三千年の伝承とルディミヘイム
天ノ峰に伝わる歴史は非常に深く、掘り下げてはキリが無い。
少なくとも三千年の歴史があると言われており、故にその殆どが言い伝えの中で尾ひれの付いた、半ば偽りの物語。
少年が識っているのはそこまでで、決して正しい歴史であるとは言えない。
あくまで歴史的な話ではなく、オカルトの範疇ということになる。
宇宙人の拠点であったりだとか、地底人が住んでいるだとか、あるいはこの土地が妖精によって作られた……など、御伽話のようなものばかりなのだ。
「今回はそのうちの一つを、貴方達に教えるよ」
☆★☆
太古の昔、およそ三千年前。
この土地にはまだ天ノ峰なんて名前はない程の頃。
当時どこからともなくやって来た5人の賢者がこの土地を支えていた。
賢者らはそれぞれ強力な魔術を持っていて、その力によって「天ノ峰」が出来上がったとされている。
一人は炎、あるいは自然、水、雷、風……。
これら五つの力を有した賢者達であるからこそ、この天ノ峰を今の形に保つことが出来たと言えるのかもしれない。
「…………」「……ふあぁ」
今でこそ土地に恵まれていたけれど当時は荒れ果てていて……。
——安定してきた訳だけれどそんな最中、——。
——を争う大事件が起きて——が現れて。
魔術を——せることで——をどうにか撃退した。
————がきっかけで天ノ峰ってわけね。
その代償として——は——についてしまった。
魔力が————。
——願いを——光玉と——。
————————。
————————。
————————————————。
★☆★
少年は座って涎を垂らし、少女はベッドで寝息を立てる。
そのことに、ヒカリは全てを話し終えた後にようやく気づく。
「寝ないでほしいんだけれど。これじゃ話者だけの独りよがり」
「んぁ……ごめん授業は苦手で」
ルイは難しい話が苦手である。
ヒカリの話し方がまるで教師のようであったため、長続きせず寝てしまったという。
少女が寝てしまっているのも同じ理由なのだろう。ヒカリは少々反省する。
「どの辺りが難しかった?」
「歴史っぽく語るのがあんまり……イメージしにくくて」
「そっかー。要点だけ掻い摘んで話せばいいかな?」
「そうしてほしいかも」
数秒の沈黙だけで再び口を開くヒカリ。彼女は賢いのだからこれぐらい造作もない。
「早い話、さっきあなたが話してた森の奥の野原。あそこは伝説上でだけ語られている幻の地。賢者達がこの町『天ノ峰』を最後に育てた場所。そんなところにあなた達は足を踏み入れたってことだよ」
実に簡易的に纏めた説明だったが、少年ルイの体験していた事柄が混じっていたこともあり、納得できている様子だ。ここまで話し終えてようやっと少女も「んぁ……」という言葉とともに身体を起こす。
「願いを叶える光玉……みたいな話が聞こえたぞ」
「ええ。しっかり聞こえていたのね」
まあねと言いつつ、少女は再びポフリと仰向けに身体を寝かせる。もう痛みは無さそうだ。
天井を見上げ、何かを思い悩む。
「もし、願いが叶えられるなら……か」
「えっと、何かあるの?」
少しためて、少女は続ける。
「自分がどんな人間だったのか、それを知りたい」
如何にして幻の地へと辿り着いたのか。そしてその過去に一体何があったのか。
少女には今、過去のことは何もない。言語や物についての記憶があるとはいえ「出来事」や「事柄」言わばエピソード記憶の一切が消え去っている状態。
「今」しか無いというのは比喩ではなく紛れもない事実なのだ。過去の出来事のその全てが欠落した、学のある無知。
「『賢者達は光玉を5つの場所に隠し、その全てを揃えると願いが叶う』と、そう記述があるよ」
「願いを叶える5つの光玉かぁ……なんか物語みたい」
少年ルイの発言は誰の耳に入る事なく拡散する。
「詳しい場所については明日にでも話そうかな。資料がないから」
「分かった。これからやるべきことが出来ただけでもありがたい」
「まるで御伽噺だけれど、天ノ峰家が管理している以上は事実だと思っていいからね。改変は一切されてないし」
過去の書物や伝記など、古くから伝わるものは全て天ノ峰家が所有している。そして秘密裏に管理されているものが非常に多いのは一部で噂となっている。
彼女がより正確な真実を語っていることは間違いないと、二人は納得すると同時に、その噂話を知っていたルイは思わず口に出す。
「『天ノ峰家の隠し事』って噂話を聞いたことがあったけど、もしかして……」
ヒカリは頷く。隠す素振りも見せることもなく、口を開く。
「そう。あたし達は色々なことを隠してる……というより、あまり口外すべきでないことは言わないだけだね。今回のことだって、話しすぎたら誰かに悪用されるかもしれない。正しい歴史が伝わっていないのは、むしろありがたいことかな」
「こっちが悪用するとは考えないのか」
「するようには見えないから話してるんだよ。とはいえ一部しか話してはいないし、本当に大切なことは話してない。あなた達がその全てを知ることは無いよ」
「えー」
「以上。この話は終わり」
さて。と一呼吸置くと、ヒカリは続ける。
「この町で過ごす前に、それ以前の問題があります。それは名前」
ルイは納得する。
普通の人と同じ暮らしをするにあたって、己を名乗れないのは不便が多いだろう。
「かといってどうするんだ。名前は思い出せない訳だし、偽名を作るのか?」
ヒカリはそうよと頷く。
対して名もなき少女はしばらく悩むも、名前は出てこず。
「うーん、好きに付けてくれていいよ」
記憶を失った自分自身が付けるより、知識のある人に付けて欲しいと思ったらしい。
「そっか。ならルイ、あなたの好きな名前を付けるのはどうかな。いいものはある?」
「いいもの……って言われてもなあ……」
「たとえば、さっき廊下で話したミステリーを絡めてもいいと思うよ。好きなんでしょう?」
「うん……あー」
その時ふとルイの脳裏に過ったのは、彼自身が一番興味を持っているオカルト。
中世ヨーロッパのある国にて起きたとされるルディミへイム家失踪事件。
そのルディミへイムの謎は彼の好奇心をくすぐり、ミステリーに目覚めるきっかけにもなった。
そして今目の前にいる少女には隕石が当たった。降ってきた方角には夏の大三角。深夜帯のため端だが、一等星のベガの辺りから向かってきていた。自分の体験してきた中で一番のミステリーを名前として当てがいたいと意識する。
その結果。
「ベガ……。ベガ・ルディミハイム……とか」
「海外名にするんだ……。例の駅から文字ってキサラギとか付けると思ってた」
少年ルイは表情を少し曇らせる。
「色白で髪や瞳も赤いのに、日本名は似合わない気がして」
「ニワカなのは許してね」
『ルディミヘイム』そのままではあまり縁起が良くないと思ったようで、少し捻る。ルディミハイムとすることで少しだけ個性を出す。表記の問題なのであまり変わらないかもしれないが、ルイとしては変わると信じたい様子。
「『ベガ・ルディミハイム』。これでいい?」
「何だかくすぐったい名前だな。わかった。大切にするよ」
こうしてこの日、少女は「ベガ・ルディミハイム」と名付けられた。
やや気恥ずかしそうにする少女を見て、ルイはどこか満足気だった。