幕間 藍色の少女
春の陽気は校舎を優しく包み込む。
午前の授業が終わり、昼食を終えた昼下がりのこと。
食事を終えた充足感からか、それとも心地良い環境であったからか、眠気を帯びながら少年はふわぁと欠伸をする。
少年ルイは陽の光がよく当たる、窓側最後尾の席に座り顔を突っ伏している。
「眠いねえ」
少年が右隣を見ながら呟くと、その席についた赤髪の少女がまず笑顔で応える。
「今日も眠るんだな。準備は大丈夫なのか?」
「うーん、次はなんだっけか」
「……数学らしい」
「予習はしてあるし余裕だよぉ」
眠気で細めた目だが、ほにゃっと笑顔を見せるルイ。
対してルディミハイムは不安げだ。
「ルイって努力家だよな……私には真似できないよ」
「ベガも僕が説明すれば大体理解するじゃない」
ぷらぷらと足を前後に揺らす少年に対し、少女は微動だにしていない。
ほっぺたを赤くして、むすっと「楽観的すぎだ」と不満を露わにする。
「小テストとやらが来週あるだろう? 初めてのテストが不安なんだ」
「そしたら、帰ったら一緒にドリルやろっかあ。対策問題あった気がする」
「ありがとう、助かるよ」
少女の足もようやっと動き出す。
それを見て安心したのか、少年はむにゃむにゃとしながら再び机と仲良しになると、眠りの世界へと入っていく。
おおよその昼休みでルイは眠ってしまう。
このため昼休みだけはルディミハイムが一人で行動する時間になる。
5限の準備をひとり進める少女の元に、誰かがやってくる。
「えっと……ルディミハイムさん」
この時を見計らって、主にクラスメートの女子から話しかけられるのが定番となりつつある。
決まって少女は「どうしたんだ?」と笑顔で返事をする。
「はうっ……えっと、今日もいい天気、ですねぇっ!」
「ああ、隣の彼が今日も心地よく眠れるくらいにな」
よく見るとこの少し大きめの丸眼鏡をかけた黒髪ロングめの女子生徒は緊張している。
ルディミハイムは名前を覚えるのが得意でないので、ビジュアルで人を覚えるようにしている。
それでも、今回話しかけてくれた子は初めて顔を合わせたように思う。
「綺麗なストレートだな。なにで整えてるんだ?」
「え、えっと、その、ルディ、ミハイムさんのの、の、爽やかショートの方が……。あの、こ、今度持ってきます!」
女子は足早に去っていってしまう。
少女には表情がよく見えていなかったが、あからさまに顔が真っ赤である。
「写真でいいからなー」
「モノホンをぉーー!!」
廊下の外から悲鳴のような声で返事が返ってくる。
その声に反応し、クラスにいた人間だけでなく隣の少年ことルイすらビクッとする。
「……サイレン?」
「どんな夢見てたんだよ……」
「んー、もちょい寝るね」
「あ、ああ。おやすみ」
数秒後に寝息が聞こえてくる。
少年はそれだけ疲れていたのだろうと改めて少女は実感する。
自分自身が負担をかけている可能性もあるのだろうから致し方あるまいと、どこか不安になりつつも納得する。
少しだけ少年に後ろめたい気持ちもできたことからか、思わず少年から視線がずれる。
少女から見て右隣、すなわちルイの前の席へと移る。
そこに座るのは、藍色の髪が特徴的な、始業式の日に会話をした読書好きである。
今日読んでいるのは「輪廻転生」などとタイトルに入った本だ。
「その本、好きなのか?」
「好きでも嫌いでもないよ」
「……それなのに読むんだな」
「……ヒントが欲しいから」
なんのことやらさっぱりであったが、詳細に興味が出たため少女は再度尋ねる。
「ヒント? 輪廻にヒントなんてあるのか?」
「質問ばっかり……疎ましいよ」
「——ああ、ごめんな。そうか……会話は好まないんだな」
「…………」
推定読書好きの女子は黙ってしまう。
そのまま再度視線を本に移すが、集中できなかったのかやがてルイと同じように机へ突っ伏してしまう。
そこに賑やか系の女子ら二人がやってくると、少女に向けてアドバイスをする。
「そいつさ、あまり話したがらないんだよね」
「ちょっと怖いっていうかー……何考えてんのかわかんなーい」
「こら、聞こえてたらどうすんの!」
「へいへい」
少女はその考えに肯定も否定もせず、とりあえず「そうなのか」と返事をし女子らをあしらう。
個々に考え方があるのだからそれを否定するべきでないという考えの下であった。
ただそれが、突っ伏していた読書好きにとっては気に入らなかった様子。
彼女は椅子から立ち上がり、顔を見ることもなく一言だけ発す。
「大嫌い」
ボソリと呟くと彼女は廊下へ出ていき、いずれかへと姿を消すのだった。
「……どうしたんだ、あいつ」
心配と若干の不安が入り交じりつつ、少女は身支度を再度整え始める。
「んあ……なんか凄い音……何かあった?」
「いいや、何にもないよ、ルイ」
少女がそう言うと少年は安心したのか、そのまま再び眠りにつく。
はてさて、どうしたものかと悩みつつも、嫌われたものは仕方がないと納得するしかないのであった。