新しい日々②
夜は膝に手をつき、朝陽と同じように声をかけてくれる。朝陽は力強かったが、夜はとても優しい声だ。
「僕たちはずっとカケル様を想っていますし、味方ですよ。大丈夫です。カケル様なら、この学校でも楽しく過ごせますから」
カケルは二人と一度ずつ目を合わせ、そしてグッと両手に拳を握った。いつまでも引き留めておくわけにいかない。彼らにも、学校の授業が待っている。
「緊張してただけだから大丈夫。行ってくる」
夜と朝陽は、カケルの手を握ってくれた。そして手は離れ、前だけを向いて走っていく。途中で少し振り向いたら朝陽は立ち上がるところで、二人とも見守っていてくれていた。再び前を向いて、振り返らずに来客用のドアから校舎に駆け込んだ。
遠ざかるカケルの背を見ながら、夜は言った。
「転校初日は新しい担任の先生へ挨拶も兼ねて、付き添う親御さんが多いんでしょうけど」
「……だよなぁ。今回もしかしたら、帰ってくるかもしれないと思ったんだけどな」
「仕方ないですね。カケル様のご両親は、海外ですし」
「クリスマスだの誕生日だの、イベントごとには帰ってくるんだけどな。あと、カケルのやつが高熱出した時!」
「そうですね。すっ飛んで来ますね」
「でも今日は来ない、と。帰ってくる判断基準がわからねー」
「……まったく」
夜はフフフと笑った。
「行きましょうか」
夜と朝陽は並び、自分たちの学校に向かった。
*
「はぁー……」
カケルはため息をついた。爪先がブルーの上靴を出し、スニーカーと入れ替えて廊下を歩く。少し離れた場所から、子どもたちの元気な声がザワザワと廊下に響いている。
せめて今日が四月だったら。あるいは、夏休み明けの九月だったら、まだ憂鬱も紛れたかもしれない。だが七月一日という、もう少しで夏休みに入る手前で、かなり中途半端な時期の転校。新しいクラスメイトと仲良くなるにも時間は足りず、クラスの雰囲気に慣れるころには夏休みになってしまう。
「あら?貴方、どうしたの?」
ファイルを抱え、薄い水色のトップスにグレーのパンツスーツ、白衣を着た女性がこちらを見ている。ダークブラウンの髪を明るい茶のヘアクリップで留め、耳の横に少しだけおくれ毛を垂らしている。縁が薄いピンクの眼鏡をかけていた。
「あ……、今日から転校になります。桔梗翔です」
「あらあら。そうなの。一人?お父さんかお母さんはご一緒かしら?」
「いえ。二人とも海外で仕事してるので」
「まあ!一人で来たの?すごーい!」
白衣の(たぶん)先生は、口元に左手を当てて驚き、その後に褒めてくれた。
「もう四年生ですから」
「まあ、かっこいい!一人前ね!私、職員室に行くところだったからついてきて」
にこっと感じの良い笑みを浮かべ、歩き出した。カケルはその後について行く。
「待っててね」
先生はまた微笑み、中に入っていく。男の先生に話しかけ、さらにその先生が別の先生を呼ぶ。
「木村先生!お子さんがもう待ってるようですよ」
「あ、はーい!」
高めの声がして、白いシャツに花柄のスカートを履いた先生が動く。先ほどの白衣の先生より、少し背が低い。木村先生が職員室から出てきた。
「桔梗翔くんね?」
「はい。おはようございます。今日からよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくね。私が翔くんのクラスを受け持っている、木村ルミです。お母様からお話は聞いてますよ。一人で来るなんて偉いわね」
緊張して、考えてきた挨拶が、ぶっきらぼうな棒読みになってしまった。うんうんと木村先生は笑顔で聞いてくれた。先ほどの先生の笑顔は優しげだったが、木村先生の笑顔は明るい。そんな印象を受けた。
ふと職員室に目をやると、先ほどの白衣の先生と目が合って手を振ってくれた。木村先生がそれに気がつく。
「あれは養護教諭――つまり保健室の先生、藤崎梨紗先生ですよ」
カケルは藤崎先生にぺこりとお辞儀を返した。