91:裏切り
ティア視点です。
「私はね、四天王時代に、配下の子達に裏切られたことがあるの。」
「なっ!?」
「それも彼が王の座をかけて戦うあの日に・・・。」
彼、というのはきっとルギウスのことだろう。
「私の配下は、優秀で強い女魔戦士だった。」
その女魔戦士は『四天王の配下』なのだから、それなりに実力はあって強いのだろう。
「でもあの日・・・、私は配下の子達にふいうちで攻撃されて、拘束された・・・。」
―『カレン、ジェシカ、アリサ。どういうこと・・・。』
―『クレア様、いやクレア。新たな魔王様のために大人しくしてね。』
―『あなたを痛みつければ、ルギウスはここにくるでしょ。』
―『戦いの場に訪れなかったら、王はあの方よ。』
「どうしてこの子たちが、私のことを『裏切って』攻撃しているのか、わからなかった。裏切りの予兆すらも感じなかった・・・。」
きっと前日までは普通にしていたのだろう。
そのせいでクレアも目の前で起こっている現実を、受け入れられなかったのだろう。
まさか・・・。
「そして彼へ迷惑をかけてしまう・・・」
ルギウスは、クレアを何よりも大切に想っている。
なんせ勇者からの洗脳を解くために、種族が異なる私やスザクに協力を求めたくらいだ。
「私は『冷静』ではなかった。感情が整ってない状態で・・・クイーンモードを発動した。」
―『一度目は私が『暴走』状態になってしまったから、そして今回はあの男に『洗脳』されたから・・・』
あの時、クレアが言っていた『一度目』というのはこのことだったのか。
「私は『暴走』状態になっていた。気づいた時には・・・倒れる配下の子達と、ルギウスが傍にいたの。」
彼ほどの実力者が、なぜ王じゃないのかが分かった。
愛する者を助けるために・・・。
「彼が傍にいるのを見て私は理解した。彼は王の座を捨てて、私を救いに来たことを・・・。」
―『ごめんなさい・・・私のせいで・・・』
―『俺はクレアがいればそれでいい。お前に比べれば王の座なんてゴミみたいなものだ。』
「嬉しかった。けれど同時に私は、彼の足を引っ張る存在なのかもしれないと思った。」
決してそんなことはないだろう。
彼女はルギウスの心の支えだ。
「そして配下の子達は私の元を離れた。いや、私が突き放したのかな?」
―『クレア様。私たち・・・』
―『私の前から消えて、裏切り者!』
「四天王になっても、私は配下を持たなかった。いや・・・持てなかった。」
―裏切られたくないから
クレアのその言葉は重みがあった。
弱々しい声色のはずなのに、耳の奥に重りを乗せられたように残った。
四天王時代に、勇者、エリー、シュリの3人相手に、一人で挑んだのも・・・。
「でもあなたたちのおかげで、私は救われた。」
「・・・ルギウスたちと一緒に勇者から救ったな。」
「違うわ。」
クレアは言った。
「あなたたちは私の心を救ってくれた。」
「心?」
「・・・四天王で魔族でもある私に、あなたたちは普通に接してくれた。」
これはジュリアとシオンの力が大きい。
彼女達はクレアを種族関係なしに『クレア』として接していた。
「ジュリアとシオンは、私を慕ってくれるだけじゃなくて、意見も言ってくれた。」
―『クレア。傷ついたのは洗脳にかけられた人だけじゃないの。家族、故郷の人たち、そして、大切な人・・・』
―『私たちが『許されたい』と思って距離を無理に縮めようとしてはダメです。だから絶対に焦っちゃいけないの。』
相手が違う種族であろうと、四天王であろうと、しっかりと自分の意見を言った。
それに引っ張られて、私も自然とクレアと接することができた。
「そしてあなたは、お互いを高め合う存在になってくれた。」
―『ティア、いい剣術をしているわね。』
―『クレアも流石、元四天王ってところか。』
―『えっ!?』
―『心強い仲間ってことだな。』
―『仲間・・・』
女神の塔の道中で初めて手合わせしたときに、こんな会話をした。
そこから私たちはお互いを高め合うライバルとなっていたのだ。
「私はもう一度・・・『仲間』を信じようと思ったの・・・。」
クレアは、過去に配下から『裏切られ』た。
「・・・今思うとあの子たちも『洗脳』されていたのかもね。」
―『それに洗脳の対策があったら私だって・・・。』
―『そんな方法があるなら、私だって大切な配下の子達に・・・していたわ。』
信頼していた配下。
大切な日に急に態度が変わった。
洗脳されたという確証はないし、証拠もない。
ただあの魔王なら、やりそうなことだ。
もし女神のペンダントように対策があったら、しておきたかったのだろう。
「もしあの子たちとまた会えたら、今度はしっかりと向き合ってみようかしら・・・。」
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「ティア、私の話を聞いてくれてありがとね。」
「・・・私も聞いてもらったんだ。当然だ。」
「・・・仲間たちと合流しないと・・・。」
「ダメだ・・・もう体が動かない。」
「エリーと戦って『暴走』状態の私を止めたのよ・・・。それでまだ元気なんて、ちょっとショックよ・・・。」
「あいつらが戦っているのに・・・」
「・・・ホントにごめんなさいね。」
「あなたが私にありのままのことを話してくれて嬉しかったわ。」
「ど、どういうことだ。」
「私のことを、仲間として『信頼』してくれたから話してくれたんでしょ?」
「そ、それは・・・」
「顔が真っ赤ね。やっぱり可愛いわ・・・。」
「ううう。」
「ジュリアやシオンに、話すべきだろうか・・・」
「話したとしても、あの娘たちはあなたのことを嫌いにはならないわ。」
「だが・・・」
「嫌いにはならないけど、心に重荷を背負わせることになる。」
「えっ」
「・・・知らなくても良いこともあるのよ。」
「クレア?」
「真実を知ることが必ずしも幸せなことじゃないの・・・」
「・・・このまま気を失ってもだれかが助けてくれるだろうか?」
「ルギウスがいるわ。それに・・・」
「それに?」
「あなたの想い人の彼に、可愛い仲間たちがいるでしょ・・・」
「・・・そうか、そうだな。」
「ゆっくり、やすんでも、いいかしら?」
「ああ・・・」
次回はジュリア視点です。