73:笑顔
『ジュリア。話があるんだ。』
スザクが言った。
『僕は・・・ティアさん、いやティアと結婚する』
『えっ!?』
彼は何を言っているの?
・・・ティアと結婚するって。
・・・いやだよ。
『ティアは僕が王都に来たときからずっと支えてくれた。』
王都に行っても、離れ離れになっても私と一緒に成長しようって。
『そして剣術でお互いを高めあうことができる。』
いやだ、いやだ、いやだ。
『隣にいてほしいと思った人なんだ。』
私だって魔法ができるよ・・・。
いやだいやだいやだいやだいやだいやだ
『それに・・・』
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ
『ティアは「勇者」が関わってない。』
ゆう、しゃ
あいつのせいであいつのせいで。
私の心の支えが・・・。
手の届かないところに行ってしまう。
『だからごめん。』
『あ、あ、スザク・・・。』
彼を手放したくない。
けれど私はどうしたらいいのかわからず、彼の名前を惨めに呟く。
『すまない、ジュリア。』
『ティア!』
彼の隣にいるティアが私に謝る。
『仲間のお前を悲しませたくない。』
そうだよね。
ティアは頼りになって優しいお姉さんだ。
仲間の私を悲しませるようなことを・・・。
『でも私は自分の気持ちに素直になりたい。』
やめて、やめて・・・・。
『だから、すまない・・・。』
やめて、いやだ。
私も一緒にいたい。
・・・正妻じゃなくても・・・。
スザクは魔王を倒した英雄だ、もう一人妻がいても良い立場だ。
『あのね、スザク。私を・・・』
でもそれは彼は望むこと?
彼は私と一緒にいるよりもティアと共に生きることを選んだ。
そこに私は必要なの?
むしろ『洗脳』の記憶がよみがえるから邪魔な存在なのでは。
・・・魔王を一緒に倒して、過去を乗り越えれば、スザクと共に生きていけると勝手に思い込んでいた。
大きなことを二人で成し遂げれば、将来を誓い合って共に生きていける。
というよくある物語の「幻想」を勝手に信じていた。
・・・彼はちゃんと私と向き合ってくれた。
洗脳されていたとはいえ、勇者と一緒に自分を傷つけた私に・・・。
『どうしたの?何か言いかけてたけど・・・』
彼は新しい一歩を踏み出した。
その隣にいるのが私でなくても・・・。
『あのね、スザク。私と・・・』
精一杯の笑顔を作って・・・。
『私と向き合ってくれてありがとう。』
これが私から彼への最後の「ありがとう」
洗脳された私と向き合ってくれた。その結果、彼が新しい一歩を踏み出すのであれば・・・。
私は背中を押したい。
笑顔で彼を応援したい。
これが彼との最後の会話になるのかもしれない。
・・・きっとこれが彼と私の最後の思い出。
彼の記憶に残る最後の私の顔はね・・・。
せめて『笑顔』であって欲しいの・・・。
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「・・っ!ここは・・・」
なんだが長い夢をみていた気がする・・・。
「目覚めたか!ジュリア!」
ティアが凄い勢いで抱き着いてきた。
「私は、私は、幻想にまどわされて、幻想の中でおまえを・・・おまえを・・・。」
「ティア?」
彼女は何を言っているのだろうか?
幻想?
私が見ていた長い夢って・・・・。
「大丈夫か、涙が出ているぞ。」
「えっ!?」
涙?
私は泣いてなんか・・・。
ティアは優しく私の頬に手を添えて、頬を伝う水を拭き取った。
「でももう大丈夫だぞ。」
・・・何故涙を流していたのかは、よくわからない。
けれど私はティアの言葉を聞いて、そして優しく抱き締めてくれて、ものすごく安心していた。
『ふふふふ』
あの『声』がどこからか聞こえる。
「・・・本当に質が悪いわね!」
その『声』に向かってクレアは叫んだ。
でも彼女の叫び声は心なしか、わずかに震えている。
「勇者の『幻影』、そしてこんな『幻想』を見せるくらいなら、正々堂々と立ち向かってきたらどうなの!」
怒りの感情に加え、きっとクレアも『幻想』を見せられて動揺している。
それが声の震えに現れているのだろうと思った。
『正々堂々?』
そうだ、そんな精神を揺さぶる方法ではなく、正面から正々堂々と・・・。
『わらわは正々堂々と女神の試練を与えているのじゃがな』
塔の1階層で見た石板に書いてあった女神の試練。
「試練?こんな心を揺さぶる幻を見せることがか?」
ティアの言う通りだ。
試練はもっと戦ったり、頭を使って謎を解いたりするものだと私は思った。
こんな心や感情を揺さぶるやり方はなんて・・・嫌がらせだ。
『おぬしらは読まなかったのかの?』
―『心の強さ、意志の強さで試練に打ち勝て』
『石板に書いてある通り、心の強さと意志の強さで「幻影」や「幻想」の幻に惑わされないか試しておったぞよ。』
私が見せられた幻は、私にとって都合の良い妄想。
そして・・・スザクが私でない女性と共に歩むことを決めたときの私にとってつらい幻。
でも私はその幻を振り払った。
クレアもティアも目覚めているということはきっと乗り越えたんだ。
・・・シオンは?
『まあまだ弓の女子はまだ目覚めないようじゃがの。』
「シオン、シオン」
私はシオンの身体を揺する。
『無駄じゃ無駄じゃ』
声は煽ってくる。
「姿を見せて正々堂々と私と戦いなさい!」
クレアが声に向かって叫ぶ。
『さっきも言ったはずじゃ。正々堂々と女神の試練を与えていると・・・。』
「くっ!」
『その女子は「幻」を乗り越えて目覚めることができるかの』
シオン・・・お願い・・・この試練を乗り越えて・・・。
次回はシオン視点となります。