92:強制
久々のジュリア視点です。
82話以来です。
―『魔王様と一緒に平和な世界を作らないか?』
エレンさんは確かにそう言った。
サキュバスみたいな艶やかな姿。
魔王「様」と言っていること。
その事実が私に重くのしかかっていた。
「魔王様は種族を統一して争いを無くそうとしている。」
「魔王様は今、王座の部屋に居られる。」
「魔族と人族が争うから『勇者』という身勝手な存在が生まれた。そうだろうジュリア?」
「種族を統一して平和な世界を作る、それが魔王様の『魔族統一計画』だ。」
「一緒に平和な世界を作ろう。」
彼女はレオンハルトさんと同じことを畳みかけるように、私に言った。
種族を統一したって争いはなくならない。
それは同じ人間の勇者に復讐しようとしたエレンさんだって、わかっているはずなのに・・・。
―『勇者に復讐しよう』
―『「したい」じゃない、「しよう」』
私は勇者に復讐する心に決めたときのことを思い出していた。
この時のエレンさんだったらきっとこのことをわかっているはず。
でも今は本気で「種族を統一」することで平和な世界が作れると思い込んでいる気がする。
果たしてこのペンダントでそんな彼女を正気に戻せるのだろうか?
そもそも彼女は洗脳ではなく自分の意志でディーンの隣に行ったのではないか?
魔王の言葉に賛同したのも洗脳ではなく自分の意志なのではないだろうか?
「きっと取り戻せる。」
誰にも聞こえないように私は小声で呟く。
そしてペンダント握りしめる。
「お断りします。」
エレンさんの問いにスザクが答えた。
その瞬間・・・。
「やはりいますよね。」
「エレンの願いを断るってことは覚悟はできているな。」
ガギン。という剣と剣がぶつかり合うような音がしたと思ったら、スザクがディーンの攻撃を防いでいた。
「ふいうち程度では君は倒せないか・・・」と言うとディーンはスザクから離れてエレンさんの隣に立つ。
・・・その姿を見てまた驚いた。
魔界では魔王によって復活したとはいえ、人間の姿だった。
けれど今は・・・。
長いツメ、長いキバ、長い耳。
そして肌の色、雰囲気。
まるでヴァンパイアみたいな姿だった。
「ジュリアはどうなんだ?」
エレンさんが私に問いかけてきた。
「・・・・」
私は彼女の問いに答えることができなかった。
―『・・・迷っているのかジュリア』
王都へ行くことを『言い訳』してためらっていた私に、エレンさんがかけた言葉。
―『・・・ごめんな。私が神父に詰め寄ったから知らなくて真実を知ったんだよな。それを無理やり使えって詰め寄るダメな姉御だな。』
神父様からスキルのことを聞いて、落ち込んでいる私たちにエレンさんがかけた言葉。
彼女は私が一歩踏み出す時に、優しく背中を押してくれた。
決して「強制」をすることはなかった。
・・・今はどうだろう。
自分の問いに対して、「強制」的に答えを求めてこようとしている。
エレンさんは優しくて頼りになる姉だ。
私を怖がらせたり、「強制」したりしない。
いつも背中を優しく押してくれた。
だからこのエレンさんはエレンさんじゃない。
そうだ。洗脳されているんだ。
・・・と私は、都合良く解釈した。
「ウィンド。」
私は初級風魔法でペンダントをエレンさんとディーンに送る。
「ジュリア?」
エレンさんの問いに答えず、初級の風魔法と唱えたからだろうか。
スザクが不思議そうに私の名前を言った。
「受け取ってください。」
「なんだ?私へのプレゼントか。綺麗だな。」
その笑顔は私が見たかったはずの笑顔だ。
「エレン、罠の可能性は・・・。」
ディーンがこのペンダントを疑いの目で見る。
「罠?」
彼の言葉を聞いて、エレンさんの動きが一瞬止まる。
お願い・・・私を信じて・・・。
「私のジュリアがそんなことをするはずがないじゃないか。」とためらいもなくペンダントを装着した。
「ほら、ディーンもつけてあげてくれ。」
ディーンはエレンさんの言葉に頷くとペンダントを付ける。
よし!と私は心の中で言った。
これでエレンさんの洗脳を解く事ができる。
正直ここまで簡単に装着させることができると思わなかった。
これで彼女達は。
彼女達は・・・。
ヴァンパイアとサキュバスの姿のままだった。
「・・・ダメか。」
苦しそうに小声でスザクが呟いた。
そして剣を構え直す。
「・・・それでジュリア。」
手遅れだった。私はそれを痛感した。
レオンハルトとの一戦で『覚悟』を決めたはずなのに・・・。
エレンさんは洗脳されていると、また私は都合良く解釈した。今度こそ本当に『覚悟』を決めないと・・・。
「答えを聞かせてくれ。」
私は杖を構える。
「ふう・・・」
私は大きく息を吐いた。
もしかしたら、初めてかもしれない。
「エレンさん」
洗脳を解かれたとき、一緒に王都に行くとき、討伐依頼を受けたとき、どんなときも彼女の指示に従っていた。
今は自分の意志で彼女に反抗する・・・。
「お断りします。」
私は静かに、でも力強く答えた。
沈黙が流れる。
「姉に・・・逆らうのか?」
思わず身震いする。
魔界では彼女に敵意を向けられて、他の仲間が戦っているのに戦意を失った。
けれど今は違う。
「自分の意志です。」
―『さあジュリア、シオン、マリア、過去に蹴りをつけよう。』
魔王の城に入るときに、エレンさんが言ったことを思い出していた。
次回もジュリア視点です。