8:都合の良い妄想
エレンさんの回想が終わり、ジュリア視点に戻ります。
>謝罪
7話(前の話)で感想を書いてくれた人の感想を誤操作して削除してしまいました。
※感想の返信を書きミスがあったので、削除してから返信を書き直そうと思ったら、誤操作して感想自体を削除してしまうミスを犯しました……
以後気を付けます。
本当に申し訳ありません。
「・・・そして私は身も心も勇者に捧げて、故郷を捨てて、勇者と共に王都に行ったんだ。」
私はもう何も言えなかった。
「どうだ。ジュリア。ひどい話だろ。」
「・・・どうしてエレンさんは前を向いて私たちを勇気づけてくれるのですか?」
自分の中に最愛の夫を死に追いやったという記憶がある。
自分自身だけど、自分の意志ではない。
そんな苦しい記憶があるのに。
どうして、エレンさん。
「・・・どこを向いたってディーンはいないから。もう私はどこを向いているかわからないんだ・・・なあジュリア、『前』ってどっちなんだ」
答えに詰まる。
彼女にとっての『前』って何?
ディーンさんを取り戻すこと?
ディーンさんを忘れること?
「ジュリアは最愛の人は生きている。だからどんな結末になったとしても向き合ってほしい。
私はもう向き合うことすらできないんだからな・・・。」
エレンさんは遠くを向いて言う。
「私はジュリア、マリア、シオンに勇者の洗脳で失ったものを取り戻してほしいんだと思う。
・・・お前たちが取り戻したとしても、私はディーンを取り戻すことはできないんだけどなんでかな。」
私たちは洗脳されて、たくさんのものを失った。
けど私たちと決定的に違うことがある。
エレンさんは、最愛の人との絆だけじゃなくて命まで失ってしまった。
「エレンさんは勇者が憎いですか?」
「ん?ジュリア?」
「ディーンさんの命を奪った勇者が憎いですか?」
「ディーンの命を奪ったのは勇者ではない、私だ。」
そんなの間違っている。
「それは違います。洗脳されたから」
「洗脳されていたとはいえ、私が奪ったことに間違いないんだ!」
エレンさんは大声を出して私の言葉を遮った。
あまりの声の大きさと迫力に思わず怯む。
それでも私はエレンさんの肩を掴んで言った。
「けど洗脳されてなかったら、そんなことをしますか」
「それは・・・」
しない。
洗脳なんてものがなかったら、私たちは最愛の人は傷つけない。
あの男さえいなかったら、きっと今ごろ私はスザクと幸せに過ごしている。
「・・・私は勇者が憎い。魅了状態にした勇者が憎い。ディーンの命を奪わせるように仕向けた勇者が憎い。正直に言うと殺したいくらいにな。」
「私もですエレンさん。できるなら復讐したいです。」
でも「復讐」なんて無理だ。
一村娘には強大過ぎる相手だ。そんなことはわかっている。
それにスザクたちからしてみれば、洗脳されていようとも私が「加害者」であることは変わらない。
洗脳されてました、魅了状態でした、そんなの言い訳に過ぎない。
「覆水盆に返らず」って言葉もある。そんなことはわかっている。
でも私たち二人は現実から目を背けて語り合った。
もし、勇者に復讐するとしたら、どんなことをするか。
もし、最愛の人に許してもらえたら、何をするか。
もし、勇者が私たちの前に現れなかったら、どうなっていたか。
もしもの話なんて無意味だ。
結局は妄想に過ぎない。
でも今は現実から目を背けてもいいですか?
村娘が勇者に復讐したことを妄想してもいいですか?
私にとって都合の良い未来しかこないことを妄想していいですか?
お盆に水が返ったことを妄想してもいいですか?
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エレンさんの故郷の街に馬車はついた。
「エレンさん、まさか私の村の一番近いボウカーの街の出身だったなんて」
「ん?ジュリアはモック村の出身なのか?」
「そうです。」
「じゃあ会おうと思えば頑張れば会える距離なのか。何かあったら相談こいよ。」
「ありがとうございます。エレンさん」
心強いけど、一人で頑張るんだ。
「じゃあな。ジュリア」
こうして私はエレンさんと別れて、モック村へと向かう。
道中は拒絶される不安と、許してもらえるという期待感で気持ちは彷徨った。
どうしても不安に押しつぶされそうになった時は「盆に水が返る」という私にとっての都合の良い妄想した。
何度、不安と期待感の間で、気持ちが彷徨っただろう。
・・・ついに故郷が見えてきた。