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[序]星屑の漂流者—水の大賢者—  作者: くろめ
記憶喪失の少女と幾千年の伝承
6/22

これからの生活と探索

 執務室には、ヒカリだけが居た。

 元々は理事長兼町長がこの場に居るはずだったこともあり、少年と少女は疑問を呈する。


「あれ、町長さんは?」

「急用らしいよ。あのクソ親父……」


 罵りは二人に聞こえないほど小さなものだったが、その声色だけで不機嫌さが伝わる。


「なんか怖いよ……?」

「人ひとりの大切なことを決めるのに、それを蔑ろにする奴ってどう思う?」

「え。うーん、約束は守ってほしい」

「それよ。そういうこと」


 ルイはいまいちピンときておらず、「んー……」と喉を震わせる。


「さあ、代わりに話すね。資料は全部揃えてきたから」


 誘導されるまま、テーブルを隔ててヒカリと向かい合わせに座る二人。

 ヒカリはテーブルに紙を一枚置く。


「これは……何かの地図か?」

「この形、天ノ峰だよね? なんか印が付いてる……」

「そう。凄く子供みたいな言い方をすると、これは『宝の地図』ね」

「宝の地図……? あ、もしかして」


 ルイにはピンと来た。先ほどルディミハイムの病室で話があった『光玉』。

 宝と言うからには、少年と少女にとって大きなものに違いがない。


「うん。伝説上では、5つの場所に光玉があるって言われてる」


 地図に記された場所は「天ノ龍山」「天ノ川」「天ノ峰樹海」「星屑の孤島」。ルイにはそれが大まかにどの辺りなのか直ぐに把握できた。


「五つ……? 印は4つしかないぞ?」

「そうね。正直に言うと、最後の一つは憶測でしか答えられない」

「憶測。えっと、よくわかってないってこと?」


 ヒカリは頷き「残念ながらね」と吐息する。


「その、憶測の場所ってどこなんだ?」

「この地図では表せない伝説の地『星屑ヶ原』。あなたたちが出会った場所だよ」


 少年と少女は顔を見合わせた。

 二人して、運命的な何かを感じ取ったのかもしれない。

 少年は再びヒカリを見るなり、笑顔で発する。


「じゃあ、行けば何か分かるかも?」

「簡単に行けるものじゃないよ。あたしも見つけたことがないんだから」

「ええ?」

「さっき少し触れたと思うけど?」


 ルイは病室でした話を思い返す。

 伝説上でだけ語られている幻の地。先ほど聞き流してしまったが、それは少年にとって不可解なことだった。

 これだけはどうにも信用できないらしく、ルイはまた今度行ってみようとひとり考える。


「そもそも、あなたどうやって星屑ヶ原に入れたの?」

「どうやってって、普通にこう……」


 ————。


「普通に……入った……」

「どんな経路で?」

「えと……」


 思い出すことができず、黙り込んでしまう。表情は唖然としている。

 思えば確かに、少年は樹海の中を適当に歩いていたら、いつも大体星屑ヶ原に着いていた。

 大まかな行き方を把握していたわけではない。


「じゃあ、倒れていた周辺には無かったのか?」

「いいえ。単なる樹海一色。伝説上の野原なんて無かったよ」


 だからこそヒカリは少年の行動を疑問視していた。

 樹海に男女で、連絡手段もなしに入り込むなどという愚行に見えたのもそういった背景があってのことだ。


「今更疑う気はないよ。でも、普通の人からしたら伝説の場所。行けた人は貴方たち以外に聞いたことはないぐらい」

「もしかしたらもう、入れなくなってるかも?」


 少年はふと、よくあるパターンが頭に浮かぶ。

 こうした伝説の場所というのは、ある一定の出来事が起きるとしばらく入れなくなる。

 いずれタイミングが来た時にしか入れないということを。


 それを落胆すると同時に、少年はロマンだと感じる。

 また時期が来れば入れるかもしれない。

 逆にそれが楽しみに変わるのだから。


「そういうこともあると思う。なんとなく、勘がそう言ってる」


 本能や経験的な部分が大きいのだろうが、単に理屈だけでは物事を考えないのがヒカリである。

 もちろん、最優先には理屈が通るが、柔軟に物事を考えるためにはそれ以外も必要であると考えている様子。


「……本当のところを言うと、正直また樹海に入って救助しに行くの大変なんだよね」

「あー……」


 たまに感情が入るのはご愛嬌である。


 二人が納得し終えると同時にヒカリは「じゃあこの話は終わり」と地図を仕舞う。


「次はこれ、入学手続き書類」

「入学……?」


 学校法人私立天ノ峰中学校。

 少年ルイが明日から入学する学校の名が、そこに載っていた。


「記憶がない以上は、学業を修めるべきだと思って」


 ルディミハイムには何もない。

 漠然とした知識は引き出されるようだが、自分が何者なのかは全くわからない。


 具体的にどの知識が欠落しているのかは判断が難しい。

 ならばいっそルイと一緒に勉強をさせようという魂胆である。


「特別にあなたの入学を許可します。ベガ・ルディミハイムさん」


 ヒカリの言葉だけでなく、入学許可証には理事長の押印がされていた。

 通常は入学試験が必要であるが、今回はそれを免除。


 身分が分からない以上は公立中学に通うこともできない。

 しかも翌日から学校が始まる中でどうにか手続きを行えるのは私立の強みであった。


 ルイはしばらく状況を飲み込めなかったが、一番の友人になりそうな子と学校生活を共にできることを理解すると、立ち上がるどころか飛び上がる。


「座って」

「あ、うん」

「まだあるから」


 ヒカリに一瞬で静止されてしまった。


「最後にもう一つ。これは書類がないから口頭で言います」

「なんだ?」

「ベガ・ルディミハイム。貴方は夜天家に住むことになりました」


 沈黙。誰も発することはなく。皆呼吸も止まっていたのではなかろうか。

 ただ時計の秒針が進む音だけが空間を支配する。


「へ?」


 ルディミハイムの声で、再度ヒカリは口を開く。

 今度は少し表情が緩んだ笑顔で。


「ベガ、あなたはルイの家で過ごすことになりました」

 

 少年は、驚愕の声を5秒に渡って放ち続けた。

 一方少女は至って冷静に感激するのだった。

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