85:盾
クレア視点です。
「シュリ、貴方一人で私に勝とうと思わないことね。」
シュリは賢者。
後方支援、遠距離からの攻撃が得意だ。
チームを組んで戦いを挑む時は欠かせない人材だ。
だが、1対1の戦いには向かない。
私は近接戦闘が得意だ。1対1なら私が確実に勝てる。
勝つだけじゃない。おとなしくさせてこのペンダントを装着させて洗脳を解く。
戦いの中でシュリを救うことができる余裕がある。
それくらい私が有利の戦いのはずなのに・・・。
自分が1対1向けの能力でないことをシュリも理解しているはずなのに・・・。
彼女は慌てる素振りを見せない。それが不気味だった。
「エリー、ティアとタイマンで戦えてうれしそう。」
よくわからないけど、油断している今がチャンスだ。
私はペンダントを握りしめる。そして一瞬で距離を詰める。
「うっ!ぐっ」
私は後ろからシュリの首を腕を使って締める。
「・・・あら・・・剣で切らないのね。」
流石に私の行動に虚を突かれたのか。
シュリは苦しみながら声を出す。
私はその声を無視してペンダントを、彼女に装着することに集中した。
「・・・何をするつもりなの?」
カチャリ
よし、装着に成功した。
ペンダントの装着に成功した私は一旦距離を取る。
・・・これでシュリは正気に戻るはず。
「何ー?ペンダントをプレゼントしてくれたの?」
戻って・・・いるの?
「過激で斬新なプレゼント方法ね。首を絞めながら渡すなんて。」
特に彼女に変わった様子はない。
見た目も変わらない。鋭い歯、赤い目、長い尻尾・・・
何も変わってない。
ペンダントの効果が・・・効いてないというの?
「なんで、洗脳が解けてないの?」
このペンダントの効果は実はないのか。
いや、既にもう「手遅れ」なのか?
私は色々な説を頭の中で考えていた。
「洗脳を解く?」
シュリが首をかしげながら言う。
「このペンダントにそんな効果があるのね。」
彼女はペンダントを手に持って見つめながら言う。
「できれば、勇者と出会う前にほしかったわね・・・。」
その目は寂しく・・・。
「でもね、もう『手遅れ』だってこと・・・教えてあげる。」
そう言うとシュリは持っている杖の底で地面をコンっと叩いた。
すると人間と魔族の間のような者がシュリを囲んだ。
「ううう」
「く、くるじいい」
「まぞくになりたくないー」
「たすけてぐれ」
シュリを囲む者たちが声を絞り出して言った。
この者たちは無理やり魔族化させられているのだろう。
「・・・本当はあなたが攻撃を仕掛けてきた瞬間に出そうと思ったんだけど。」
「どういうことよ・・・」
「あなたって優しい性格でしょ?」
「えっ!?」
意味が分からなかった。
なぜ彼女が突然、私の性格について言及してきたのかがわからなかったから。
「こいつらは私の盾よ。」
人間と魔族の間のような者たちを、卑劣な笑みを浮かべながら盾を言い切るシュリ。
「勇者を『許容』してきた王族、魔族化を拒否した騎士団の兵・・・」
・・・消したい記憶を辿る。
洗脳されていた頃に見覚えのある顔がいくつかあった。
「たすけてぐれえええ」
「死にたくない」
「魔族になりだくない」
巻き込まれてしまった人たちが、シュリの盾として、苦しそうな声を上げている。
「あなたが距離を詰めてきて、剣で私を切りつけようとした瞬間にね『盾』を出そうと思ったの。」
「・・・私たちの戦いに関係ない者たちを盾にするの?」
「剣による攻撃を盾で防ぐのは当然でしょ。」
剣で切りつけなかったのは、ペンダントを装着しようとしたから。
彼女を救うという思考がなかったら、私は剣で切るという行動をしていた。
「この『盾』を切りつけたら、優しいクレアは動揺するわよねぇ?」
煽るようにシュリは言う。
・・・彼らを『盾』として持っていたから、私の剣を防ぐ『盾』を持っていたから、彼女は慌てる素振りを見せなかった。
「その隙に魔法で倒そうと思ったんだけど・・・・。」
卑劣な笑みを浮かべながらシュリは言った。
その笑みを見て『手遅れ』だということを私は理解した。
「でもまさか『首を絞めてくる』なんて思わなかったわ。」
彼女の洗脳を解こうと思ったから、首を絞めてペンダント装着するという行為に出た。
それはシュリにとっても予想外の行為だったのだろう。
もし剣で切るという行為をしていたら・・・。
戦いに関係ない人たちのことを切りつけていた。
「まあ良いわ。」
というとシュリは魔法の演唱を始めた。
「なっ!」
私は驚きを隠せず声に出した。
シュリが唱えている魔法。
それは全魔力を解放して放つ「フルバースト」だから。
演唱には時間がかかる。でもその威力は絶大だ。
いくら私でもフルバーストを受けたらひとたまりもない。
けれど彼女の周りには、彼女に支配された『盾』のなってしまった者がいる。
私とシュリの目があう。
―『あなたに関係の無い盾を切りつけることができるかしら?』
その目はそう語り掛けてくるみたいだった。
「くっ!」
私は剣を握る。
―「たすけてぐれえええ」
―「死にたくない」
―「魔族になりだくない」
盾になっている人たちの苦しい声が脳内で再生される。
剣を握る力が弱まる。
シュリは盾に囲まれながらフルバーストの演唱を順調に進める。
「甘いわね。私は・・・」
あの男に洗脳されてしまったときも・・・。
四天王として勇者たちと戦って負けそうになった私は、助けに来るはずもないルギウスに縋った。
そして勇者に洗脳された。
魔界に居たときだって・・・。
私が甘いせいで、ルギウスに迷惑をかけてしまった。
私の助けるためにあなたは・・・。
そして今。
私はシュリの支配している『盾』をどうしようもできず、立っているだけ。
・・・いや、打開する方法はある。
その方法なら『盾』に命令を強制的に下すことができる。
彼女の支配下にあろうと関係なしに・・・。
でもその方法を使って、あのときのように自分のことを制御できなかったら?
今回はルギウスが助けてくれるとも限らない。
あの時は私を助けるために・・・彼は王の座を捨てた。
「ダメね。また言い訳している。」
私は仲間のことを思い出す。
ジュリア、シオン。
洗脳された過去を乗り越えようとしている。
それによって壊された絆を取り戻すために頑張っている。
そして魔王によって洗脳された仲間を取り戻すために頑張っている。
沢山、洗脳によって理不尽に奪われたのに、それを取り戻すために・・・。
私よりも力は弱い。けれどまっすぐに立ち向かっている。
そしてティア。
高いレベルの剣術を持つ、私のライバル。
ティアにも想い人がいる。
でも彼女の想い人の想い人は、一緒にいる可愛い仲間。
それでも彼女はその仲間の背中を優しく見守った。
・・・それってなかなかできることじゃないのよ。
「私も『覚悟』を見せないとね。」
仲間もつらいことを乗り越えてきている。
私だって・・・あの時とは違う。自分を制御して見せる。
でももし、あの時のように自分を制御できなかったら・・・。
私はティアの方向をそっと見る。
「頼むわね。ティア。」
ふう。と私は息を吐く。
そしてこの状況を打破するために・・・。
「クイーンモード」
次回はティア視点です。