53:元に戻るということ
クレアが私たちにしてきた問い。
「私とルギウスって本当に元の関係に戻れると思う?」
ルギウスさんはクレアを取り戻すためにスザクやティアに、
自分とは異なる種族が違う人間たちに協力を求めた。
「ルギウスはクレアを取り戻すために、私とスザクに協力を求めた。種族が違う人間に助けを求めるくらいに必死にだったんだ。きっと戻れるさ」
ティアが私の思ったことを言ってくれた。
「彼ね。私が目覚めたときにすごく喜んでくれたけど・・・」
―『良かった、本当に良かった』
―『勇気ある人間が協力してくれたから助けることができたんだ』
―『ただ、俺の詰めが甘く、魔王に不覚をとった』
―『協力してくれた人間に恩を返すんだ』
―『その人間たちを呼んでくる、待っていてくれ』
「そういうと彼はあなたたちを呼んできたわ。私はもっと二人でお話ししたかったんだけど・・・」
そういえばルギウスさんは「クレアがお礼をしたい」って言ったから私たちを呼んできたような・・・。
もしかして彼はまだ心の整理ができてないのかもしれない。
「確かにクレアが女性だけで話したいと言ったときもあっさり引き下がったよな・・・。」
「ちょっとティア、そんなこといわないの」
「え、あ、わ、悪い」
ティアとシオンのやり取りを聞いて、ルギウスさんはあのときのスザクと同じなのかもと思った。
私も一緒にスザクと南の森の調査をしたいって思って、魔法の修行を村長さんとした。
けれどそれは私の一方的な想いであって彼と私はすれ違った。
「・・・私は勇者パーティと戦いに敗れた。戦いで死ぬのは魔族の四天王として本望だと思っていた。」
確かに魔族は戦いこそ命でそれで死ぬことは厭わない種族
って印象がある。
「けれど最期を悟ったとき、私の頭の中はルギウスのことでいっぱいになった。思わず私は惨めにもルギウスに助けを求めてしまったの。」
―『ルギウス、助けて、ルギウス、助けてよ』
「私の声を聴いた勇者は卑劣な笑みを浮かべて・・・・」
クレアは言葉を詰まらす。
「気づいたら勇者の女になっていた。」
嫌な記憶を思い出す。
勇者が連れてきた女性と会話すると「恋人を捨てて勇者様についてきた」と言う人もいたことを。
恐らくあの男は、他人の女性が「良い」と思うのだろう。そして飽きたりして、自分の「良い」と思う女じゃなくなったら洗脳を解く。
いや、魔王の話を信じるのであれば、正気に戻さざるを得ないってところだろう。
自分が飽きたなって思った女が正気に戻るという『性質』に気づいたんだろう。
私の時は「一年間、ありがとな。」とか上から言っていたが・・・。
今思えば「解かない」といけなかったんだと理解する。
「彼が私のせいで魔王に負けたのはね、今回だけじゃないの・・・」
「えっ」
「一度目は私が『暴走』状態になってしまったから、そして今回はあの男に『洗脳』されたから・・・」
ー『ごめんなさい・・・私のせいで・・・』
ー『俺はクレアがいればそれでいい。お前に比べれば王の座なんてゴミみたいなものだ。』
「今回は洗脳されていたから、きっと許されるものなんだと思っていたけど・・・。ジュリアとシオンの話を聞いて必ずしもそうじゃないことがわかったの。」
私も心の中でそう思っていたこともあった。
勇者に洗脳されて魅了状態となっていた私は姿は私だけど、心の中は私ではない。
だから「許してくれる」じゃなくて「許されるべき」なんだ。
と思うこともあった。
でもそれは違う。
「私はルギウスと元に戻りたいの。どうしたらいいのかしら・・・。」
私たちが勇者に洗脳されたことで傷ついたのは、自分だけではないことを認識しないといけない。
私は意を決して口を開く。
「クレア。傷ついたのは洗脳にかけられた人だけじゃないの。家族、故郷の人たち、そして、大切な人・・・」
そう、自分以外の大切な人も傷ついている。
「私たちが『許されたい』と思って距離を無理に縮めようとしてはダメです。だから絶対に焦っちゃいけないの。」
「・・・焦ってしまった結果が私ね。」
私はまずいと思った。シオンはラフェールさんと・・・。
「そんな顔しないでジュリア。あなたは悪くないわ。悪いのは私」
シオンは私の肩に手をそっと置いて言った。
「・・・それでも過去を乗り越えられたのは、ジュリア達と出会ったからよ。彼女たちには支えてもらったわ。大切な仲間に・・・。」
「そうです。クレアも乗り越えられるように私たちが支えます。エレンさんたちにそうしてもらったように・・・」
エレン、さん?
でも彼女は魔王側に。
マリアさんも魔王によって魅了状態にされて・・・・。
「ジュリア、シオン・・・」
ティアが声を絞り出すように言う。
私とシオンは言葉を出せなくなる。
一緒に乗り越えた仲間は・・・・。
洗脳された。
その現実を思い出してしまい言葉を発することができずにいた。
「・・・・二人とも思いっきり泣きなさい。」
クレアが言った。
「ルギウスのことを聞いてもらったし、今度は私たちに甘えて」
クレアが手を広げて私たちに言う。
今すぐに飛び込みたい。
私たちの大切な仲間が魔王に奪われた。
恋人との関係と時間だけじゃなく、困難を乗り越えさせてくれた仲間も奪われた。
洗脳は私からどれだけのものを奪えば気が済むの?
「うわあああん、クレア、クレア」
シオンに先を行かれてしまった。
「よしよし」と言いながらクレアは優しくシオンを撫でる。
私も、甘えたかったのに・・・・。
「ジュリア、そんな寂しそうにしないで。・・・ほら、ティア」
とクレアはティアのことを指す。
「ほら、お、おいで。ほら、思いっきり泣くんだ」
ぎこちなくティアが手を広げる。
女性としては大きな身体。
包容力がある容姿。
その姿が・・・エレンさんと重なった。
私は突進するようにティアに飛び込む。
彼女はそんな私を受け止めてもビクともしない。
「また私は洗脳によって奪われたの!スザクだけじゃなくて今度は大切な仲間も!」
ティアの胸の中で叫ぶ。彼女は私を優しく撫でる。
「クレアぁ、私、ラフェールと元に戻りたいよぉ。まだ全然吹っ切れてなんかないの。今でも一番好きなの。魔王からの洗脳も彼が守ってくれたのに・・・。でももう壊れちゃったから無理なの。」
シオンもクレアに思いをぶつけている。
きっとシオンもやさしく撫でてもらっている。
ティアとクレアに私たちの思いをたくさんぶつけた。
二人は何も言うわけでもなく受け止めてくれた。
そして、優しく頭を撫でてくれた。
たくさん、たくさん、たくさん泣いた。
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「・・・二人とも眠ってしまったな」
「そうね、二人共若いのにつらい思いをたくさんしているのね・・・」
「・・・クレアだってそうだろう。」
「・・・私はこの娘たちより長い年月を生きているわ。若い娘がつらい思いをしていたら包んであげるのが、年上の役目よ」
「まあ、そうだな。私が上手く包んであげられてるか不安だがな」
「何言ってるの?『ティアお姉さん』ってジュリア言ってたわよ」
「そ、それはそうだが・・・。」
「ティアには想い人はいるの?」
「な、なんだ急に」
「魔王の洗脳にかかってないってことはいるんでしょう?」
「・・・いる。」
「・・・悲しい顔をするのね。」
「・・・このまま私たちも眠ろうかしら・・・」
「ジュリアたちも離れてくれてなさそうだしな。」
「可愛い妹ができたみたいでいいじゃない?」
「嬉しそうだな。」
「あなたもね。それじゃこのまま寝るわね。」
「私もそうする。おやすみ、クレア。」
元に戻りたいと焦りを見せていたクレアに対して、洗脳によって傷ついたのは私たちだけじゃないと諭したジュリア。
少しは成長している姿をみせたと思いきや、また甘えてしまってます。