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[序]星屑の漂流者—水の大賢者—  作者: くろめ
1つ目 水の光玉
19/22

幕間 伝承の一端

    ☆★☆


 空を見上げた賢者は、煌めく夕焼けに目を奪われる。

 

 少年少女らと光玉に閉じ込められし賢者は見知った世界へと帰り着く。

 集合場所を夜天家の西に位置する空き地へと定め、ルイとルディミハイムは一時家に帰宅し家族に事情を説明しに行く。


 空き地で待つ理由として、人気がない場所で『天ノ峰の娘』と『天ノ峰を創った賢者』で話をするためであった。

 空を見たいという賢者の意思を汲むために、そこそこに空の見栄えが良い場所を選んだつもりでもある。


 その空き地で待つ娘、アマノは光玉へ語りかける。


「久しぶりの空はどうですか?」


 賢者は可視の念により実体化し口を開く。


「……見惚れておった」


 腑抜けたような返事が返ってくる。

 それもそのはず。大賢者フェーリエントは三千年もの間この洞窟に幽閉されていたのだ。

 久方ぶりに見る空だ。目を奪われてもおかしくはない。


「ヒカリよ。世界は平和かのぉ?」

「はい。その証拠にこの国では治安を守る組織以外、武器の所有をしていません」

「ならばよし」


 息を吸い込み腹を膨らめ、満足気かつ穏やかな声で大賢者が発するとアマノも笑う。


「ん……では血を継ぎし者よ。お主らは如何にして結界を破った?」

「結界……?」


 アマノには何かが引っ掛かる。

 彼女自身の行動を思い返すが、記憶にない。

 少年少女と共に洞窟へ入る際、特異な行動をした覚えはまるでない。


「まるで覚えがありません……あたし達は何をすることもなくあの洞窟に入りました」

「結界を破らずして侵入したと申すか!? なんということじゃ……」


 大賢者が驚愕の声を上げることで、アマノは何かを思い出す。

 伝記や古い書物に記載された結界について。そして結界が無いことが示す意味を。

 

「この国に何かしらの危機が迫っている……ということでしょうか」

「いかにも。何事も無い訳がないと思ってはいたが……」


 緩んだ表情からは打って変わり、大賢者のその眼差しは真剣そのもの。

 先程まで少年に「この助平」などと冗談めかして言っていた姿からは想像も出来ない程に、芯の通った表情をする。


「海神か。いや、あるいは……」


 伝記曰く、大賢者5柱は海神との戦いを終えたその後に天ノ峰を創り育て、やがて眠りについたとされている。

 暴走した海神の力に圧倒されこそしたが、彼らの力はそれを上回ったのだ。

 ただそれはあくまで封印がなされておらず、全員が実体を持っている前提があるのだが。


「某が動ければ良かったが、生憎この水玉の中じゃ……」

「出る方法は無いのでしょうか?」

「知らん。なんせ出たことが無いんじゃから」

「そうですよね……」


 アマノが肩を落とすのを見ると、大賢者はすかさず口を開く。

 

「じゃが希望はある。それはいち早く某を除く4柱を集めること。それさえ出来れば何かが変わるだろうよ」


 炎・雷・緑・土の賢者と共に協力することで光玉から脱出し、起こり得る事象に対応したいのだと言う。

 他に手が無い以上致し方がない。アマノが頷くと大賢者は欠伸をする。


「ほあぁ……備えねばな……」

「ところで大賢者様。いいえ、フェーリエント様」

「んあ……? どうした?」


 大切なことを問う必要がある。

 それは少年少女という友達が願う『記憶を取り戻すこと』が可能であるかどうか。

 

 伝記や史実を基に考えるのであれば、光玉を5つ集めることで願いが叶うとされているが、今のところ本人からそのような話は出ていない。


 僅かに、娘は疑問を持っていた。


 口を開き辛く、やっと開けても音が出ない始末。

 やがて覚悟を決めると、娘は賢者に問う。


「大賢者様は、私達の願いを叶えることができますか?」

「……何故そのようなことを聞く?」

「赤髪の……ルディミハイムさん。彼女は記憶を失っています。私たちは記憶を取り戻すために冒険を始めたからです」

「あの女子おなごか……」


 しばらく考え込む賢者。

 その沈黙は数秒ではなく数十秒にも及ぶ。

 娘は困惑し、そろそろ声をかけようかと考え始めた頃にやっと賢者は言葉を発する。


「……我が世の遠き娘ヒカリよ。某らは確かに願いを叶えられるだけの技倆を持ち合わせておる」


 朗報を聞きアマノは安堵する。

 友達の願いを叶えられるのならば、それは自分自身の幸せでもあるのだから。

 だがフェーリエントの表情は決して穏やかなものではない。それを言い表すために口を開く。


「じゃがな」

「……はい」

「アヤツはおそらく、いや確実に……嫌でも己の過去を知ることになるであろうよ」

「それって、どういう?」

「…………」


 アマノからの質問に答えることはなく、賢者はただ無言で黙り込む。

 間も無く眠りにつかんとする虫の音と、空へと帰らんとする風が辺りを通り抜ける。


 スゥ……と賢者が息を吸い込み、ようやっと言葉を返す。


「……まあ、いずれお前さんにだけ語ろうぞ」

「今は秘密ということですか」

「ま、そういうことじゃ。某が下着を履くまで待つが良い」

「永久に来なさそうですが……」


 娘からのツッコミは賢者にとって想定内であったのだろう。

 満足そうにフェーリエントは返事をする。


「にょほほ。気長にってことじゃよ……ふわぁ……——」

 

 賢者が話し終えると可視の念が消え去り、フェーリエントの声も聞こえなくなる。

 アマノは突然のことで驚くが、直前の欠伸で眠りについたことを悟る。


「……おやすみなさい。大賢者様」


 アマノは光玉を胸元に持っていくと、そのまま心にしまい込む。

 少年少女が戻ってくるのは、それからしばらくのことであった。

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