77:勇者の過去
37話以来の勇者視点です。
―『フォースも王都の騎士のように逞しかったらなぁ・・・』
金色の美しい髪をなびかせる彼女は、故郷付近に出た魔物を対峙するべくここに来た騎士たちを見てそう言った。
―『ごめんね、フォース。私この人と付き合うから』
俺と付き合っていたはずの彼女。
俺と過ごした長い時間は、そいつと過ごした短い期間に負けた。
その男も俺を蔑むような眼で見ている。
・・・屈辱だった。
―『えっ、フォースって勇者様なの?』
俺が勇者だということが分かった。
その時の彼女の反応だ。すごく驚いていた。
―『よ、よかったらこの後・・・』
・・・は?
この女、俺が「勇者だから」ってすり寄ってきている?
長い間一緒にいるはずの彼女の知らない狡猾な姿。
そして必死に媚びている姿。
それは俺に対して、ではない。
「勇者」という存在に対してだった。
***********
嫌な夢を見てしまった。
こんな時に故郷の夢を見てしまうなんて・・・。
俺は今、どうなっているのだろう・・・。
俺は勇者。
勇者フォースだ。
魔王を倒すために魔界に来た。
仲間のエリーとシュリに裏切られた。
俺抜きでティアたちが戦った。
負けそうになった時、緑の光があいつらを包み、脱出した。
だが、俺はその光に加えてもらえず見捨てられた。
エリーやシュリ、その他3人に、なぜだがわからないが攻撃された。
俺はどうなっているのだろう・・・。
俺は選ばれし勇者だ。
英雄となる者だ。全てを手に入れるのは当然の存在だ。
名誉も地位も金も女も・・・。
だが『勇者』の名にすり寄ってくる女ばかりだった。
故郷のあの女のように・・・。
俺は勇者として王都に来たあの日、騎士団を壊滅させた四天王を名乗る魔物を倒した。
剣を握った瞬間、力が漲るようだった。そしてその魔物を倒して、一夜にして英雄となった。
そして俺は修行をしながら、各地で魔物の脅威から人々を守った。
各地で出会った「良い女」が恋人がいようが夫がいようが俺についてきた。
これが「勇者の奇跡」とでもいうのだろうか?
ただ本当に「勇者の奇跡」か疑った俺は、スキル鑑定ができるという神父に鑑定を依頼した。
すると異性を魅了状態にするという洗脳の能力を有しているとのことだ。
そうか。
俺は選ばれし勇者だ。
人類の頂点、全てを手にいれていいのだ。
だがこの洗脳能力も万能ではなく『欠陥』もあった。
―『勇者様の子供が欲しいです。』
こういうことを言う女がいた。
俺は内心、こう思った。
―チッ、俺じゃなくて『勇者』か
―子供求めてきて、重い女になってきたな
そう思ったとき・・・。
―『いやあああああ』
女が急に叫び声をあげた。
そして懺悔をし出したり、発狂したりして、気絶した。
・・・なぜか魅了状態が解かれた。俺が意図的に洗脳を解いたわけじゃないのに。
こういうことが続くと勝手に魅了状態が解かれる理由も見えてきた。
俺が「飽きたな」とか「めんどい女だな」と思ったときに魅了状態が解かれるらしい。
魅了状態にも性質があり、その状態を維持する条件というものがあるのか。
それが第一の「欠陥」だ。
そして洗脳しても、洗脳したときに「これからはフォースと呼んでくれ」って頼んだ。
でもいつのまにか『勇者様』と呼ばれている。
洗脳しても、結局俺のことを「フォース」として見てくれる女は少なかった。
フォースという人間ではなく、勇者という人間に魅了されるのだろうか?
それが第二の「欠陥」だ。
俺が「良い女」だと思わなくなった女に関しては勝手に洗脳が解ける。
そして「俺」の能力ではなく、あくまでも「勇者」の能力であること。
決してこの洗脳能力も万能ではなかった・・・。
***********
世界を救いながらこういうことをしていると神父が文句を言ってきた。
神父は俺が捨てた女を支援しているらしい。ご苦労なこった。
―『洗脳スキルを使うのはおやめください』
だが俺は拒否をした。「見捨ててもいいんだぜ」と。
欠陥があるとはいえ、この能力はいいものだ。
夫がいようと恋人がいようと俺が良いと思った女は俺を好きになる。
清楚で男の一歩後ろを歩いてそうな女。
強気だけど彼を一途に想う幼馴染の女。
新婚ホヤホヤでスタイル抜群の女。
一途に恋人を愛する田舎の村の女。
そして俺のになった女の「元恋人」の挙動を見るのも最高だった。
勇者である俺に殴りかかり、返り討ちに会う男。
悔しそうな目で俺を見るが、お前とは生きている階級が違うことを教えることができる。
殴りかかることもせず、地面の土を悔しそうに握る何もしない男。
これはムカつく。返り討ちにできない。
それにあの時の俺の姿とも被る・・・・。
プロポーズした場所で決別される男。
俺が風でアシストしたこともあるが・・・。あれは傑作だったな。
俺は命がけで世界を魔物から救っている。
ちょっとくらい褒美があってもいいだろう?
・・・そうだ。俺は命がけで世界を救う勇者フォースだ。
フォースという名は永遠に語り継がれるべき名前だ。
なのに、俺は・・・。
『悔しいか?』
何かが俺の脳内に語り掛けてくる
『都合の良いときだけ「勇者」を頼り、悪くなったら見捨てた人類を見返したくないか。』
そうだ。俺は見捨てられた。
人類の希望「勇者」である俺を。
「勇者」の俺を脱出魔法に加えず見捨てたあいつら。
『見返したいなら我を受け入れよ。勇者「フォース」よ。』
―『勇者様、素敵です。』
―『勇者様、ありがとうございます。』
―『勇者様、流石です』
―『勇者様』
勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様。
俺は勇者である前にフォースという人間だ!
あれだけ頼られた。
けど見捨てられた。
見返したい。
『我は魔王。魔王と勇者が手を組んだら、世界を正しく導けるとおもわんか?』
魔族の王である魔王。
人族の頂点である勇者。
俺らは戦う運命にあった。だがもし手を組んだら・・・。
俺はこの世界を支配することができる。
「ああいいぜ。」
俺は脳内に語り掛ける魔王の言葉を受け入れた。
洗脳能力で好き放題したのは下衆ですが、彼自身も『勇者』という名前に振り回された人間なのかもしれません。
ジュリアたちが勇者のことを話題に出すときに決して「フォース」という名前を使いませんでした。(勇者、あの男、クズ等)