あえて狙いは定めない
前回の探索から数日が経過。
この数日はルイとルディミハイムが二人で自由に動くことはできず、探索に出向くことができなかった。
時間が取れるようになったこの日、二人は再度川上を目指して歩く。
「数学は難しいけど、理科って面白いな」
「あ、わかる。重りの実験楽しかった。ちなみに数学はどこが分からない?」
「マイナスのある掛け算が難しい」
「なるほどね〜」
ルイは納得しつつも、どう説明しようか思案する。
しばらく無言の時間が続くも、やがてルイは口を開く。
「ベガの苦手な……エグ味の強い食べ物がなくなったら、どう思う?」
「うーん、それは多分、嬉しいと思う」
「苦手なものはマイナス要素で、それがなくなるのもマイナス。嬉しい気持ちがプラスとしたら?」
「マイナス×マイナスはプラスだ! ……うん?」
ルディミハイムは納得しつつ、何かを視認する。
「ルイ、あれ、なんだ?」
「あれって……?」
「ほら、あそこに誰かいるだろう?」
少年がよく目を凝らして見てみると、そこには釣りをしている何者かが居る。
ルディミハイムが釣りを知らないのだと悟ると、少年は説明する。
「魚釣りかな?」
「そうなのか、少し気になる」
興味があると言われれば、対象に触れさせたいと考えるのが少年である。
「話しかけてみよっか」
「うん? ……いや、そこまでは」
ルディミハイムが珍しく抵抗感を感じていることを、少年はつゆ知らず、釣り人に向かい駆けていく。
「お、おい! 待てよルーイー!」
少女の呼びかけに応じることなく、少年は釣り人の下へ駆けていく。
釣り人側から視認できるであろう範囲に入ると、少年は立ち止まり、大声で尋ねる。
「釣れますかー!?」
釣り人は振り返らずに応える。
「釣れねー! 今日は不作だー!」
「そうでしたかー! そっち行っていいですかー?!」
尋ねると、数拍置いてからまた返事が。
「良いぞーー!! てかー! おめー誰だーー!」
「ルイって言いまーーす!!」
「ル、ルディミハーイム!!」
「うっせえ知らねー! ゆっくり来ーい!! 急ぐと魚が逃げるんだー!」
聞いたくせにーー!! と大声で返事をしつつ少し速度を緩める。遅れて少女が合流しやすいように。
振り返りつつ手を振ると、少女も手を振る。
「今日はおじさんと魚釣りだー!」
失礼だなぁ!! と遠くから声が聞こえるような気がするが、発した少年は気付くことはなく。
少女と合流すると、その足で歩きながら釣り人の下へ向かう。
「ったくよ。俺はまだ21だぜ? 言い方ってもんがよ……」
「えへへ、ごめんなさい」
やや説教臭いトーンで遺憾の意を示されるが、少年は軽くいなす。
黒地に青色のリボンが巻かれたウィザードハットを被りつつ、上は白地のTシャツ。下はベルト付きの黒い長ズボンという、不思議な格好をした青年。剃り残した髭が適当さを感じさせる。そんな彼こそが釣り人の正体だ。
「ところで、珍しい格好ですね!」
「仕事着のままでな。普段はこんな格好はしていないんだが」
「そうなんですね。暑そう」
「暑いが気分はいいぜ。音が良いからな」
汗ばんではいるものの、川のせせらぎに涼しさを感じる気持ちはとても分かるのか、ルイは数回頷く。
それでも、帽子を取らないのは何故なのかが不思議である。
ここまで青年は少年少女を一度として見ていない。
それほどに釣りという行為に目が向いているのか、それとも他人に意識を向けたくないのか。
「不作って言ってましたけど、釣れてはいるんですね」
「そりゃあな。当社比ってやつだ」
バケツの中には藻と一緒にアユ1尾。
グルグルと元気に泳ぎ回っている。
「終わったら逃すんだ。触るんじゃねーぞ」
「あれ、食べるためじゃないんですね」
「ここの生物は基本殺めちゃいけねーんだ。そういう契約でな」
「律儀に守るんだな、そういうの」
少女はやっと会話に参加する。
「……ルールは守るぜ。そうだな……学校が休みだったとして、校則を破るわけにはいかないだろ?」
「ああ、確かに」
「それと一緒だ。休暇だったとして法律を破って良い理由にはならねえ。」
少女は納得をしつつも思ったことを口に出す。
「話し方の割に真面目なんだな、お前」
「お前もめちゃくちゃ失礼だな」
とは言いつつも青年の口元は少し緩んでいる。
それを察知して、少年は打ち解けるべく尋ねる。
「お兄さん、名前は何て言うんですか?」
「名前か……」
少し黙りつつも、青年は再度口を開く。
「レイジモンドとだけ言っておく……おっと?」
ふと、青年は持ち手に抵抗を感じる。
それから急激に重たくなったので、大物のヒットを悟り声を上げる。
「来た。お前らちょっと下がってろ!」
そう言われたので仕方がなく、少年少女は邪魔にならない程度に後ろへ下がる。
「大物だと良いね」
「そうだな。そもそも釣れるんだろうか」
期待をかけながら、二人は見守るのだった。
☆★☆
しばらくの格闘を終えて、青年は敗北を喫する。
糸が切れてしまい、大物には逃げられてしまったのだ。
「チッ……糸が弱かったか……。最近逃げられてばかりだな……」
ぶつくさと独り言を言いつつ、青年は周囲を見渡す。
「あいつらは……どっか行ったか」
ふぅ、と息を吐き、砂利に横たわる。
日当たりの良さと川のせせらぎが、青年の心を癒す。
「休みに仕事するなんて、馬鹿がやることだぁな」
好ましくない仕事を任せられた彼にとって、休暇は最大のオアシスなのだ。
至近距離でそれらを見ようものならば仕事の気分になってしまうのだから、あえて意識をする必要もなし。
「時が来たら始めればいい。それまで俺は普通に生きる」
有給消化までは働かない意思を示す。
深く深呼吸をし、青年は目を瞑る。
「ルディミ……ハイムか……」
覚えた名前を口ずさみ、青年は眠りにつくのだった。