。いや、実際、顔に手は出されたわけだが。おい、なんだその目は。俺が信じられないのか」


「あれだけ私に隠し事しておいて、今更信じろとは、本当にご都合のよろしいこと。そのお話はいずれ、しっかりと聞かせていただきます」


 冷たい汗をぬぐいながら、エリアスは乱れた銀髪を整え直した。


「わかったわかった。まったく、君のその妄想癖はなんとかならんのか。第一、俺がリョーコに手なんか出していたら、今頃とっくにヒルダ殿に粛正されているということに、君は気付かんのか」


 ぶつぶつとつぶやくエリアスに、ヒルダとメリッサは顔を見合わせて笑った。






 こほん、と咳ばらいを一つすると、エリアスはヒルダに向き直った。


「それではヒルダ殿、あなたのその力、遠慮なくお借りさせていただこう。リョーコとあなたのその期待、裏切らないようにせいぜい努めさせていただく」


「でしたら陛下、私のことはこれからヒルダとお呼び捨てください。アカデミーを卒業する前に王に直接お仕えできるとは、なんだか抜け駆けをしているようで、ほかの生徒たちに悪いような気もしますが」


「ばかな。あなたとメリッサは、我が王国における魔導士の双璧である。何人がそれに異論を唱えられようか」


 まして、「核撃」持ちなのだ。

 天使相手に、彼女たち抜きでの戦いなど考えられない。


 ヒルダは深々と頭を下げた。


「恐れ多いお言葉、かたじけのうございます」


「ああ、よろしく頼む。そして」


 エリアスは、後ろの女性二人へと振り返った。


「改めて、お前たちにも俺を助けてほしい。俺は今まで、独りだと思ってきた。そして、いろいろと間違ってきた」


 メリッサは、神妙な面持ちで彼の言葉を聞いていた。

 エリアス、あなたは私よりもずっとましな人間よ。

 私は、間違いかどうか考えることすら、放棄していたのだから。


「何ができるかは正直、俺にもわからん。だが、わからない時はみんなで相談しろ、とリョーコは俺に言った。俺には、お前たちが必要だ。そしてお前たち二人の忠誠にも、俺は必ず応えてみせる」


 カレンは、やおらロングソードを引き抜くと、胸の前に抜き身の刀身を立てて天に捧げた。

 エリアスから瞳をそらすことなく、凛として答える。


「もちろんです、殿下。いや、私も陛下とお呼びさせていただきます。このカレン、命尽きるまで、陛下のお供をさせていただきます。願わくば、お見捨てなきよう」


 メリッサも右手を腰に当てて、目を閉じながらうなずく。


「私もよ。死ぬまで付き合ってあげるわ、エリアス。でも欲を言えば、忠誠よりも愛情に応えてほしいかな」


 メリッサの軽口に、ヒルダがぽんと手を打った。


「あ。ひょっとして、先輩。このまえ話してた同棲している彼氏さんって、陛下のことじゃあないですか? 玉の輿狙いかー、さすが先輩。将来を見据えた、恐ろしいまでのリスク・マネジメント」


 ばか、とメリッサはヒルダの口を押えようとしたが、時すでに遅し。


「はあ? どうせい? 誰と誰が?」


 カレンはエリアスにゆっくりと近づくと、彼の胸ぐらをがっとつかんだ。

 鍛え上げられた騎士の剛力で、エリアスの両足が宙に浮く。


「あー、言ってなかったっけな、カレン。まあ話すと長いんだが、これには深いわけが。機密漏洩防止というか、住宅探しの間の仮住まいというか。待て、剣を抜くな! 王に剣を向けるなど、それこそ反逆では」


「なにが、忠誠に応えてみせる、ですか。この甲斐性なしがあ!」


 修羅場に背をむけながら、ヒルダが大きなため息をつく。


「うーん。天使どもの追手が来る前に、早く逃げたいんだけれどなあ。先輩、あなたのせいですよ」


「何言ってるのよ、ヒルダさん。あなたが口を滑らせたからでしょ」


「そういうことは、事前に口裏合わさせてくださいよ」


 ひそひそと話し合う二人の背後で、カレンのバックラーがエリアスの顔面をはたく音が空高く響いた。


 こうしてエリアス王朝軍は、最初の三名を得て歩み始めた。

 この世界の、真の独立を勝ち取るために。


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