86:命令
ティア視点となります。
「平伏せ!」
クレアは命令するような強い口調で言った。
私は目の前に広がっている光景への理解が追い付いてなかった。
シュリを囲んでいるのは人と魔族の間のような者たち。
その者の中には見覚えのある顔が居た。
王族、騎士団の兵士・・・。
そいつらは苦しそうな表情を浮かべながら、シュリの盾のような役割を担っていた。
しかしクレアの一言でその者たちは地面に平伏した。
盾が剥されたシュリは丸裸同然だった。
・・いやそれよりもクレアの様子がおかしい。
あんなオーラを発するのだろうか?
まるで女王のようだ。
いつものクレアとはかけ離れた雰囲気だった。
・・・思わず私も地に伏せるところだった。
それくらい圧のある『命令』だった。
「なに、なんで?」
盾が剥されたシュリは慌てふためいている。
何が起こったのかわからない様子だった。
「立ち上がりなさいよ。この役立たず共!」
激しい口調で叫ぶシュリ。
動揺、怒り、焦燥・・・様々な感情がこもった声色だった。
赤い目、鋭いキバ、長い尻尾。
そして首にはペンダントがかかっているが、元に戻っていない。
きっとクレアも洗脳を解こうとしたのだろう。
でも手遅れだった。
「役立たずが。」
「あなたは私の『命令』を聞かないのね。」
動揺しているシュリに、いつの間にかクレアが詰め寄っていた。
そしてクレアは剣を抜く。
「裏切るの?」
「ク、クレア、わ、私は魔王に洗脳されて。」
明らかにどうしようもなくなったシュリは、クレアに命乞いをする。
「あの勇者にも洗脳されてつらかったの・・・。」
自分が助かるために、自分が傷ついたというアピールをしている。
そんな命乞いをしたってクレアは、見逃してくれるほど甘くないと思った。
「魔王、勇者、洗脳。」
クレアはぶつぶつと呟いていた。
それはとても恐ろしい表情というか、私の知っているクレアの表情ではなかった。
「そ、そうよ。洗脳でめちゃくちゃにした勇者に復讐しましょう。」
クレアの呟きを聞いたシュリはチャンスだと思ったのだろう。
さらに続けて命乞いの言葉を並べる。
ただシュリも冷静じゃなかったのだろう。
きっと冷静だったらクレアのその表情に気づいて、その命乞いという行為が悪手だということに気づけた。
「魔王、勇者、洗脳、洗脳?」
壊れたように、そして恐ろしい表情を変えないままクレアは呟き続ける。
「洗脳洗脳洗脳洗脳洗脳洗脳洗脳洗脳洗脳洗脳洗脳洗脳」
まずい。
と私が思ったときには遅かった。
「ぐぎゃああああ」
一刀両断。
クレアがシュリを剣で真っ二つに切った。
人間が出す声ではない悲鳴が響いた。そして血の色も赤ではなく緑色だった。
シュリもエリーと同じく既に人間ではないということ、『手遅れ』だったということを、嫌でも認識させられる光景だった。
そしてクレアは・・・。
「洗脳洗脳勇者洗脳命令魔王・・・」
クレアは壊れたように言葉を発しながら、狂ったようにシュリを切りつけている。
まるで自分の感情をコントロールできていない。
そして雑で暴力的な剣術。女神の聖域や女神の塔で魅せてくれた彼女の美しい剣術ではない。
私は目を閉じて、思い出す。
私のことを可愛いと言ってからかうクレア。
ジュリアとシオンを慰めたときのクレア。
女神の塔への野営中、お互いの剣術高め合う修行をした時のクレア。
女神の塔でレジェンドドラゴンを一刀両断したクレア。
女神の塔で私のことをライバルと言ってくれたクレア。
―『一度目は私が『暴走』状態になってしまったから』
クレアが目覚めた後、ジュリア、シオン、クレアと私の4人で、たくさんお話ししたときのことを思い出していた。
今はきっとその『暴走』状態なのだ。
シュリに勝つために・・・いや、シュリの盾となっているものを傷つけずに勝つために、何かしらの力を解放したのだろう。でもそのせいで自分を制御できてないのだ。
「きっと・・・きっとそうなんだ。」
私は目の前の現実が受け入れられていない。
剣術が雑で暴力的、感情をコントロールできてない。だからクレアは『暴走』状態だ。
それっぽい理由を付けて、根拠のないことを思って平静を保っていた。
いつの間にかクレアの剣が止まっていた。
周りは血の海。
地に伏しているシュリの盾となってしまった者たちは、まるでその血の海に沈むように、シュリの血を浴びていた。
クレアが私の方向を向いた。
沈黙が流れる。
「クレア、お互い勝ったんだな。」
私は意を決して言葉を出した。
―『私の剣術と同等だと思った女はティアが初めてよ!』
私はお前のライバルのティアだ。
私の姿を見ればきっといつものクレアに戻る。『暴走』状態から解かれる。
感情に支配されるな。その支配から私が解放してやる。
・・・けれどそれは自惚れだった。
「あなたも私の『命令』を聞けないのね。」
私の言葉を聞いたクレアはそう言った。
「私のことを『裏切る』の?」
その圧に思わず息を飲んだ。
一旦、ティアとクレアの視点は終わり。
次回はシオン視点です。