その不審な男、危険につき
校門を抜け、帰路に立つ。
ルイは歩道寄り。ルディミハイムは道路寄りで歩みを進める。
そうしてルイは伸びをする。ようやっと落ち着いた様子だ。
「やーっと解放されたー」
「だいぶお疲れだな、ルイ」
入学式が終わった後、教室に案内され、担任から自己紹介があった。
「まあゆっくり仲良くなっていけばいい」
とのことで、生徒側の自己紹介コーナーは省かれた。
おかげで割とすぐに、クラスの行事からは解放されることとなった。
ルイとしては自己紹介でスベり倒す心配をしていつつも、即興でどんなネタを披露しようか思案していたため、少し残念そうである。
だが教室の外に出ようにも次は部活動の勧誘が煩く、なかなか抜け出すことができない。
それだけでなく、ルディミハイムが人気過ぎるのだ。単に目立つからなのかもしれないが。
紅一点を獲得せんとばかりに運動部が駆け寄ってきたり、或いは文化部の女子が話しかけてきたりした。
その度にルディミハイムはその概要をとりあえず聞いていく。
「野球ってなんだ? それを投げてどうするんだ? その棒はなんだ……?」
「サッカーってなんだ? 野球の球とは違うのか? 蹴るのは少し抵抗があるな……」
「陸上競技……。走るだけじゃないのか……? 投げたり飛んだり……。少し興味ある」
「芸術? 絵や写真、彫刻を彫ったりか……。私には向いていないかもしれない。そういう人でも歓迎? 考えておく」
終始このような調子なため、当然「なに言ってんだこいつ」という目をされる。
その度にルイが「記憶喪失でしかも外国出身なのでー」と伝えることで事なきを得る。
だが、この言葉を怪しむ者も中には居る。
「記憶喪失なのになんでこの学校入れたの?」
斉藤とやらのこの一言に二人は内心ギクりとする。
このエピソードをまるで考えていなかった。
だが、斉藤のことをよく知る者達が仲裁に入ってくれる。
「やめなよ斉藤君、ルディミハイムさんを困らせないで」
「でも気になるんだよ」
「空気読めよ斉藤。理由があるんだよ」
「俺が悪いんか!? なあ!?」
「うるせーぞダ斉藤」
初日から散々な言われ様な斉藤であった。
これを見てルディミハイムは頭を抱えつつ、毅然と振る舞う。
「喧嘩はよしてくれ。争いは嫌いなんだ」
彼女が口論に割って入ることで、その場は落ち着いた。
側からその光景を目の当たりにした女子の一部は、この行動に心の中で拍手喝采なのであった。
「ヒソヒソ(ルディミハイムさんってかっこいいね)」
「ヒソヒソ(隣の人……夜天君は実は彼氏だったり……? 優しそうでかわいい)」
二人のあずかり知らぬところで、密かな人気を集めていくのだった。
さて、時は戻り現在。
「部活どうする?」
「面白そうではあるけど、入る気はないな」
「同じくー」
部活に入ることで忙しくなっては元も子もない。
楽しそうだが集団行動は苦手。
雰囲気が暑苦しい。爽やかさが欲しい。
など、他愛のない話をしながら帰り道を歩く。
まだ少し肌寒さが残る、時折吹く風。
その風と共に、ルディミハイムは何かを感じ取る。
「…………」
「どうしたの。立ち止まって」
「誰かに見られている気がする」
そう言うと、少女は周囲を見渡す。
だが、その正体を見つけることは出来ず。
とりあえずは「気のせい」ということで自己完結する。
「なあ、走ろう」
「え、どうしたの」
「このまま外に居てもいい事はない。勘だ」
少女が感じたその気配は、敬意や慈愛のような温かみのあるものでは決してない。
寧ろその反対で、否定的な眼差しを浴びせられたような冷えた感情であった。
少年にはその気配を感じられなかったが、少女の反応を見て只事ではないと理解する。
ただそこは通学路。
中学生のみならず、小学生たちも行き交う住宅街のメインストリート。
このような目立つ場所で、果たして誰かが攻撃してくることがあるだろうか。
少女らはその気配を気にしつつ、急ぎ家を目指すのだった。
☆☆☆
「気づいたか」
少年少女の後方。
細道から顔を覗かせていた、胡散臭い男が一人。
バレては元も子もないだろうと、身をそっと細道に隠す。
その名は、『リガルス・レイジモンド』。
集中が切れてしまったのか、ズボンの右ポケットから煙草のソフトケースとライターを取り出す。
「空じゃねえか。しゃあねえな」
ぐしゃりとケースを潰し、またポケットに仕舞う。
男は雲のかかった青空に目を向け、空を仰ぐ。
そこに無垢な幼女が男の下に歩いてくる。
「ん? なんだい嬢ちゃん」
「なにしてんのー?」
「あー、仕事してんだよ」
「おしごとー? おてつだいするー」
若干5歳ほどの幼女はそう言うと、細道からぴょこっと顔を出す。
そうして遠くを見やると、男に向かってにっこり笑う。
「あかいこ、かわいいね!」
「はぁ? 見えるのかお前」
「みえる! でも、こわいのかな」
男には不思議で仕方がなかった。
赤髪までの距離はおよそ50メートル。並の人間では表情を視認することは不可能である。
それも横顔だ。容易に判断できるものではない。
だがこの幼女はいとも簡単にやってのけた。
その幼女が只者ではないことは、男には十二分に理解できた。
「おじさん、いいひと?」
幼女は男を不審者と疑ったのか、それとも男自身の『仕事』について触れたのか。
ともかく尋ねられた男は少し考えて答える。
「さあな。悪い人かもしれねえぜ」
長細い銃を持ち、肩に担ぎポーズを取る。
銃口は背中の斜め上を向いていた。
「少なくとも、仕事の間はな」
幼女はただ、その姿を透き通った瞳に映し込む。
無垢な瞳に、男はどう映ったのやら。