水の大賢者 フェーリエント
祭壇と魔法陣、そして光玉によって洞窟の内部は照らされ周囲の見通しはそこそこ良い。
光玉によって映し出された水色髪の少女を見つめる者が二人。
少女が裸体であるが故に見つめられず、背を向ける少年が一人。
映し出された幼き少女は腕を組み、やや不満げな表情をする。
その少女の正体を問うために、見つめる者の一人、アマノが問う。
「貴方は……?」
「『フェーリエント』と言う者じゃ。この水玉内から可視の念を送っている」
むすっとしながらその少女は答える。
アマノはその名前に聞き覚えがあり、ハッとする。
「まさか、大賢者様!?」
「いかにも。封印されし大賢者の一人。言うなればそう……『水神』じゃ」
「み、水神……」
見つめるもう一人、赤髪の少女は何が何やらといった表情である。
対してアマノは思考を巡らせる。
天ノ峰家が管理する書物の中には神や賢者についての記載が成されている。
それらのおおよそを読み切っているアマノにとって見ても、現在の光景に不思議を覚えて仕方がない。
「今のこの光景、本当に現実……? さっきまで倒れてたって言うけど、これ自体が夢だったり……?」
「先の光景を夢魔に侵されたとするか。やはりお主らは何も知らないのじゃな」
この口調を聞くと、赤髪の少女ルディミハイムは何かを感じ取る。
「ん……? その喋り方は……」
「ほほう、気づいたようじゃな。何を隠そう、某が身体を借りていたんじゃから」
「やっぱり憑依だったんだ!!」
「んあ? いかにも」
大声を出したのは大賢者に背を向けた少年、ルイである。
少女らの方を決して向くことはなく、出口に向かって叫ぶように発する。
「だってだって、おかしいと思ったもん! 普通に考えて演技じゃないなら、何かが憑依してるんだよ! 違和感の正体の一つはそれだ!! 他の理由はわかんないけど!!」
「おー、元気だなールイ」
「わはは! わんぱく小僧め。某に背を向け己の知を高らかに叫ぶか」
「うん! 服着てくれたらそっち見るんだけど!」
少年の言い分にルディミハイムとアマノは納得する。
女子の裸体というものは健全な男子にとってあまりにも刺激が強すぎる。
衣類の一枚でも羽織れるならば見つめることも出来るのだろうと。
「そりゃー無理じゃなあ」
「どうして? 映し出した幻だから? 貴方自身がホログラム?」
対して水神様は首を横に振る。
「正当な理由があってな……」
神妙な面持ちでアマノの方を見るため、少女二人もそれに釘付けとなる。
大賢者ともあろう者が言う正当な理由とは一体。
「それは……?」
「……そういうシュミだから、じゃ」
「…………」
「…………」
「……ぶっ……へへ」
とても下らない理由であった。
約1名、少年は後ろを向きつつニヤリと笑っている。その様はまるで国民的アニメの幼稚園児のよう。
今にも尻を突き出しかねないように見えるが、本人はそういう性格ではないので行わないであろう。
それに対し、じっとりとした目つきでアマノは呟く。
「夜天さんってもしかして、むっつりスケベ?」
「ちがーうー!! あとこういう時だけ名字+さんで呼ばないで!! 怖い!!」
「なんだー? むっつすなんとかって」
「あ、ルディミハイムさんは知らなくていいかな」
首を傾げて疑問符を浮かべるルディミハイム。
「まあ、シュミと小僧は置いておこうか」
大賢者は頬を赤らめつつ話題を戻しにかかる。
空気感は先ほどよりも和やかにはなっているためか、大賢者も話しやすそうである。
「見ての通り某は実体のない存在でな、この水玉の中に封印されていると言っても過言ではない」
「なるほど助けて欲しいんですね」
「違うな。その封印を解く必要はないが、玉を持ったまま外に出て欲しいんじゃ」
「外の景色が見たいのか?」
「それもそうじゃがちょっと違う。とりあえず光玉を全て集めて欲しいんじゃよ」
「あ、もしかして、他の賢者達に会いたいんでしょ!」
「ご名答じゃ。助平の癖にやりおるのー」
大賢者曰く、残る光玉は炎・雷・緑・土。
それらの中にも封印された仲間達が居り、彼らとまた会いたいのだという。
「よし、じゃあ決まりだね! フェーリエントのためにも、ベガのためにも光玉を集めないと!」
「そうだな! だけど後ろ向きで言う台詞じゃないなーそれ」
ルディミハイムが見つめる先には右手人差し指を突き上げてポーズを取るルイ。
背中を見せているためかなんだか滑稽に映って仕方がない。
後方三人が笑うと、少年は両手を腰に当て不満を吐露する。
「なんで笑うのー!?」
「愉快な気分になったからじゃろて」
今度は全員で笑い合う。
一通り笑い合った後、脱線した話題を戻さんとアマノが口を開く。
「でもさ、光玉って結構大きいじゃない? どうやって運ぶ?」
「心配には及ばんよ。某らは持ち主の体内に仕舞い込まれる」
「え、どういうこと?」
「光玉とは、我々大賢者……ヒトのエネルギー結晶そのもの。故に心の臓に当てがうことで体内へと仕舞い込むことができる……らしい」
「らしいって……」
女子全員(賢者含む)がなんだかよく分からないと言いたげな表情をするが、そういうものであると認識し一旦飲み込むことにする。
「って、なんで貴方も知らない風なんですか」
「しょーがないじゃろ。自然現象も最初は形から。原理は後から知られていくもんじゃ」
「はぁ、そうですか……憑依や大賢者様のこともありますし、とりあえず納得するしかありません」
アマノは釈然としない声色で発する。
「ところでさっきの憑依なんですが、どうしてあたしを?」
少女は唐突に浮かんだ疑問を発する。
対して賢者は「あー」と声を漏らすと右の髪を束ねて己の顔面を掻く。まるで箒で掃くかのように。
「憑依するには一番適性があったんじゃ、お前さんが」
「適性……?」
「そう。不思議な話、そこな赤い髪に入ろうとしたが秒で弾かれ、少年に入るにもやや面倒そうじゃった。じゃがお前さんにはすんなり入れた」
アマノは無言で頷き、しばらく沈黙する。
少し理解と納得をしかけた辺りで、賢者は再び口を開く。
「お前さん、この国の出身かえ?」
「国……はい。天ノ峰で生まれ育っています」
「ならば濃ゆいんじゃろな。血が……」
先祖代々書物を管理してきた天ノ峰家だからこそか。
アマノ自身も賢者の推測は間違いないだろうと、身をもって感じる。
「さあ、そろそろ行こうぞ。某は夜景が見たい」
「やっぱり外にも出たいんだ」
「小僧め。さっきも否定はしてないわい」
再び周囲の表情は和らぐ。
「これで一旦可視の念を止める。止まったら少年が持っていくが良い」
「んえ、僕が?」
「ああそうじゃ。まだ道案内は済んでないからの。ここからは声だけを伝えて行こうぞ」
「うんわかった!」
少年はぐるんと賢者の方を向く。
まだ可視の念を止めたと言われていないにも関わらず。
「わあああああああああ!!」
少年は再び両手で目を覆い隠し、座り込む。
その場にいる少女二人が呆れてしまう。
「この助平」
大賢者フェーリエントはニヤつくのだった。