ルディミヘイムの都市伝説
深く、深く。
洞窟は既に暗黒の世界。
先ほどから無言が続くアマノに、二人は声をかけ続ける。
しかしそれでも彼女に声が届くことはなく。
少年少女は痺れを切らし、二人で会話を始める。
「アマノさん、どうしちゃったんだろう」
「……わからない。だけどルイの言う『不自然』なのは間違いなさそうだ」
「ここまで来たら引き返すことも出来ないし……うーん」
「アマノ。悪い冗談って訳ではないんだろう? どうしたんだよ……」
その言葉にピタリとアマノが制止する。
……しかし何を言うでもなく、静寂の後に再び歩み始める。
洞窟内で表情も見えず、ただ無言で進み続ける。
まるで、何かに導かれているかのように。
この無機質な不気味に、少年少女は背筋が凍える。
「……ああ、何だかこの感覚――」
「ベガ……?」
「いいや、なんでもないよ」
「もうっ。変なこと言わないでよぉっ……!」
少年にはルディミハイムまでもが不気味に映る。
ここが洞窟という暗闇に近い空間でありつつ、そして今置かれている状況。
各々の心が孤独に陥るのも時間の問題と言える。
「ねえベガ、ある町の昔話をしてもいい……? 気を紛らわさないと死んじゃいそうで……」
「欲しいところだけど……今じゃないな。アマノが心配すぎて、入ってこない……」
「そっか、そうだよね……」
「聞かせてもらおうか」
正面から声が聞こえる。
二人の目前から来る声なのだからアマノから発せられているのだろうが、それにしてはやや声が低い。
「アマノ……?」
「……聞かせてもらおう」
「え? う、うん。じゃあ、アマノさんがそう言うなら……」
異常な違和感を感じつつも、話さざるを得ない雰囲気になってしまう。
歩みを止めず、少年は話を始める。
☆★☆
これは、ルディミヘイムのある民家のお話。
ルディミヘイムは西洋の国のどこかにあるとされている街。
そう。ベガの名字『ルディミハイム』の由来になってる。
ルディミヘイムは芸術の才にあふれた人が多くて、著名な画家や作家が多いとされているんだ。
だけど一方で、夢半ばにして諦めてしまった人も沢山いて。
その中でも特に少数ではあるんだけど、やっぱり病んじゃう人も中には居て。
特にルディミヘイムの市長も、家族や市を支えることを優先した結果、自分の得意分野であった創作を捨て去ることになったんだ。
だけど彼にとって創作は、家族以上に精神の安定を担っていた。
それを捨てたことで、市長には心の余裕がなくなってしまった。
多忙な業務を終え帰宅するのは深夜。
お嫁さんと二人の子供達……家族も最初は帰宅した市長を支えていたけど、日に日にお互い感情的な話ばかりになって。
支えだったはずの創作がなくなって、市長もまた家族にきつく当たることが増えていったみたい。
最初は感情的な言葉だけだったけど、次第にエスカレートして、暴力に変わっていって……。
帰ってきてはお酒を飲んで、暴れて。
気付けば暴力は虐待の域に達して、その行為は息を吸うかのように行われるようになっていったんだって。
裏の顔を隠して良い市長を演じ続けたんだけど、煙があれば噂も立っていく。
市長は警察署の署長や近隣の署員を全て賄賂で買収し、口封じを行った。
それもあって5年間は隠し通せていたけれど、女の子や女性の悲鳴が聞こえる。男性の怒鳴り声が聞こえるという通報は相次いだんだ。
「じゃあ、市長は逮捕されて、家族は助かったのか?」
ううん。そうであって欲しかったんっだけど……。
表向きには一家心中で幕を閉じたんだ。
唐突に変な方向に話が進んだよね。
「惨いな……表向き?」
そう。表向きにはね。
ここからは都市伝説なんだけれど、その後に若手の警察官が言うには「死体が一つ多かった」らしいんだ。
家族構成としては市長こと父親と母親。そしてその娘が二人。
4人家族のはずだった。
だけど、そこに死体は5つあった。
1つ多かったのは、あまりにも痩せ細った少女の死体だったんだ。
それだけでも不思議なのに、しばらく目を離した隙に、あるべきでないはずだったその遺体は忽然と姿を消してしまったらしい。
他の住民の可能性であったり、実は生きていた可能性なども探られた。
だけど結局、その女の子の正体は掴めないままだった。
その女の子の存在があまりにも不思議で仕方がないから、事件よりも都市伝説として語り継がれてきたんだってさ。
☆★☆
話を終えた少年は、ふぅと息を吐き昔話を締める。
「これが、僕の一番大好きなお話」
「天ノ峰の話じゃなかったんだな」
「うん。天ノ峰だけだと都市伝説も限られてるからね」
世界を見渡した方が語られるオカルトは多いからね、と少年は笑う。
話し終えた満足感からか、少年はどこか満足げである。
それらを聞いた上で、アマノは不満げに言葉を発する。
「この国の歴史は深い。お主らは何も知らないのじゃろ」
「…………?」
「ん……? うん。噂でしか聞いたことないし」
少女はあくまで言葉を発すことはなく、代わりに少年が返す。
二人に再び強烈な違和感が再び襲いかかる。
「ならば……話してしんぜよう。某の持つ『昔話』をな」
状況と語り手そのものに対してあっけに取られる二人であったが、同時に気になりもした。
だからこそ二人は「うん」と言い、アマノと思しき彼女の話に耳を傾ける。
…………。
少年少女にはその話を信じることが出来なかった。