70:蒸発
引き続きスザク視点です。
少し長めです。
「俺とシオンは仲良くやっていた。ずっと一緒に入れたらいいね、とかも言っていたな。」
ラフェールとシオンさんは勇者が来なかったからきっと深い絆で結ばれていただろう。
それに身体の関係もあった・・・らしい。
僕には刺激が強い話だ。
そういう行為をしていたということは、お互いに一緒になる覚悟はあったんだろう。
「・・・だからシオンが俺を捨てて、勇者に媚びる姿は嘘だと思った。」
小さいころから一緒に過ごしている。
それがたったの一日、いや一瞬で崩壊し、豹変した。
それを現実として本当に起こっていることだということを受け入れるのは、頭が追い付かなかった。
「でも現実だった。」
洗脳という理由があったとはいえ、あの時の光景は間違いなく現実だった。
けれど当時は現実だとは思えなかった。
いや、思いたくなかった。
僕と彼女のこれまでが勇者によって一瞬で『蒸発』したなんて思いたくなかった。
「俺は勇者に殴りかかった。だが、返り討ちにされた。」
僕も勇者に見せつけられた・・・。
けどラフェールのように殴りかかることすらできなかった。ただただ悔しさを抑えるために地面の土を握りしめることしかできなかった。
・・・あの時の屈辱は忘れることはできない。
「シオンは勇者に連れていかれた。俺は二人を激しく恨んだよ。」
僕も勇者を恨んだ。
・・・復讐する妄想もした。
「だから俺は強くなろうと思った。」
それは勇者を倒すためなのだろうか?
それとも僕のように一種の現実逃避だったのだろうか?
「勇者を暗殺するために、な。」
「暗殺!」
ビックリして僕は思わず声を上げた。
なんで暗殺なんて・・・。
「正攻法で殺ろうとしても、殴りかかったときのように返り討ちにされる。」
逞しい体つきをしている彼は、初めてみたとき近接戦闘系の武器の使い手だと思った。
だが実際は遠距離系の武器の使い手だった。
きっと勇者を暗殺するために・・・。
「だから俺はクロスボウという遠距離攻撃する技を磨いた。そして気配に関するスキルも習得した。」
・・・遠距離攻撃する術を磨いた。
僕とは違う。
やり方は過激かもしれないが、目的が明確で、その目的を達成するために何が有効か分析して、何が必要か自分で考えて、意味のある努力している。
「・・・お前もスザクと同じように、彼女を取り戻すために強くなる努力をしたんだな。」
ルギウスが言った。
・・・違う。
僕よりハッキリとした理由があって、彼は強くなろうとした。
彼は「勇者を暗殺」するために・・・。
僕は「現実逃避」するために・・・。
「いや、俺は彼女を取り戻すためではなく、純粋に勇者を暗殺するために強くなろうとしたんだ。」
「・・・取り戻すために勇者を暗殺するのではないのですか?」
僕はラフェールに聞いた。
僕は勇者よりも強くなれば、彼女が戻ってくると思っていた。
彼は勇者を暗殺することで彼女を取り戻すのではないのだろうか?
やり方は過激であるが、僕より明確な方法だ。
「・・・さっきも言ったが、俺は『二人』を恨んでいた。」
彼はシオンさんのことも恨んでいたということ・・・なのか・・・。
「勇者を暗殺するのは、零れた水を『蒸発』させるためのただの『自己満足』な行動だな。」
「か、過激ですね・・・」
僕はそんな思いきったことはできない。
きっと彼はシオンさんとのこれまでを『蒸発』させることで、前を向こうとしたのかなと思った。
「ああ、確かに過激だ。」と僕の言葉にラフェールは反応した。
「だが、ここからはスザクにとっては『刺激』の強い話になるが、大丈夫か?」
「だ、大丈夫です。」
僕は彼の質問の意図がわからず、反射的に大丈夫と言ってしまった。
「俺はクロスボウの技を磨くと同時に、言い寄ってきた女性たちを抱いた。」
「だい・・・った?」
「ああ、あの事を忘れるためにな。」
・・・確かにラフェールは逞しい体つきをしている。きっと女性にモテるのだろう。
僕は動揺しながら分析した。
「零れた水の代わりの新たな水を求めるように、抱いた・・・。」
ラフェールは小さく呟いた。
彼は言い寄る女性を抱くことで、『現実逃避』をしたのだろうか。
「そんなある日、王都から神官がやってきた。」
―『シオンさんは勇者から洗脳されてました。』
―『彼女がやっていたことは自分の意志は関係ありません。』
―『勇者は気に入った女性を洗脳に自分のものにします。』
―『本当に申し訳ありません。』
「その神官から真実を聞かされたとき、俺は『勇者』と同じだなと思った。」
「同じなわけ・・・」
「同じだ。」
ラフェールが勇者と同じ。
僕はそんなわけないと否定するために言葉を挟もうとしたが、彼がそれを許さなかった。
「同じだ。水を失って、乾いた自分を潤すという欲望のために女性を抱いた。」
勇者は洗脳という手段で女性を魅了して・・・。
彼はシオンさんを忘れるため・・・。
経緯は違う。
けれど自分のために『女性を抱いた』と考えるのであれば、同じなのかもしれない。
「そして王都から彼女が帰ってきた。」
シオンさんもきっと自分のやったことを許してもらえるか、という不安を抱えながら、勇気を出して帰ってきたのだと思う。
「だが俺は彼女から逃げた。」
・・・僕もジュリアから逃げた。
彼女は勇気を出して故郷に帰ってきてくれた。
そして僕との距離を詰めようと努力していた。
僕と一緒に森を調査するために、村長さんと魔法の修行をしてくれた。
そんな彼女の姿を見ていたのに、僕はジュリアから逃げた。
ティアさんからスカウトされて、王都で冒険者として成長しさらに強くなろうと思った。
これも王都に行くことで「彼女から逃げる」ってことだったのかもしれない。
・・・いや僕は卑怯だ。
もしかしたら彼女は僕のことを追って王都に来てくれるかもしれない。
そうやって彼女を心のどこかで試していたんだ。
「彼女を見ると勇者に媚びる姿を思い出した。」
僕もだ。
彼女が戻ってくるという願いが叶ったはずなのに・・・。
いざ彼女と向き合うと嫌な過去が思い出される。
一緒にいたいのに、顔が見れない。
戻ってきてほしいと願ったはずなのに、いざ戻ってきた彼女を見て『勇者』を思い出してしまう自分が嫌だった。
むしろトラウマよりも、『勇者』を思い出して逃げ続ける自分の方が嫌だったかもしれない・・・。
「・・・それよりも目を背けたいことがあった。」
「えっ。」
「彼女は洗脳されていた、だが俺は自分の意志で彼女以外の女性を抱いた。そのことだ。」
洗脳されたということはそれは自分の意志ではない。
けれど彼は自分の意志で他の女性を抱いた。
「・・・俺は『蒸発』させようとした相手とどう向き合えばいいかわからなかった。」
―『もう俺に近づかないでくれ。』
―『洗脳されていたの。魅了状態だったの。なんでわかってくれないの!』
「そうしているうちに彼女は王都に旅立って行った。」
シオンさんはラフェールとの絆を取り戻せず、その現実から逃げるように、王都に行ったのだろう。
「旅立った後、俺は自分が突き放した彼女を追おうした。我ながら未練たらたらだな。」
ラフェールは自嘲した。
「だが王都には『勇者』がいる。・・・俺は最悪なことを想定した。」
彼女が冒険者として王都に来たと知った時、どうか勇者と蜂合わせないでくれと願った。
「彼女がまた勇者に洗脳されて、魅了状態にされてしまうこと。そしてその状態で俺と再会することだ・・・。」
ラフェールと同じことを僕も恐れたからだ。
その頃はティアさんと一緒にギルドの討伐依頼を積極的に受け続けていたから、ジュリアと会うことはなかったけども・・・。
今思い返すと討伐依頼をたくさんこなすことで、彼女から逃げ続けていたのかなと思う。
ティアさんも僕と一緒にたくさんの討伐依頼を受け続けた疲れがあったのか、ポイズントードの毒に侵されてしまったこともあった。
まさかティアさんがポイズントード程度に不覚を取るなんて思ってなかったから、あの時はかなり慌てたけど・・・。
「そんなとき女神の塔の話を思い出した。そこで手に入る女神のペンダントは洗脳や様々な魔法効果を防ぐらしい。だからそれを手に入れてから王都に行った彼女を追いかけることにした。」
王都で洗脳された彼女をまた見たくない。
それを防ぐために彼は藁にも縋る思いで、ここに来たんだ。
僕もそのペンダントの存在を知っていたら、彼と同じ行動をしていたかもしれない。
もうジュリアが洗脳される姿なんて見たくない・・・。
「まあ、結局は君たちが来るまで塔にたどり着くことはできなかったし、君たちがシオンも連れてきてくれたんだけどね。」
「・・・一つ聞きたい。」
しばらく黙っていたルギウスが口を開いた。
「なんだい。」
「俺たちとの『初対面』の時に、なぜシオンに気づかなかった。」
・・・それは僕も疑問に思っていた。
彼女を取り戻すために色々努力したラフェール。
念願の彼女が目の前にいるんだ。
いち早く気づいてもおかしくない。
「それはな、彼女がここにいるわけないという思い込みのせいだな。」
彼とシオンさんは、あの時が久々の再会だ。
ドニーの村という辺境の村に、王都に行ったはずのシオンさんが来るとは思わない。
「でも気づいた時には、意外と冷静でしたよね。」
もしも僕が彼の立場だったら凄く動揺していたと思う。
―『もしかしてジュリア。久しぶり』
―『どうしてここに!?』
―『今何をしているの?』
多分、一方的に質問責めしていたと思う。
「僕もシオンだって気づいた時に、正直動揺したり、感情がもっと出るのかなと思ったんだけど・・・」
ラフェールは目をつぶりながら・・・。
「なんというかスッキリしたんだよな。」
彼はゆっくりと目を開けた。
「俺も彼女もそれぞれでしっかり生きている。・・・無理に元に戻る必要はないかなって思ったんだ。」
二度もすれ違ったラフェールとシオンさん。
離れ離れになる期間が長すぎたのかもしれない。
時間が経つことで気持ちの整理がついた。
ということなのだろうか・・・。
僕にはあまり想像がつかなかった。
「・・・ありがとな聞いてくれて。俺も吐き出せてスッキリした。」
*********
「まだまだ彼女たちは戻ってきなさそうだな。」
結構、時間が経ったと思う。
でも戻ってくる気配がない。
「まあ少々時間がかかっているだけだろう。クレアがいるから問題ない。」
「ここまま待っているのもあれだ。俺の暗い話を聞いてくれたお礼に楽しい話をしよう。」
ラフェールはそう言うとニヤリと僕を見る。
「スザクとジュリアさんの初めてが上手く行くように俺が色々教えてやろう。」
「だな。お前は奥手すぎる。仮にも俺を従えているというのに情けない・・・。」
ルギウスまで乗ってきた。「奥手」とか「従う」とか全く関係ないと思うけど・・・。
「えっ、いやいい・・・」
「「遠慮するな」」
彼らの話は僕にとって刺激が強すぎるから・・・。
でも話を聞かないという選択肢は僕には残されてなかった。
スザク視点終わりです。
次からはジュリア視点へと戻ります。
実はスザク視点とジュリア視点を交互に話を進めていこうかと思いましたが、ぐちゃぐちゃになりそうだったので、スザク視点→ジュリア視点としっかり分けることにしました。