42:指輪
「マリア、どうしたのマリア」
シオンさんが叫ぶようにマリアさんに問いかける。
シオンさんの問いかけに全く反応せず、マリアさんはそのまま魔王のもとに歩みを進める。
「エリーとシュリ、我のもとに」
勇者に攻撃した女性2人も魔王のもとに歩みを進め始めた。
「なぜだ。なぜ俺を裏切る」
勇者は倒れながら情けなく声を出す。
「俺の洗脳で魅了状態だというのになぜだ!」
「うるさいわね」とシュリは言うと氷の魔法で作った槍を勇者の右腕を床に突きさす。
「ぐああああ」
勇者は哀れに悲鳴をあげる。
「まだ勇者は殺してはならんぞ。」
「大丈夫です、魔王様。これでも手加減はしましたわ。」
私はエレンさんの元に駆け寄る。
「エレンさん、しっかりしてください」
「わたしは、わたしは、ディーン、ジュリア、シオン、マリア」
エレンさんは身を屈めて何かを呟いている。
「その女は抗っているのか」
魔王はエレンさんを見つめる。
「エレンよ。勇者が憎いだろ。愛するものを失ったきっかけの勇者が・・・」
魔王とは思えない優しい声で、エレンさんに語り掛ける。
「や、やめろ。私はその過去にケリをつけにきたんだ。」
「気づいているはずだ。ケリをつけても愛する者は戻ってこないと」
「やめて、くれ、助けて、ディーン・・・」
「エレンさんしっかりして」
魔王の言葉をかき消すように私は叫ぶ。
「ディーン、か。」
パチンと魔王は指を鳴らす。
そして一人の男性が魔王の頭上に現れる。
「ディ、ディーン」
その男性を見て、エレンさんは声を上げる。
「お前の愛するものだろう?」
ニヤリとして魔王は言う。
「そうだ。ディーン、ディーン」
エレンさんはディーンさんに向かって手を伸ばす。
「我がこの者の目を覚まさせてやろうか」
魔王のささやきが響く。
私はまずいと思った。このままではエレンさんも・・・。
「エレンさん、ダメ。聞いてはダメ」
悲鳴をあげるような声を上げて私は叫んだ。
でもそれはエレンさんに届かない。
その男性を一点に見つめている。
「そんなことできるのか・・・。」
「できる」
魔王は答えた。
「でも死んでいるんだから・・・」
「できる」
魔王は答えた。
「ダメ、ダメ、エレンさん」
私の声はただ響くだけ。
「そんなことできるわけないじゃない。」
シオンさんも叫ぶ。
その声もただ響くだけだった。
「やってみせよう。」
シオンさんの言葉に反応した魔王は指を鳴らす。
そして黒い光がディーンさんを包み・・・
「目覚めよ。」
男性が目を開ける。
そしてこちらを見て・・・
「・・・久しぶりだね。エレン」
優しい声が響いた。
「ああ、ディーン。会いたかった。」
「僕もだよ。さあこっちにおいでエレン」
ディーンさんは優しい声で言う。
「ああ」
エレンさんはその声に誘われるようにディーンさんの元に歩みを進める。
「エレンさん」
「エレン」
私とシオンさんは同じタイミングで呼びかける。
でも私たちの声は届かない。
「行ってはダメです。エレンさん」
魔王に剣を向けながらスザクがエレンさんに言った。その声ももちろん届かない。
「エレンさんに何をした・・・」
スザクが口を噛みしめがら声を絞り出す。
「我は『再会』させてやっただけだぞ」
「くっ・・・」
その通り、その通りなんだけど・・・。
「エレンよ。ディーンは魔族として蘇らせた。」
魔王はディーンさんに歩みよるエレンさんに語り掛ける。
「ディーンは魔族だ。彼と共に生きるなら、エレンも魔族になる覚悟があるか?」
エレンさんは歩みを止める。
「わ、わたしは・・・」
そして私たちの方を見る。
「ジュリア、シオン」
私たちの名前を呼ぶ。
「エレンさん」
「エレン」
私たちは必死に呼びかける。
今なら私たちの声が届くかもしれない。
そんなことを思ったが、無慈悲にも優しい声にかき消される。
「エレン。僕に命を与えてくれた魔王様に感謝して僕と共に生きよう。」
エレンさんを行かせてはダメ。
そんなことわかっているけど、かける言葉が見つからない。
なんて言葉をかけたらいいのかわからないよ。
「エレンさん」
私は彼女の名前を惨めに叫ぶしかない。
洗脳から解かれたときも、故郷を帰る勇気を与えてくれた人。
スザクが旅立った王都に行く勇気を与えてくれた人。
戻ってきてほしい。ただそのことを願って。
エレンさんは私を見つめる。
「ジュリア、シオン、わたしの可愛い・・・」
「エレン」
ディーンさんの一言で、エレンさんは彼を見る。
私がどんなに叫ぼうと、愛する者の声には敵わない。
このままでは彼女は・・・。
なんて声をかけたら戻ってくるの?
「エレンさん、その人はディーンさんでは・・・」
『ありません。』
その言葉が出てこない。
あれは魔族として蘇ったディーンさんなんだ。
それにもし私も同じ状況になったら・・・・。
洗脳状態されて、スザクを殺して、彼を魔王によって蘇らせてもらったら私は・・・。
そのことを想像したせいで言葉に発することができなくなっていた。
「エレン・・・」
シオンさんは小声で言いながら、見つめている。
はやく、はやく、はやく・・・
何か声をかけないと・・・・
なんでディーンさんは魔王の元にいるのか?
なんで魔王がエレンさんの愛する人がディーンさんだと知っているのか?
かける言葉を探すために必死に脳を回転させる。そのせいで余計な疑問点が頭の中を駆け巡る。
そんな疑問よりもエレンさんを取り戻す言葉をかけたいのに・・・。
「エレン。新婚生活の続きをしよう。」
ディーンさんは彼女の左手を優しくつかむ。
その薬指に指輪をはめた。
「ああ」
左手の指輪を見つめるエレンさん。
・・・もう彼女に私たちの声は届かない。
指輪を見つめる彼女を見て私は思った。