少女の心にナチュラルケア(メンタルケア的な意味で)
「ふぃ……何事もなかったな……」
家に入りいそいそと鍵を閉める。
そこそこ早歩きをしたためか、ルイはやや呼吸が乱れている。
「えっと、どうしたの……?」
「わからない……。けれど、その場に止まったら命を奪われてしまいかねないような、そんな殺気を感じたんだ」
「殺気って……」
ルイにはまるで考えられなかった。この町は平和そのものである。
大きな事件が起きることなど数年に一度。
それも、中高生の万引きや置き引きが主であり、まして殺人や未遂など聞いたこともない。
噂があるならともかく、そういったものも皆無に等しいのだ。
「そんな、考え過ぎじゃない?」
「……そうかな」
「事件や事故も滅多にないし、不審者情報なんて希だし……」
「うーんそうか。ルイが言うならそうなのかもな」
ルディミハイムはどこか釈然としなかったが、彼が言うならば間違いないだろうと自身を納得させる。
二人はリビングへ移動しソファー下へ荷物を下ろすと、その足でキッチンへ向かう。
「ベガ、何飲む? 甘いものか、甘くないけどさっぱりしたもの」
「さっぱりしたものって?」
「うーん、とりあえず飲んでみよっか」
ルディミハイムが頷くと、ルイは彼女を席につかせる。
慣れた手つきで棚から左手でグラスを取り、右手で製氷室を開きアイススコップを持つと氷をすくい取ってそれに放り込む。
グラスをテーブルへ置き、冷蔵庫からポットを取り出して両手で注ぎ入れる。ここまで僅か10秒の職人技だ。
「はいどうぞ」
「手際がいいんだな、ルイは」
「てへへ~。いつか割ると思ってる」
「そうなのか……ふふ」
一連の行動を『グラスを割る』前提でやっていると思うと面白いようで、じわじわと少女は笑い出す。
「あはは! そっかそうなのか! やっぱりルイは面白いな!」
「え? あはは、そうかなあ?」
ルイはまんざらでもない様子で、自分のお茶も用意して彼女の向かいに座る。
「ね、この後ちょっとしたらさ、樹海に行かない?」
「樹海……? 光玉探しか?」
「そうそう。樹海に光玉は二つあるじゃない」
昨日のヒカリ曰く、星屑ヶ原は行けるかどうかも判然としない場所である。
星屑の樹海にも光玉があるならば、それを目標にして、運良く二つ見つけられればラッキーだろうという魂胆だ。
「うーん……」
対してルディミハイムの表情は曇る。
先ほどの殺気がどうも気にかかり、出かける気分にはならない様子。
それを察知したルイも不安げに続ける。
「やっぱり、心配?」
「うん……もちろん気のせいなんだろうけど、不安で仕方がない」
「そっかあ……でも、気にしすぎてたら、ずっとどこにも行けないんじゃないかな?」
ルイは足をぷらぷらとしつつ、頬杖をつく。
その助言に、ルディミハイムはハッとする。
「……ああ、なるほど」
「でしょ? 何かあったらあったとき。その時に考えるのが楽だよ」
「確かに、そうかも」
「こわい時は、こわいよりも大きな楽しみで埋めていこ!」
ルディミハイムは頷く。
対してルイは頬杖をついたまま微笑む。
「ありがとう、ルイ」
ルイの言葉で緊張の糸が切れたようで、少女は目を擦る。
「そしたら、少しだけ休んでいいか……?」
「もっちろん! ベガのペースでいいんだから」
そうして目前の飲み物を一気に飲み干すと、ルディミハイムはソファーへ向かっていく。
「おやすみ、ベガ」
リビングの電気だけを消し、ルイは夕飯の下準備を始めるのだった。