55:八つ当たり
「どういうこと?ルギウス」
クレアが冷たい声で問う。
勇者は敵。私たちを洗脳して滅茶苦茶にした敵。
まさにこの事態の元凶。
ルギウスさんにとっても、大切な人を弄んだ敵であるはず。
なのに彼はその敵が帰ってきてないことを問題視している。
「あの男は私を洗脳した敵よ。」
「・・・確かにそうだ。だが、人族にとっての希望でもある。」
私たちにとっては憎い存在でも、洗脳や魅了に関係ない人にとっては魔王の脅威から守る希望。
「その人族の希望を魔王は有効に利用するだろう。・・・俺もやつが憎いが、魔王側の駒を増やさないためにも、帰ってこさせたかった。」
「確かにそうだねー。」
ルギウスさんの言葉に反応したのはドレークさんだった。
「王都も最初はお祭り騒ぎだったけど、最近は勇者がなかなか帰ってこないことに不安視する人も増えたね・・・。」
そんな・・・。
でもあの時、勇者を助けることを「願う」なんて・・・
無理だ・・・。
「あっ、ジュリアくんを攻めているわけじゃないよ。君が勇者を助けるっていうのは酷だと思うよ。」
「だがあの魔王だ。もしかしたら勇者を駒とするかもしれない。」
ルギウスさんの言ったことに思わず、膝をつく。
私が勇者を助けることを願わなかったから、魔王の脅威が大きくなったの?
「ジュリア」
スザクが駆け寄る。
「ルギウス・・・」
「すまない。ただ勇者が相手の駒としてあることでな・・・」
ルギウスさんが一呼吸を突く。
そして意を決して言った。
「クレア達を戦いに参加させることはできなくなった。」
え?
彼はいまなんて・・・
「どういうことよ。」
クレアが声を張り上げる。
「どうして私たちが参加できないのよ。」
「勇者が魔王側の敵としている可能性がある。つまりな・・・」
私は理解した。
またあの能力によって・・・。
「勇者が魔王と手を組んでいる場合、お前たちが勇者に洗脳されて魔王の駒にされる可能性がある。」
「そ、それは・・・」
クレアは言葉に詰まる。
そんなことはないって反論したい。
けど私は洗脳にかかっていたから、そんなことは言えない。
「だが、私たちは魔王の洗脳が効かなかった。」
ティアが言った。
「勇者の洗脳は『勇者自身が良いと思った女性』にしか効かないのだろう?なら・・・」
「ティアくん、わかってないね。」
ティアの言葉にドレークさんが口をはさんだ。
「勇者が魔王によって洗脳されてたとしたら、君たちを『良いと思わせる』ように手を打つかもしれない。そうしたら、君たちは『勇者』にまた魅了状態にさせられるよ。」
魅了状態となる。
そんなのは絶対に嫌。
「勇者があちら側にいる以上、女性を魔王討伐に向かわせるのは今の状態じゃ無理だね。それに・・・。」
ドレークさんはティアに少し厳しい目線を向ける。
「僕もティアくんが魔王の洗脳能力の対策をしているか、確認するべきだった。」
「えっ」
「ティアくんに任せきりになってしまった・・・。それでもしっかりとした対策があったのか、君に確認を怠ったのは上司の立場である僕のミスだ。」
「うっ、それは・・・。」
ティアはドレークさんから目をそらした。
その目からは何故か後ろめたさを感じる・・・。
「・・・洗脳対策がない以上、女性陣の魔王討伐へ行くことは無理だね。」
「ドレークの言う通りってことだ。」
わかっている。
わかっているけど・・・。
納得できないよ。
「だから今回の魔王の討伐は、俺とスザク。・・・そして勇気ある男の冒険者を募るしかないだろう・・・」
「うーん、それも厳しいだろうねー」
今度はルギウスさんの言葉にドレークさんは口をはさむ。
「なっ、どういうことだ?」
「魔王討伐の冒険者を募るということは、勇者が魔王討伐に失敗したということ。『失敗した』ということが広まったら、この王都は混乱して『冒険者を募る』どころではなくなるだろうね。」
「うっ、確かにそうかもしれないが・・・」
「それに君は魔族だ。」
ドレークさんは声色を強くして言った。
「それなりに立場がある僕やティアくんが君とクレアのことを味方だってことを言えば、魔族とはいえ迫害されることはないだろう。だけどね、魔族に対して敏感な状態である以上、僕たちの見えないところで何をされるかはわからない。」
ドレークさんは悲しい声で続ける。
「君たちの強さなら何かされたところで問題ないけどね。人は魔王という不安が本当に取り除かれたのかという不安のストレスを発散するために、魔王と同じ魔族である君たちに謂わば八つ当たりのような正義感をぶつけてくるかもしれない。そう、『魔族』というだけでね・・・。」
―『魔族がいるから魔王は滅びないんだ』
―『同じ魔族なんだ。責任をとれ』
―『人と同じ生活をしたいのなら魔王を倒して来いよ』
私たちはルギウスさんたちが魔王と決別したことを知っている。
でも何も事情を知らない人達にこういうことを言われる・・・。
「そんな八つ当たりなど気にしない。もし手を出して来たら自己防衛すればいいだろう。」
「自己防衛・・・。それは自分を守るために八つ当たりしてきたものに対して『攻撃』をするってことかい?」
「そうだ・・・」
「そうするともっと自分の首を絞めることになるね。」
―『やっぱり魔族は凶暴だ。俺に攻撃してきた』
「自分たちが先に攻撃してきたことをなかったように、魔族である君が攻撃したことを強調する。そして自分は悪くないと我先に主張する、そういう人間もいるんだ。」
「それは・・・俺が魔族だからか・・・」
「こういうことは同じ人同士でもたまに起こることだけど、魔族だからという理由で起こる可能性は格段に高くなるね。」
淡々とドレークさんは続ける。
「種族の壁は厚く大きいんだ。それを超えたスザクくんとティアくんは凄いんだけどね。でも『魔族』と共に魔王討伐に参加する冒険者は数少ないだろうね。」
「くっ・・・」
ルギウスさんが唇をかみしめる。
「だから事情を知っているティアくんやクレアくんたちが、魔王討伐に参戦してくれるのが一番ありがたいんだけどねー。」
勇者を魔王の元に置いてしまったのは私。
魔王討伐に参戦したい。
でもその勇者が魔王の配下として、私をまた洗脳したら・・・。
勇者、魔王と共にスザクに牙を向けることになる。
そんなのは嫌。
でも彼の隣で戦えないのも嫌。
でも、そうなる状況を作りだしたその要因となったのは・・・
勇者を魔王の元に置いてしまった私・・・