94:願い
日本シリーズ初戦は、ソフトバンクが勝ちました。
ジャイアンツもセリーグの意地を見せたいところです。
ジュリア視点です。
「エレンさん!」
エレンさんはツメを突き刺した後、引きぬいた。
血が大量にあふれ出す。
私は回復魔法を唱えようとする。
目の前には血だらけのエレンさん。その光景にパニックになってしまい、回復魔法の演唱が成立しない。
「ジュリア、落ち着いて!」
スザクはそっと私の肩に手を添えて言った。
そうだ、落ち着かなきゃ。
落ち着いて演唱すれば、まだ間に合う。
私もマリアさん程ではないけど、回復魔法が使える。落ち着けば救えるんだ。
「・・・いいんだ、ジュリア。」
「エ、エレ・・・」
「ディーンのところに・・・行かしてくれ・・・。」
愛する人のところに行きたい。
それが彼女の願いだ。
勇者の洗脳で魅了状態にされて、引き裂かれて、再会できたと思ったら、魔王の操り『人形』だった。
私が回復魔法で命を救ったら、彼女の願いはかなえられない。
でも私は彼女に生きていてほしい。
いくら私たちを裏切ったからって・・・。
姿形が魔族に変わったって・・・。
生きていてほしい。
生きていればどうにかなる。
死んだら救われるなんてそんなのあり得ない。
この戦いが終わったら、もしかしたらスザクとルギウスさんが、人と魔族が共存する世界を作ってくれるかもしれない。
そうしたらエレンさんも私たちと共に生きれる。どんな姿になってもきっと一緒に生きていける。
種族の姿や形、文化関係なく、穏やかに過ごせる。
でも生きていてほしいという私の願いと、エレンさんの願いは共存できない。
どうしたらいいの?
私はどうしたら正しいことをしたといえるの?
彼女の願いをかなえて、回復魔法は唱えないべきなの?
いろいろなことが頭の中を駆け巡り、迷いを、葛藤を、生み出していた。
・・・私の中に迷いが生じた時点で『手遅れ』だった。
「ああ、私の可愛いジュリア・・・。」
エレンさんは、私の頬に左手を添えた。
そしてゆっくりと目を閉じる。
「ありがとう・・・。」
トン
静かにその音は響いた。
その音は私の頬から手が滑り落ちて、ディーンさんの左手と重なり合った時の音。
彼と指輪と彼女の指輪が重なり合っていた。
二度とエレンさんの目が開かれることはなかった・・・。
************
「うう。」
エレンさんの願いをかなえることはできた。
けれど私は、彼女を救えたのに、救えなかった・・・。
「スザクどうしよう。エレンさんごめんなさい。」
私はパニックのあまり、支離滅裂なことを口から出していた。
スザクに助けてほしい・・・。
そして救えなかった彼女に謝罪したい・・・。
私の心はぐちゃぐちゃになっていた。
「ごめん、ジュリア・・・。」
パニックになっている私を、スザクが優しく包む。
「違う、スザクのせいじゃ」
「僕がディーンさんを・・・しっかり倒さなかったから・・・。」
震えている。
私を包む腕が小刻みに・・・。
「おとなしくさせればいいって・・・思って・・・。」
エレンさんとディーンさんをつないだあの長いツメ。
でも私にとっては私と彼女を引き裂いた長いツメ。
「血も流さないから『人形』だって気づいたのに・・・・ごめんなさい。」
彼は私に謝るときはいつも「ごめん」だった。
でも今は「ごめんなさい」だ。
私だけじゃなくて、エレンさん、そしてディーンさんにも謝っているんだ・・・。
「『人形』だけど、一瞬でも『救える』と根拠のない妄想を実現できると思った僕が甘かったんだ・・・。」
「えっ!」
「地面に叩きつけておとなしくさせれば、もしかしたら救えると思ったんだ・・・。」
ツメをへし折ったり、地面に叩きつけておとなしくさせる以上のことをできたかもしれない。
けれど彼は心のどこかで『救う』ということを捨てきれなかった。
レオンハルトさんを救えず涙を流したスザク。
そう簡単に・・・涙を流した程度で『救う』という気持ちを捨てることができなかった。
優しい彼ならなおさら・・・。
だから彼は必要以上に、ディーンさんを傷つけなかった。
彼が『人形』だと、わかっても・・・。
「『覚悟』の足りなかった僕のせいだ、ごめんジュリア。」
「スザクのせいじゃない。」
責任を一身に背負おうとするスザクに、私は叫ぶように言った。
「わたしだって、グラスバインドを緩めちゃったの。」
そもそも私がエレンさんを離さなければ、こんなことにはならなかった。
「私があのままエレンさんを拘束していれば・・・」
「・・・もうやめよう。」
私の言葉を制して、スザクは言った。
「・・・僕たちにはやることがある。」
そう言うと彼は私を抱きしめるのをやめて、立ち上がる。
その目は決意にあふれていた。
「魔王、そして勇者と洗脳野郎共と『蹴り』をつけることだ。」
洗脳。
勇者によって洗脳されず、魅了状態にならなければ・・・。
もしこの能力がなかったら、穏やかな日常が私も、エレンさんも・・・。
「いくよ。ジュリア。」
「・・・うん。」
頬に伝う涙を拭いて・・・。
私も立ち上がった。
************
王座のある部屋の扉の前まで来ていた。
「・・・いくよ。」
ただならぬ気配がする。
この先に魔王がいる。
私たちは覚悟を決めて、扉を開けた。
「ぐう、ルギウス。」
「アサルトモード。」
魔王に首を掴まれて、ボロボロのルギウスさんの姿があった。
最初からエレンはこうなること決まっていました。
魔界の時も、ジュリアたちのそばではなく、「自分の意志」でディーンの隣へ行きました。
そして今回も、ジュリアと共に生きるという選択もできたはずですが、「自分の意志」でディーンの後を追いました。
ディーンの隣にいたい、そしてジュリア達とも一緒にいたい。
そこを魔王にうまく漬け込まれてしまいました。
ジュリアに倒される形も考えましたが、色々考えた結果、このような形を取ることにしました。
3章の時点でディーンが人形というかゴーレムじゃないか
という旨の感想がありました。作者自身かなりドキリとしてしまい、この結末から変えようかと思いましたが、当初の通りで行きました。
ディーンは本物の遺体ということでした。
次はシオン視点となります。