89:嫉妬
ティア視点です
―「あなたも私の『命令』を聞けないのね。」
クレアはそう言った後、私を剣で攻撃をしかけてきた。
エリーよりもはるかに強い。そして少しでも気を抜くと女王のオーラを放つ彼女の『命令』に従ってしまって地に伏せそうになる。
・・・肉体以上に精神力の戦いであった。
お互い肉体は限界に近い。
エリーと戦ったときよりも激しい戦闘だった。
「あなた、女なのに私と同等・・・いやそれ以上の剣術をしているのね。」
猛攻を続けていたクレアが口を言った。
「・・・『嫉妬』しちゃうわ。」
彼女の猛攻が止まる。
これはチャンスだと思った。
「何を言っている。私だ!ライバルのティアだ!」
私を『ティア』だと認識してくれ。
そんな思いで私は名前を叫んだ。
「てぃ、あ?」
クレアの雰囲気が少し変わった。
私は思った。
感情をコントロールできてないなら、感情に訴えれば打開できるのはないかと。
―『魔王、勇者、洗脳。』
シュリの言葉で取り乱していた。ならこちらも感情を揺さぶる。
精神が不安定の相手にこれをするのは気が引ける。
女神の塔での幻想と同じやり方をしている・・・。
・・・何を言っているだ私は。
私の心は醜い『嫉妬』まみれで汚れた心だろう。
これくらいのことで気が引けるような、綺麗な心の持ち主ではないだろう?
*********
女冒険者の地位は高くなかった。
男冒険者よりも不当な扱いを受けることもある。
下衆な男冒険者から身体を求められることもあった。
・・・まあ全て返り討ちにしてきたが。
私は実力で駆け上がると決めた。
女冒険者の地位を向上させると決めた。
いつの間にか、ギルド副マスターまでに上り詰めた。
モック村で美しく魔力を剣に纏わせる男と出会った。
見た目は小さいが、この子が騎士団に協力している少年だと確信した。
私よりも体が小さいが、可能性を感じた私は『スカウト』した。
そして彼は王都に来た。
私がスカウトしたこともあって、一緒に行動することが多かった。
―『ティアさんの剣術はやはり美しいです。』
―『ティアさん今の間合いはどうでしたか?』
―『剣の魔力を纏わすという発想はどうでしょうか?』
彼は強くなるために私にたくさんのアドバイスを求めた。
そして私の感じた通り彼はめきめきと実力を伸ばしていった。
剣術も戦い方もまるで、王都の騎士のようだった。あの田舎の村でどのようにして戦い方を取得したのかは不明だが・・・。
男冒険者からアドバイスを求められるのは新鮮だった。
肉体関係を求める男や嫉妬して邪魔してくるような男が多かったから・・・。
―『女の癖に・・・』
もう聞き飽きたな、そんな言葉。
***********
私は彼に聞いてみた。
どうして強くなろうとしているのか?
―『故郷の大切な人は勇者から戻ってきました。』
勇者。
確かに実力はあるが、正直好かない。
副マスターという立場上、洗脳して女をおもちゃのように扱うってことは耳にしていた。
いや、好かないというよりむしろ気持ち悪い。
私の身体をいやらしく触り、髪色や髪形を変えろといってきた男なんかになにも魅力を感じなかった。
―『でも僕が弱いから彼女から逃げてしまった。自分を変えるために強くなるんです。』
私は嫉妬していた。
『ティアさんの役に立ちたいからです。』
そんな答えを期待していた。
彼の大切な人は恐らくスカウトしたときに隣にいたジュリアという女だろう。
まっすぐに強くなる姿。
女冒険者の私にも分け隔てなく接してくれる姿。
・・・そして大切な人への一途な想い。
そんな彼に私は恋心を抱いていた。
私は勇者に汚されてない。
洗脳される女にも『隙』があったんじゃないか?
・・・現に私は洗脳されていない。
それならまだチャンスはあるかもしれない。
私は勇者に汚されてない女であること、彼の剣術を高める存在であること。
一村娘より私の方が彼にとって魅力的なものはたくさんある。
私はそう考えていた。
モック村の『氷の魔術師』の噂を聞いた。しばらくするとその魔術師はこのギルドに来て、冒険者登録をしたそうだ。
その魔術師はあの村娘のジュリアということを知った。
私は討伐依頼を彼と積極的に受けた。
表向きは魔物によって困っている人を助けるため、その気持ちに嘘はない。
裏では討伐依頼を沢山受けることでジュリアとは再会させないこと。そんな醜い嫉妬心も抱えていた。
ある時、大量発生したポイズントードの群れの討伐依頼を受けた。
もちろん難なく討伐完了した。
・・・私はあることを思いついた。
ポイズントードの毒に侵された・・・フリをした。
装備しているものを緩めて、それまでコンプレックスだった大きな胸を強調した。
毒に侵されているフリをして、息遣いも色っぽく荒くした。
―『ティアさん?』
・・・今思うと完全に淫らな女がやる事だ。そうやって彼の劣情を誘ったのだ。
―『た、大変だ。』
と彼は言うと毒消し草を取り出して、私に飲ませた。
そして小さな体で私を背負って、近くの街まで運んだ。
彼の背中の温もりを私は感じていた。
―『ティアさんは僕が救うんだ。』
街の宿で寝込んだフリをする私を彼は優しい眼差しで見つめる。
私はそれでも淫らな女を演じて彼の劣情を誘っていた。
純粋に私を救おうとする姿。
そんな彼に対して私は淫らで醜い嘘をついている・・・。
結局、私が期待することは何も起こらなかった。
厚顔無恥な私は彼とまた一緒に討伐依頼を受ける。
―『ティアさん、元気になってよかったです。』
純粋に笑う彼。
私の心にその笑顔がチクリと刺さった。
ノーランド山でルギウスと会った後・・・。
私は勇者の洗脳を知っていて、実力のある冒険者に心当たりがあった。
エレンパーティだ。
格闘戦士のエレン、百発百中の腕を持つシオン、高い精度の癒し魔法を使えるのマリア、魔術師のジュリア。
彼女達の実力はとても高い。
この作戦も問題なく私たちと同行できるはずだ。
同じ女冒険者、そしてギルドの副マスターとしても彼女達が実力をめきめき上げていくのはうれしいことだ。
この作戦が成功して、魔王の脅威から人類を救って、それに貢献した私たち女冒険者のおかげで女冒険者の地位も上がる。その気持ちに嘘はない。
・・・でも裏の私の心は『嫉妬』以上に汚れたものが詰まっていた。
私は勇者に洗脳されてない。だから魔王に洗脳されるわけがない。そんな『隙』も見せない。
でもあの娘は・・・。
ポイズントードの毒に侵されたティアさんですが、「70:蒸発」でスザクが回想してましたが覚えている人はいましたでしょうか?
次回もティア視点です。