61:偶然
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「あの程度の勇者が資質だけでファントムを倒したとは思えない。ジュリアがいう神父の言ったことが嘘だという可能性はないのか?」
「それはないな。私はギルドの仕事でその場にいたわけじゃないが・・・。帰ってきたらギルドの仲間や冒険者、街の人たちも声をそろえて言っていた。」
―『騎士団を圧倒した魔物を勇者様が倒した。』
「神父含めてみんなが言っているだから、本当の事なんだと思うぞ」
「じゃあ、どういうことなんだ?」
ティアの言葉にルギウスさんが頭を抱える。
「・・・考えても仕方ないよ。さあ早く準備の続きをしましょう。」
皆で勇者の違和感について話している最中もしっかり準備を続けていたスザク。
もうテントができている。
「だな。なんか変なことを聞いてしまったな。」
でも私はまだモヤモヤする。
―『あの勇者は強いが最強ではない。』
さっきのルギウスさんの言葉。
魔王に洗脳された剣聖や賢者に簡単に倒された事実。
実際に勇者パーティと戦ったクレアの言葉。
・・・そして私たちは勇者が実際に戦っている姿をハッキリと見たことが無い。
「魔王が人類に対して『勇者は最強だ』と思わせた。」
勇者の強さ、それが魔王の『幻影』であるファントムが作り出した『幻影』なのだとしたら。
そのファントムを通じて勇者が『あの能力』を手に入れていたのではないか。
「ジュリア・・・?」
「え、スザク?」
彼の言葉で私はハッとする。
考え込んでいたからボーっとしているように見えたのだろうか?
「『勇者は最強だ』と思わせた。って・・・」
えっ!?
無意識に考えていたことを口に出してしまった?
「なるほど、魔王がそう仕向けたってことか・・・」
「確かにあいつなら考えそうなことね。昔から頭は回るからね。」
ルギウスさんとクレアが会話をする。
「ジュリアよ」
「は、はい。」
突然、ルギウスさんに名前を呼ばれてビックリしたように返事をしてしまった。
「お前の考えを聞かせてくれないか?」
「わ、わかりました。証拠もない、私の推察ですが・・・」
「構わない」
私はふうと息を吐く。
「ファントムは勇者にわざと負けたんだと思います。」
私が唐突に突拍子もないことを言ったからだろうか。
少し沈黙が続く。
「・・・続けてくれ」
ルギウスさんが言った。
誰も反応がない時間はとても長く感じたから、彼が反応してくれて安心する。
「騎士団を壊滅させて勇者がファントムを相手する状況を作ります。その状況で騎士団を壊滅したファントムを勇者が倒したら、誰もが彼を最強の救世主、勇者だと思いますよね。」
「だがそんな八百長みたいな戦いをしていたら、流石に誰か気づきそうなものだが・・・」
ティアが言った。
「ファントムと勇者が対峙したときに、ファントムが気づかれないように勇者に力を与えて、自分を倒されるようにしていたんだと思います。」
勇者は確かに自分の力で倒した。
魔王の『幻影』、ファントムによって与えられた力によって。
「・・・仮にファントムがわざと負けるように力を与えたとして、なぜ『ファントムが勇者に力を与えた』ってジュリアは考えたの?」
シオンが私に問う。
私は覚悟を決めるために息を吸う。
そんなことは思いたくないけど
自分の考えを伝えないと・・・。
「『洗脳』です。」
「えっ!?」
シオンが絶望的な表情をする。
私たちの大切なものを壊した悪魔の能力。
私もこんなことは考えたくない。
けれども・・・
「魔王も勇者も同じ洗脳の能力を持っていた。これは偶然なのって思ったの・・・。」
「・・・つまり勇者の洗脳能力は魔王がファントムを通じて『与えた』ってこと?」
クレアが静かに言った。その声色は思わず息を飲む迫力だった。
「・・・確証はないです。でも私は同じ能力を持つことが偶然とは思えないんです。」
そんなの偶然だ。といえばそれで片付くことかもしれない。
実際にそれを証明するものもない。
でも私はどうしてもそうは思えない。
私が突拍子もないことを言ってしまったからだろうか沈黙が続く。
「・・・ジュリアの言う通り、それなら確かに人類に勇者は最強だと思わせることができるね。魔王の間では『幻影』を通じて与えた力を魔王が回収し、勇者が弱体化したからあっさりやられた。そして魔王と同じ洗脳の能力が使えたことも・・・。」
沈黙を破るようにスザクは言った。
「だが魔王がなぜファントムを通じてこんなことをしたのかわからないな。」
「勇者に洗脳能力を与えて、私を洗脳状態にしようなんて考えていたんじゃないかしら。」
ルギウスさんの問いに衝撃的なことを言ったのはクレアだった。
「魔王、あなたより弱いことを気にしていたみたいだし、そういった嫉妬心を持っていてもおかしくないわね。」
ルギウスさんも私たちもなんて言葉を返せばわからず口を閉じてしまう。
もしこれが本当だったら、クレアは魔王の嫉妬心と勇者の欲望によって洗脳されてしまったことになる。
そんな理不尽なことがあっていいのだろうか。
「冗談よ。流石の魔王もそんな小さなことを気にするようなやつじゃないわ。仮にも王だしね。」
変なことを言ってごめんなさい。とクレアは謝った。
「・・・ジュリアの説は一理があるが、理由が同じ洗脳能力を持っているのが偶然と思えないから。ってだけだと、本当に偶然、同じ能力を持っていたで片付けることもできるから説としては弱いな・・・。この説は推察の域を出ないな。」
ルギウスさんの言う通り、私の仮説を確証とするものはなにもない。
ファントムが騎士団を壊滅させたけど想定以上に体力を消耗していた。
その消耗していたところを、勇者が倒したのかもしれない。
魔王と勇者が同じ洗脳の能力を持っている。
ただの偶然かもしれない。
それに魅了状態の『性質』も違っていた。
魔王が私たち人類に対して『勇者は最強だ』と思わせた。勇者の強さは魔王が作った『幻影』だ。
・・・という私の考えが『幻影』なのかもしれない。
ルギウスさんの言う通り、なにも証拠はない。
「だが俺が考えてなかった視点での推察だった。・・・魔王と戦うときにやつに吐かせてやる。」
騎士団を壊滅したファントムが、来たばかりの勇者にやられたこと。
最強だと思っていた勇者が、実際に戦った魔族からはそうは映らなかったこと。
魔王の間であっさりと倒されたこと。
魔王と勇者が、魅了状態の性質が異なるとはいえ、異性を洗脳する同じ能力を持っていること。
勇者は本当に『最強』だったのか。
洗脳・魅了状態と好き放題しても許されるほどの『強さ』だったのか。
もしそうでないならば・・・。
その程度の勇者に私たちの大切なものが壊されたというのだろうか。
「この話はこれで終わりだよ。」
スザクがパンパンと手を叩きながら言う。
「テントも準備できましたし、明日に備えて今日は休みましょう。」
「そうだな。言い出した俺が言うのもあれだがこの話は一旦忘れてくれ。」
「今は女神のペンダントを手に入れる。そのことに集中しましょう。」
女神のペンダントを手に入れて、スザクと隣で魔王と戦う。
今はそのことだけに集中するんだ。




