90:贖罪
ティア視点です。
そう。私の心は汚れている。
今更精神を揺さぶる行為に罪悪感を抱く、そんな心ではないのだ。
「そうだ。私はお前のライバルのティアだ。」
「ライバル・・・てぃあ?」
「今はジュリアやシオンたちと共に作戦を遂行しているところだろう?」
「ジュリア、シオン、可愛い私の・・・。」
カラン。
彼女の持っている剣が落ちる音がした。
「わたしはわたしはわたしはまた『暴走』して。」
「大丈夫だ、クレア」
私は優しく彼女を抱きしめる。
「また私は『暴走』してルギウスに迷惑をかけて」
彼女は感情のままに暴れ続ける。
そしてその勢いのまま、地面にたたきつけられるように私たちは倒れた。
私は抑えつけるように、優しく抱きしめ続ける。
「ルギウスに迷惑なんかかけてない。大丈夫だクレア。」
「迷惑を・・・かけてない。」
「ああ。」
クレアがおとなしくなる。
私は彼女の頭を撫でる。
「私がいる。大丈夫だ。」
優しく、優しく、声をかける。
沈黙が流れる。
その間も私は彼女を優しく抱きしめて、優しく頭を撫でた。
「・・・まさかまたあなたに頭を撫でられるなんて。」
落ち着きを取り戻したのだろうか?
少し恥ずかしそうにクレアは言った。
「私はまた自分を制御しきれなかったのね。」
「気にするな。エリーとシュリを倒しただろう。」
「けれどこの傷じゃ、私もあなたもこの先へは進めないわね・・・。」
エリーとシュリとの戦い。
そして暴走状態のクレアとの戦い。
最後はたたきつけられるように地面に倒れた。
正直、この状態から起き上がるのも・・・無理だ。
「私を止めてくれてありがとう。」
クレアが言った。
「あなたのことだから剣術で力技で止めたのかしら。」
「いや・・・。」
私は、正々堂々と勝負したわけじゃない。
「感情が不安定なクレアの感情を揺さぶっただけだ。」
「あら・・・」
クレアは私の方法を知って、幻滅でもしているのだろうか?
「また悲しい顔をしているわね。」
「は?」
「あの時と一緒の顔をしているわ。」
―『ティアには想い人はいるの?』
―『な、なんだ急に』
―『魔王の洗脳にかかってないってことはいるんでしょう?』
―『・・・いる。』
―『・・・悲しい顔をするのね。』
「シオンとジュリアを抱きしめて眠ったときと同じ顔よ。」
「そんなことは・・・」
「同じ顔をしてる。」
強い口調だが、優しさを感じる声でクレアは言った。
「どうしてそんな顔をするのかな。お姉さんに話してみなさい。」
「お姉さんって・・・」
「私の方があなたよりも、長生きしているわ。」
今度はクレアに抱きしめられる。
気持ちが安らぐ温もりだった。
・・・彼の背中と同じ温かさだった。
「いいのよ。甘えて。」
「あまえる・・・」
女冒険者として実力で上り詰めると誓った。
ギルド副マスターという立場になった。
たくさんの人に頼られた。
でも私だって・・・。
私の口は止まらなかった。
彼との出会い、一緒に討伐依頼を受けたこと、まっすぐな彼に惹かれたこと。
淫らな女を演じて彼の劣情を誘ったこと。それでも彼は純粋に私を救おうとしたこと。
洗脳されてない私はジュリアに出し抜くチャンスがあると思ったこと。
ジュリアが冒険者としてギルドに来た時に、嫉妬心と焦りが生まれたこと。
そして・・・。
ノーランド山の作戦に、エレンパーティを推薦したときの私の醜い心もクレアに話す。
「私は・・・ノーランド山の作戦にジュリア達の加えたのは・・・」
勇者の洗脳を知っている実力の高い女冒険者だから。
そして彼女達と魔王からの脅威を救うことで、女冒険者の地位の向上を目指した。
その気持ちは本物だ。
「戦力として期待していた。」
魔王を倒して女冒険者の地位が向上して、ギルドを一緒に盛り上げる。
私の理想だ。
「けどジュリアがまた洗脳されて、それをみた彼が彼がジュリアを諦めることを少し期待していたんだ。」
裏でひそかに思ったことだ。嫉妬心とは比べてものにならないほどの汚い心だ。
だから洗脳の対策を特にしなかった。
対策方法がわからなかった、それを調べる時間がなかったというのもあるが・・・。
それにもし彼女が洗脳されたとしても私、スザク、ルギウスがいるからどうにでもなると思っていた。
「ジュリアが洗脳されてもルギウスと私と彼で魔王を倒す。そして・・・。」
女神の塔で見せられた『幻』通りの人間だ。
「・・・彼が洗脳されたジュリアを諦めて私の方を向いてくれることを期待したんだ。」
だがその結果は魔王に敗れ、エレンとマリアが洗脳されてしまった。
・・・そもそも魔王を倒せば洗脳は解けるだろう。
きっと彼はジュリアと向き合う。私のことは『女』として見てくれない。
「・・・わたしのせいなんだ。わたしのせいなんだ。」
私は勇者に洗脳されてない。
そんな『隙』を見せる女じゃないから。けれどジュリアにはその『隙』がある。
と本気で勘違いしていた。
その勘違いの結果は最悪だった。
勇者の洗脳は『自分が良いと思った女』にしか効かない。
・・・洗脳されなかったのは『女』としての魅力がないから。
そして魔王の洗脳が効かなかったのは、想い人がいる女には効かないという性質だったから。彼が私を洗脳から守ってくれていたと言っても過言ではない・・・。
はっきり言って『隙』なんて微塵も関係なかった。
魔王に敗れ、仲間も洗脳されて。ドレークさんやギルドの仲間にも迷惑をかけて。彼とその彼の大切な人たちにも迷惑をかけて。
この汚い心をあの勇者は見抜いていたのだろうか?
・・・だから私を洗脳しなかった。
最悪の男にすら薄汚い心を見抜かれる。
本当に私は最低だ。
「・・・あなたも完璧じゃないのね。」
「えっ!?」
「私が嫉妬するほどの剣術を持っている、そして女という性別ながら、確かな地位にいる。」
クレアが私の顔を見ながら笑顔で言った。
「それに、たまに可愛い反応をするし、胸も大きい。」
「むっ」
クレアはまるでいたずらっ子のように、私の胸を指で突いて言った。
「そして・・・ジュリアやシオンたちのことも優しく見守っている。」
「・・・贖罪だな。」
私の準備不足、浅はかな考え、そして汚い心のせいで彼女達は傷ついた。
だからジュリアとシオンを支えるのは当然だ。
「あなたは私たちが魔界で魔王に負けたことを、自分で背負っているだけよ。」
「えっ!?」
「負けた原因や準備不足を、自分の持つ『嫉妬心』や『汚い心』を後付けで無理やり紐づけて、自分で背負っているだけ・・・。」
「それは・・・。」
「嫉妬心は持っていたかもしれないけど、あなたはそれだけじゃないはずよ。」
クレアは優しい口調で、私に言った。
「ルギウスの無茶な指示にも従って、作戦の要員を集めた。」
「けれどそれは・・・」
「女冒険者の地位を向上させたいっていう気持ちもあったでしょう?」
そうだ。彼女達なら私たちと魔王を倒せると信じていた。
ギルド副マスターとして、彼女達に大いに期待をしていた。
「それに洗脳の対策があったら私だって・・・。」
悲しそうにクレアは言った。
「そんな方法があるなら、私だって大切な配下の子達に・・・していたわ。」
「え、クレア?」
彼女は四天王だ。配下がたくさんいても良い立場だ。
配下に洗脳対策をするというのは、どういうことだろうか。
「・・・魔王の間では私を救ってくれた。」
クレアは何かを誤魔化すように、無理やり話題を転換した。
「・・・あの時はジュリアの指示に従っただけだ。」
―『ティアさん。剣を取り上げて!』
―『ティアさん!クレアさんを私に』
ジュリアが必死に叫ぶ指示に、あの時は従った。
「嫉妬心を抱いているだけの娘の指示を従えるの?」
「それは・・・」
「・・・女神の塔ではジュリアのことを『可愛い仲間』って言ってたわね。」
私よりも年下で可愛い仲間。
けれど、勇者に洗脳されて、彼と強制的に引き裂かれた過去を持っている。
さらに仲間までも・・・。
それでも彼女たちは、前を向いて進んでいた。
どんなことがあっても、前に進もうとする彼女の助けになりたいと私は考えていた。
「今はジュリアとシオンたちの幸せを心から願っているはずよ。」
「・・・そうだな。」
彼女達が幸せになるようにこの戦いも勝利する。
魔王だろうが勇者だろうがなんだろうが、彼女達の幸せの障壁になるものはこの剣で砕く。
それを誰も知らない私の醜い心が引き起こしたことの贖罪だと言われようと・・・。
「・・・ありがとな、クレア。」
「あら、貴女よりお姉さんとして、当然のことをしたまでよ。」
「じゃあ、今度はクレアが話してくれないか?」
「えっ。」
私から出た言葉が予想外だったのだろうか?
クレアは目を見開いて、私を見た。
「私も話を聞いてもらった。だからお前も話してほしい。」
目の前のクレアの顔を、私は真剣な眼で見て言った。
「あっ、いや、お前が『洗脳の対策があったら』とか言っているときの顔があまりにも悲しそうで・・・。」
沈黙に耐えきれなかった私は言葉を出した。
「聞いて・・・くれる?」
クレアは静かに語り始めた。
次回もティア視点です。