新しい日々⑤
給食が終わり、食べ終わった人から食器を前の大きなトレーへ重ねた。カケルも食器を戻すとき、ふと遅れてきた日比谷と呼ばれていた女子の席に目が行った。
(全然食べてねえ……。嫌いなのか?)
減ったのか良く分からない程、残っている。サラダは半分程減っているようだが、カレーはほぼ手付かずのような気がした。彼女はその後、食べ終わっていないクラスメイトがほぼいなくなったくらいに席を立ち、食べ残しを空になっているカレールーの入っていた容器に戻した。
給食当番が容器と食器類を給食室へ返しに行き、昼休みになった。遊びに行く前に、椅子を机の上に上げた。それが昼休み後に行われる掃除の準備らしい。雪之丞が教えてくれた。彼は、カケルが椅子を机に上げたところで思い切ったように口を開いたのだが、またしても他の声に遮られた。
「あ、あの!」
「カケル!」
雪之丞に返事をするつもりが、反射的に声の大きい方に振り返ってしまった。
「ドッジボールするけど来いよ!」
雪之丞は、下を向いてモジモジしている。
「一緒に行く?」
カケルは聞いたのだが、彼はぱっと手を後ろに組んでニコニコして言った。
「ううん。僕、図書室行くからいいよ。桔梗くんは外に行ってきなよ」
「そうか……?じゃあ、また後で」
「うん」
手を振って見送られてしまった。
他の男子に混じり、教室を出たところで日比谷が手を洗っていた。他の男子はそのまま通り過ぎたが、何となく気になってカケルは声をかけてしまった。
「あ、あのー」
「……?」
ゆっくりと顔がこちらを向く。
「えっと、日比谷さん?だっけ?もしかして具合悪いの?大丈夫?」
「平気」
ふいと視線が逸らされ、素っ気なく答えられた。
「でもさっき」
「おーい!カーケールー?」
階段の下から声がする。
「呼んでるけど」
「あ。今行く!」
彼女が先に歩き出し、カケルはすぐ向かう旨を大きな声で伝え、階段を降りた。彼女はカケル達の方ではなく、他のクラスがある廊下を真っ直ぐに進んでいた。
*
昼休みが終わり、クラスに戻ると雪之丞が待っていた。カケルと一緒に職員室前の廊下に向かう。
まだ持ってきていなかったので、先生から借りた雑巾を持っていく。職員室に入り、雪之丞がバケツを借りて水を汲んだ。この学校の廊下がピカピカなのは、掃除の時間に真面目に水拭きをしているからのようだ。
教室の他にいくつかある持ち場は、月が替わるごとにローテーションするとのこと。
廊下には白い白線があり、それを目印に右と左で一人ずつ、雑巾は走り掛けではなく、膝をついて手を左右に動かしながら拭く。
他のクラスメイト数人と水拭きをしながら、隣を担当している雪之丞に日比谷のことを話した。
「――てことがあってさ。無理してんのかなーって思って」
「あ、ああ。日比谷さんね。仲良くはないんだけど、給食の時間だいたいあんな感じだよ。体もそんなに強くないみたいだよ。……たぶん」
「そっか」
「あっ!」
雪之丞の声に手を止めて顔を上げる。真新しいゴミ袋を抱えた日比谷が二人の前に立ち、カケルを冷ややかに見下ろしている。
「何でもないから」
「あ、はい」
「私のいないところで話をされるのは、気分悪いからやめて」
「ひ、日比谷さん。ご、ご、ごめんね」
雪之丞は怯え、涙目になっている。震えるネズミのようだ。
(いや、感じ悪りっ!確かにコソコソ話したのは悪かったけど、そんな睨むこと)
「すいませんでした」
言い返してもよかったのだが、口論になると雪之丞が巻き込まれて可哀そうだ。雪之丞と女子である日比谷のどちらに泣かれても困る。――まあ、この状態だと真っ先に泣くのは雪之丞だろうが。
カケルが謝ると、日比谷はそれ以上何も言わずに去っていった。