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第一〇〇話 バイバイ、ユア・マジェスティ

 カレンは混乱していた。

 第一王女ロザリンダ殿下が、実弟のエリアス殿下とメリッサさんを追い詰めている、この状況。

 治癒師。天使への改変。ミストレス。


「我が王室で、このようなことが。あり得ない」


 国政にさほどの関心もなく、治癒魔法の勉強に没頭していた、深窓のプリンセス。

 下級天使の群れを率いているロザリンダの笑顔は、カレンの記憶の中のそれと少しも変わらない。

 

「カレン。あなたの実力は、近衛軍から放逐するにはあまりにも惜しい。反逆の罪は許してあげます、今すぐ私に仕え直しませんか?」


 ロザリンダのねこなで声に、カレンの全身がわずかに震えた。


「なぜロザリンダ様が、エリアス様と戦われているのです。あんなに仲の良いご姉弟だったお二人が。誰かに操られておられるのですね? きっと、そうに決まっています!」


 動かない左足をかばって膝立ちになったカレンが、ロザリンダに吠えた。

 メリッサを長椅子に横たえたエリアスが、彼女のもとへと駆け戻る。

 カレンに肩を貸してゆっくりと立ち上がらせると、エリアスは押し殺した声で言った。


「よせ、カレン。俺たちの目が節穴だったのさ。ただ、それだけのことだ」


 涙目のカレンが、きっとエリアスをにらんだ。


「そんな、ばかな。それで納得いくんですか、エリアス様は」


 エリアスが気色ばんで、カレンの肩を揺さぶる。

 この分からず屋が。


「納得なんて、しちゃいねえよ。だがな、殺らなきゃ殺られちまう。向こうは、とっくにその気なんだぜ」


 ロザリンダは、言い争う二人を面白そうに眺めている。


「私は、他人と関わりあうために生きているのではありません。人は独りで生まれて、独りで死ぬ。不死になろうという私ですもの、今のうちに慣れておかなくちゃあね」


 カレンがぎりっと奥歯を嚙み締めた。


「なんということを。エリアス様のお気持ちを、お考えになられたことがあるのですか?」


「ないですよ。あなた方が私のことをどう思うかは、そちらの自由ですが」


 ロザリンダは、さきほどエリアスに対して言い放った言葉を、カレンにそのまま繰り返した。


 まったく、面倒くさい。

 他人と仲良しごっこをやって、それで心が満たされていると錯覚している馬鹿な奴らには、私の気持ちなど決してわかるまい。

 わかって欲しいとも、思わない。

 土足で入り込んでいることに気づかない、自分の無神経さを恥じろ。






「感情論など、どうでもよい。カレン、あなたはどうしますか? あなたの強さは、その自我に起因する部分が大きい。あなたが望むなら、自我を保ったままで大天使に改変させてあげることもできるのですよ」


 カレンは覚悟を決めた。

 今、はっきりとわかった。

 ロザリンダ殿下は、私の敵だ。

 彼女は、エリアス様を傷つけた。


「私はエリアス様の直属です。エリアス様以外の方の命令を聞くつもりは、ありません」


 ロザリンダが、カレンをねめつけた。

 為政者の、冷たく暗い目だ。


「カレン、この国の今の王は私です。父王と二人のお兄様方は、先ほどご崩御あそばされましたから。騎士とは、すなわち王の代理人。その騎士が王の命令をきかずして、なんとしますか」


 カレンが息をのんだ。


「そこまでとは、ロザリンダ様。あなたは、王位を簒奪さ(さんだつ)れたのですか」


「だから、そんなことはどうでもよいと言っているのに。あなたは、エリアスの私兵ではありません。文民統制という言葉は、当然知っていますよね。兵が勝手に自分の判断で動くことの危険性は、あなたにも十分理解できるでしょう?」


 カレンは、うっすらと笑った。

 もはや、ロザリンダが利用しようとしている王の威光は、彼女には通用しなかった。


 この期に及んで主人面か。

 私兵、大いに結構だわ。


「なるほど。じゃあ、ロザリンダ様を倒せば、私はエリアス様の元で王国騎士に復帰できるのですね。エリアス様が、新しい王となるのだから」


 カレンの挑発に、ロザリンダは鼻白んだ。


「へえ、恩知らずなこと。あなたのエリアスへのそれは忠誠、それとも愛情かな? エリアスの女になることで、今の副官の地位を手に入れたという噂も、あながち的外れなものではないようね」


 カレンの動きが一瞬止まった。

 なによ、それ。

 そんな噂、初めて聞いたんだけれど。


 成り行きを見守っていたメリッサも、ぎょっとした様子で、穴のあくほど二人を見つめている。

 嘘でしょー。

 本当だったら私、むしろカレンさんを見直しちゃうけれど。


 憤慨したエリアスが、口角泡を飛ばして否定する。


「姉上、根も葉もない中傷はやめていただきたい。彼女の今の地位は、私が一方的に与えたものではなく、彼女が自分の実力でつかんだものです。先ほどの戦いで、彼女はそれを十分に証明していると思いますが?」


 カレンは、複雑な表情をした。


 おそらく殿下はご自分の言う通り、純粋に私の剣の腕のみを評価してくださっている。

 だが、それ以外の理由が全くないというのも、それはそれで何となく寂しいものだ。

 好みの女性だから副官にした、でも、私は満足なんだけれどなあ。


 つかの間ちらついた不謹慎な考えを、カレンは頭の中から追い払った。






 ロザリンダが、口元を抑えながら笑う。


「冗談よ、エリアス。まあ、それほどカレンが死ぬことを惜しんでいるってことで、水に流してちょうだいな」


 エリアス達三人はそれぞれ違った思いで、彼女の言葉に反発した。

 それこそ、水に流せる話ではない。


 彼女は笑いを収めると、冷徹な女王の顔に戻った。


「国内にこれ以上の混乱を招くのは、私の本意ではない。王たる私の敵に回るのであれば、あなたたちは逆臣。降伏しなければ、国家反逆罪で斬首です」


「考えが古いですよ、姉上。絶対王政が衰退していくのは、異世界の歴史が証明しています。社会主義とは言いませんが、少なくとも立憲君主制に移行しなければ、異世界とは対等に戦えない」


「なるほど。エリアス、あなたはよい政治家になれそうですね。それとも、誰かの入れ知恵かしら。いずれにしても『不死』さえ得られれば、私はそれでいい。政治にあまり関心がないという私のこれまでの言動は、決してフェイクではないのですよ」


 ロザリンダは一歩踏み出すと、右手の甲を彼らに差し出した。

 彼女はそこにキスを、忠誠の証を求めている。


「これが最後の忠告です。私に協力せよ、我が弟とその従者よ。私が不死になったあかつきには、いずれの世界の統治にも干渉しないことを約束しよう。エリアス、お前は私がいなくなった後のこの世界を、いかようにもするがいい。お前にとって、失うものは何もないはずだが?」


 姉上は、わかっていない。

 自分の利益のために他人を犠牲にすることの醜さを、わかっていない。


「失うものはありますよ、姉上。俺は、リョーコとフリッツを失うわけにはいかない。あいつらは、俺の友人だ。それにあいつらがいなくなったら、悲しむ奴らが大勢いる」


「王位を望む割には、計算のできない弟ですね。たった二人のために、私に逆らうというのですか?」


「たった二人を守ることもできずに、何が王だ。姉上を失っても、悲しむのは俺一人です。どちらが悲しむ人数が多いか、それこそ簡単な算数の問題だ」


 ロザリンダは、大きなため息をついた。


「ふむ。別段寂しくはありませんが、人望がないと指摘されるのも、王としてはいささか業腹ではありますね。それでは最後通牒も済んだことですし、交渉決裂ということで」


 エリアスが鼻で笑う。


「交渉、ですか。果たしてあなたは、父王や兄上たちとも交渉したのですか?」


「彼らは、交渉するまでもない愚か者でした。私はこれでも、エリアス、あなたのことを評価しているのですよ」


「うれしい限りですよ、姉上。オールアーマメント・オープン!」


 エリアスはカレンを後方へと押しやると、付与魔法を起動させた。

 こめかみに、じわりと汗がにじむ。


 メリッサは両足を砕かれ、動けない。

 カレンも左足を凍結させられて、その戦闘力を半減させている。

 こうなると、高層階にある自室に逃げ込んだのはかなり痛かった。

 脱出路は、ロザリンダと下級天使たちが塞いでいる 大きく破壊された入口一つきりである。


 ロザリンダがエリアスを静かに指さした。

 ざあっと天使たちが殺到してくる。

 

「其、転冠矩撒核!」


 半身を起こしたメリッサが、エリアスの後ろから「核撃」を放つ。

 五本の赤い光条が曲線を描いてホーミングすると、同数の天使の胸を正確に貫き、それらを瞬くうちに崩壊させた。


 五本、のみ。

 エリアスも、魔法を放った当のメリッサも、愕然とする。

 彼女のライフ・フォースが、完全に尽きた。


 前方から押してくる。

 四体。

 エリアスの回し蹴りで、二体が後方に吹き飛んだ。


 残りの二体は剣で突いてくる。

 近衛隊仕込みの、連続した速い突きだ。

 エリアスの右脇と左の二の腕に、熱い痛みが走った。

 拳の左右の連打をそれぞれの顔面に叩き込むと、わずかに後方に下がる。


「殿下、我らに構わず!」


 メリッサをかばいながらロングソードを振るうカレンが、エリアスに叫んだ。


 そうはいくか。

 俺は王になるんだ。

 ここで彼女たちを見捨てるような奴は、いずれは王国の民をも、見捨ててもいいと思うに決まっている。

 負け癖がついた、負け犬になっちまう。


 荒い息をつくカレンの後ろから、メリッサがささやいた。


「カレンさん、私を背負ってください。急いで」


 あわてて振り向いたカレンに、メリッサが自分の背中を指さす。

 一瞬で、カレンは彼女の意図を了解した。


「なるほど。でも、メリッサさんの体力が」


「あなたのような騎士ほどではないですが、私も田舎育ちです。畑仕事を手伝っていたので、並みの魔導士よりは、よほど体力には自信があります。それに何より、私にはまだ悪魔の力も残っていますから」


 メリッサは魔導士の顔から一転して純朴な表情で、朗らかに笑った。


 カレンは、改めて彼女を見直した。

 彼女は、魔導士だというだけで自分に自信を持っているのではない。

 心の底に、生命力が、粘り強さがある。

 これもエリアス殿下の影響なのだとしたら、ちょっと妬ける。


 カレンはメリッサの右手を握った。


「私のようなただの騎士と比較するなどと、ご謙遜を。あなたのお力、頼りにさせていただきます」


 カレンに背負ってもらうと、メリッサは彼女の首に右腕を回した。

 またしても、好ましい香りが彼女の鼻腔に拡がる。

 カレンさん、騎士というある意味無粋な職業でありながら、人一倍おしゃれには気を使っているんだなあ。

 エリアスの部屋の前でもじもじしていた彼女の様子を思い出して、メリッサはこっそりと微笑んだ。


 そんな彼女の様子にはもちろん気付かないカレンは、下級天使に囲まれているエリアスに叫んだ。


「殿下、窓!」


 言うや否やカレンは敵に背を向けると、動かない左足を引きずりながら、入り口とは反対側にある石造りの窓へと駆け寄る。

 そうして窓枠に足をかけると、メリッサを背負った彼女はためらうことなく、空中へとダイブした。


 彼女の後を追って走りこんだエリアスも窓の外へと飛び出すと、右腕を思い切り伸ばす。

 カレンが精一杯伸ばした指とエリアスのそれがつかの間触れ合い、お互いの手を強く握りしめた。


 虚を突かれたロザリンダが、窓へと駆け寄った。


「愚かな、自殺か? あの魔導士には、もはや『浮遊』を使うだけのライフ・フォースは残されていないはず……」


 彼女は見た。

 カレンに背負われて彼女と一体になったメリッサが、背の白い翼を大きく広げ、エリアスを宙づりにしたまま中庭へと滑空していく様を。


「忌々しい悪魔めが」


 ロザリンダは踵を返すと、下級天使たちに命令を下す。


「急いで追え! 無事に降りたところで、どうせ動けないのだからな」


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