93:人形
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本当にありがとうございます。
ジュリア視点です。
「そうか、ジュリアは言うことを聞いてくれないか・・・」
エレンさんは寂しそうに言った。
「でもジュリア・・・この状況をわかっているのか?」
まるで子供を諭すような口調で私に語り掛けてくる。
「私とディーンは近接戦闘が得意だ。・・・でもジュリアは違うだろう?」
彼女の言う通り、私は魔法での遠距離攻撃が得意だ。
きっと私は後回しにされる。
スザクを二人で集中攻撃するんだろう。
「ディーン。」
「なんだいエレン?」
「まずは二人でスザクをおとなしくさせよう。」
スザクをおとなしくさせたら、私はいいなりになると思われている・・・。
「そうだね。エレン。」とディーンが言うと二人はスザクに向かって勢いよく攻撃を始めた。
でも私だっている。
「なっ、なんだこれは!」
私は既に発動させていた草魔法で、エレンさんの足にツタを絡めて動きを止めた。
キーン!
スザクの剣とディーンの長いツメがぶつかり合う音がする。
「グラスバインド!」
これで2対1の状況を回避して、スザク対ディーンの状況を作れる。
―『答えを聞かせてくれ』
エレンさんがこうやって聞いてきた時点で、既にこの魔法を発動させていた。
私の杖から出るツタは足だけでなく、エレンさんの身体全身を捕らえて、動きを封じた。
言ってしまえば、エレンさんの不意を突いた。
不意打ちは卑怯な戦い方かもしれない。けれど卑怯と言われようとも私はエレンさんを止める。
「ジュリア・・・」
さっきまで私に対しては優しい目線を向けていた。
けれど今は完全に敵意、それどころか殺気すらも向けている。
魔王の間の時の私だったら、戦意を失っていた。
頼れる姉に敵意を向けられただけで、スザクや仲間達が戦っているのに戦意を喪失していた。
けれど今は違う。
「エレンさん、いや・・・エレン。」
私はあなたを止める。
その意味を込めて、呼び捨てで彼女の名前を叫ぶ。
「私はあなたを止めます!」
「ジュリア、解放しろ。」
エレンは私の草魔法で身体を拘束している。その状態から解放されようともがいていた。
「おとなしくして!」
流石のパワーだ。
魔法で縛っているとはいえ、杖を持つ力を緩めたら、すぐに拘束から解かれてしまうだろう。
するとエレンは急に大人しくなった。
「ジュリア、おやすみ。」
エレンは眠り魔法をかけてきた。
しかし私のペンダントが優しく光る。
「なっ、どうして眠らないジュリア!」
―『あの石は、様々な魔法効果を封じることができる凄い石じゃ!』
このペンダントがエレンの眠り魔法から守っていてくれた。
女神の塔の主様の言う通り、様々な魔法効果を封じてくれていた。
「エレン、見て!」
私はスザクと戦うディーンを指す。
スザクに圧倒されているディーンの姿を・・・。
ディーンはふいうちで彼を攻撃しても、見切られていた。
そして今もスザクが圧倒している。
それに私は、スザクには殺意はないように見えた。
「おとなしくさせればいい。」という余裕さえも感じられた。
彼は女神の塔の道中でもルギウスさんに戦い方を教えてもらっていた。
ティアやクレアにも、アドバイスを求めていた。
魔界のときよりも、彼はずっと強くなっていた。
ディーンでは、スザクの相手にならない。
そんな光景が目の前に広がっていた。
「ディーン!」
私の拘束から逃れようと、もがいて愛する人のところへ行こうとする。
その姿に一瞬心が揺さぶられる。
でもここで私が彼女を解放してしまったら・・・。
スザクが一気に危なくなる。
だから私はスザクを守るためにも、彼女を絶対に解放してはいけない。
「トルネードソード!」
スザクの剣から竜巻のようなものが出現する。
それがディーンを巻き込む。
―『竜巻乱舞』
ティアの技を参考にしたのだろう。
彼は強くなったのは、ものすごく努力しただけだからじゃない。
自分が強くなるための「情報収集」を怠らなかった。
そして自分に有効だと思ったアドバイスを積極的に取り入れて、合わないと思ったら、その情報を捨てる勇気もあったんだと思う。
今回はティアの技を取り入れたんだ・・・。
スザクは剣を縦に振り下ろし、竜巻を地に叩きつけた。
ドシーン!という大きな音と共に、ディーンは地に叩きつけられた。
「ホーリーシャイン」
スザクは静かに言った。
暖かな聖なる光の力を剣に纏わす。
・・・かと思ったら、ディーンに光の力を纏わした。
温かい光がディーンから溢れている。
「えっ!」
彼が何のために光の魔力をディーンに纏わしたのか、理解ができなかった。
「・・・僕は剣に魔力を纏わすことができる。」
彼は静かに話し始めた。
「でも僕の魔力は『生物』に纏わすことはできない。」
彼は剣に魔力を纏わすことをしていた。
その魔力を剣だけじゃなくて、私にも纏わしてほしい。なんて妄想をしたことがあった。
でも彼は私や『生物』に自分の魔力を纏わすことをしなかった。
例えば、彼の炎の魔力を私に纏わすことで、私が発動する炎の魔法の威力があがるかもしれない。
実際に効果があるかわからない。
けれど、彼はそれをしなかった。
・・・しなかったのではなく「できなかった」のだということを私は今、理解した。
「・・・ディーンさんは、既に死んでいるんです。」
「馬鹿な、魔王様が復活を・・・」
「でも彼は『血』を流していません!」
―『エレン、目を覚ましなさい。あなたの夫は私の矢を何本も受けて、炎魔法を受けて死なないの?』
魔界でのシオンの言葉を思い出した。
あの時は戦うことで必死だった。
けれど思い返すと・・・シオンの矢を受けても、私の魔法を受けても、血を流してなかったような・・・。
そして今も、スザクの猛攻を受け続けたにも関わらず、血を流してない。
「魔王がディーンさんの遺体で作った『幻影』・・・いや『人形』なんです!」
スザクはあのディーンさんは生物ではなく『人形』だと言った。
魔王の操り『人形』。
・・・『人形』は血を流さない。『生物』ではない。
「血が流れない・・・。」
エレンにも思いあたる節があるのだろうか。
それとも魔界でのことを思い出しているのだろうか。
感情が消えた声で、静かにつぶやいた。
「『人形』だから、スザクの光の魔力を纏うことができたってことか?」
エレンは確認するように、スザクに問いかけた。
「そうです。」
彼は答えた。
「僕の光の魔力を纏ったことで、魔王の支配を断ち切りました。」
「そうなるとディーンは・・・」
「・・・魔王の『人形』ではなくなります。」
「そうか。」
・・・彼女から戦意が消えた。
「解放してくれ、ジュリア。」
戦意の無くなった彼女を解放しても大丈夫だ。
私はそう判断して、グラスバインドを解除した。
「ああ、ディーン。」
エレンさんはゆっくりとディーンに近づいていく。
そしてディーンを優しく見つめる。
「・・・『人形』だろうが、魔族の姿になろうが、ディーンはディーンなんだ。」
「えっ・・・」
「・・・私もそばに行くからな。」
「ダメ!」
「しまった!」
私が気づいたときには遅かった。
エレンさんの方向に全力で走り出したけどダメだった。
スザクも走り出しけど、間に合わなかった。
動かなくなったディーンの手を彼女は優しく持った。
ディーンの手を持ったエレンさんの動きは、やけにゆっくりに感じた。
まるで時の流れが、突然遅くなったみたいだった。
けれど私の身体は、早く動いてくれない。
時の流れと共に、自分の身体もゆっくり動いた。
エレンさんはディーンの手から生えている長く鋭いツメを・・・。
自身の心臓に突き刺した。
次回もジュリア視点です。