33:卑怯
スザク視点続きます。
『何だこれは?』
受け取ったティアさんが尋ねる。
『魔界への扉の封印を解く珠だ。壊せば今すぐにでも封印は解かれる。』
彼の言っていることが本当なら魔族にとってかなり重要なものだ。
それを種族の異なる人間の僕たちに渡してもいいのだろうか?
『それを渡したのは俺の「覚悟」だ。』
『どういうことだ。』
するとルギウスは僕の方を向いて言った。
『お前の話を聞いて、俺はクレアと取り戻すために何もしてないことに気づいた。』
彼の場合は、何もしてないではなく、何もさせてもらえない。ではないかと僕は思った。
『でも僕の行動に意味はありませんでした・・・』
確かに何かはしたけど、それが彼女の取り戻すための行動であったのか。果たして意味のある行動であったのか。
ジュリアが戻ってきたのは勇者が洗脳を解いたから。そして彼女自身が戻ってくるという選択をしたから。
僕の行動は結局何も意味がなかった。
『けど「何か」はしただろう。さっきも言ったが俺は何もしていない。』
この言葉を聞いて僕の気持ちは少し楽になっていた。
結果としては何も意味がない行動だったのに、行動したこと自体を肯定してもらっただけで気持ちが楽になっている自分に嫌気がさした。
『俺は絶対にクレアを取り戻す。』
その声は覚悟を決めた声に聞こえた。
少なくとも初めて会ったときの虚ろな様子とは全くの別人だ。
『そのために・・・魔王のところに行ってくる』
『それは無理だ。お前が魔王と手を組んで、こちらに攻め込む準備をする可能性がある』
ルギウスの言ったことに、ティアさんが間一髪入れずに反論した。
魔王と話してくるなんて普通は看過できない。
『魔王は・・・いや魔王「も」洗脳能力を持っている。恐らく洗脳を解く方法も知っているはずだ。クレアが勇者に洗脳されたのはこの映像を証拠として見せる。』
魔王と勇者が同じスキルを持っている?
僕は嫌な予感がした。
果たして「偶然」なのだろうか?
『そ、それだとしても、ダメだ。』
ティアさんは言った。
『だからその珠を渡した。』
というと彼はその珠に魔力を込め始めた。
『今魔力を込めた。その珠を壊せば・・・魔界への扉の封印を解くことができる。そして・・・』
彼は一瞬、目線を下に落とした。
『この俺を従わせることができる。』
最強の四天王を従わすことができる。
僕が聞き間違えてなければ、彼は確かにそう言った。
いやそれよりも、彼はクレアさんを救うために、自分とは異なる種族である僕たちに従うと言っている。
僕も・・・それくらいの覚悟を持ってジュリアを取り戻そうとしただろうか?
魔族に従ってまで彼女を取り戻す覚悟が僕にあるのだろうか?
『それは・・・本当なのか?』
ティアさんは信じられないという顔で問う。
『・・・少し証明しよう』とルギウスは言うと、珠を持っているティアさんに攻撃を仕掛けた。
だまされた、と思った次の瞬間・・・
口から血を流すルギウスがいた。
『ティアさんは反撃をしていない・・・』
『・・・俺がこの珠を持つもの、触れたことがあるものに攻撃しようとすると、俺自身を傷つけるように魔力を込めた。』
これで信用してくれるか。とルギウスは血を吐きながら笑った。
・・・今なら彼を倒せるかもしれない。
でももしこれが「演技」だとしたら?
でももしこれが「演技」でもなんでもなく本当のことだったとしたら?
『ティアさん、ここは彼の話を聞きましょう。』
僕はティアさんに言った。
この血を吐くというのが「演技」だとしたら、まともに戦っても勝率が0%だから、彼の話を聞いて僕たちの味方についてもらおうと思った。
言ってしまえばご機嫌取りかもしれない。
そしてもしこれが「演技」ではなく、本当のことだったら。
覚悟を見せて血を吐いた彼を倒した。
僕はその結果に胸を張れるだろうか?
・・・いや、違う。
覚悟を見せた相手に対しておいうちをかけるような形で倒すことで、自分が胸糞悪い思いをしたくないだけだ。
「胸が張れるだろうか」と自問自問しながら、結局は自分が嫌な思いをしたくないだけ。
―卑怯だな、僕は
王都に行ってもジュリアはついてきてくれる、と大切な人を心のどこかで試した僕らしい思考だ。
『話を聞こう。』
『悪いな・・・。じゃあ聞いてくれ。』
ルギウスは続ける。
『俺は魔王に洗脳のことを聞くために、ここに遺跡にある扉とは別に、新たな魔界への扉を作る。
クレアや勇者に気づかれないように、魔力を抑えて作るから少々、いや結構な時間をかけて作る。俺が魔界に行ったらこの作った扉も封印する。』
『俺が扉を作って魔王に洗脳のことを聞いている間に、お前らはもう少し人数を集めてほしい。魔界を二人だけで進むのは少し厳しい。』
この事情を話して、協力してくれる人がいるのだろうか?
きっと魔族の言うことを信じたのかって批判される。
仮に協力してもらえるとしても、情報が漏れないだろうか?
仮に勇者に情報が漏れたとしたら・・・。
そう考えると、勇者の洗脳や魅了のことを知らないとこの作戦に加わるのは無理だ。
この作戦は僕たち二人でやるしかなさそうだな。
と僕が思っていると・・・
『わかった、心当たりがある。』
とティアさんが言った。
僕は協力してくれそうな人がいることに驚いた。一体誰なんだろうか?
『だが仮にここまでのお前の話が本当だとしても、私たちが魔界に行っても、お前が得するだけだな。』
彼女の言う通り、今のところ僕たちは協力させられているだけだ・・・。こちら側に得がない。
『・・・俺は洗脳のことを聞いた後に、魔王にある交渉をする。』
『「交渉」ってなんだ?』
『俺は魔王に魅了状態の解除方法を聞いた後は、これ以上人間に干渉しないことを交渉する。』
『なっ!?』
彼は僕の問いに間一髪も入れずに答えた。あまりにも驚きの提案だった。
その提案に僕とティアさんは言葉を失う。
『人族にとっても得だと思うぞ。』
もし本当にこの作戦が成功したら・・・。
勇者がやるべき魔王の脅威を僕たちが解決して、僕たちが平和をもたらすことになる。
『その珠とこの交渉が俺の「覚悟」だ。信じてほしい。魔王との交渉は必ず成功させる。俺は魔王より強い、力尽くでも説得してやる。』
彼の自信に満ち溢れた目。魔王より強いというのは本当なのだろう。
そんな目ができる彼が羨ましい。と思った。
彼のクレアさんを取り戻すという覚悟と比べて、僕は本当に彼女のことを取り戻す覚悟があったのだろうか?
無いに等しい気がした・・・。
『作戦の要員を確保できたら、ここで珠を壊せ。そしたら魔界への扉の封印が解かれる。ちなみに魔界への扉は黒い穴で何かに吸い込まれそうな感じをしているが、勇気をもって飛び込んでほしい。』
僕がルギウスとの覚悟の差を痛感している間に、彼は淡々と説明していた。
『俺が倒されたかわからない状況で「人質」のクレアは殺さないだろう。』
魔界への扉の封印が解かれたから、ルギウスの死んだとはあの勇者でも判断しないだろう。
『勇者は必ずクレアを連れて魔界にくる。勇者が連れてきたクレアを魔王の力を借りて洗脳から救う。』
ルギウスの生死がはっきりしない限り、勇者はクレアさんを殺せない。きっと魔界にルギウスがいることを考えてクレアさんも連れてくるだろう。
いざという時の「盾」にするために。
もっともあの勇者だ。仮にルギウスが死んでいることがわかっても、洗脳を解かず飽きるまで弄ぶだろうなと思う。
『魔界にきたら、こちらの世界で例えるなら城のような建物がある。そこに勇者よりも早く来てくれ。』
僕らはこのノーランド山の奥地で珠を壊す。そしてルギウスが魔王に事情を説明するために作った魔界の扉の封印が解かれる。その瞬間に魔界に行ける。
だが勇者たちは、僕たちが解いた封印をクレアさんが察知して、魔界の扉がある王都南の遺跡に向かってから魔界に来る。
彼らは魔界の扉がある遺跡に移動する手間がある。僕たちが先に着くことは容易だろう。
『なるほどな。これなら人間にとっても魔王の脅威から解放されるし、お前もクレアを救うことができるな。』
だが、とティアさんは続ける。
『二つ質問に答えてもらおうか。』
『ああ、いいだろう』
『まずは一つ目だ。魔王はどうやって説得する?』
確かに魔王よりも強いとはいえ、どのように説得するのだろうか?
最初から力づくで説得はしないと思うけど・・・。
『勇者の命だな。』
『なっ!』
ティアさんは驚く。
もちろん僕も驚いた。
でも僕はそれよりも心の中で思ったことがある。
『「勇者」の命を説得に使えば魔王も協力してくれるだろう。』
あの男の最期が見れる。
僕の大切な人を弄んだ、僕の尊厳を踏みにじった男の最期を。
『・・・私情もある。』
勇者の最期が見れる。そんな黒い感情を心の中に抱いていた。
『愛する妻を弄んで俺たち夫婦を傷つけたあの男を許さない。俺がやつを殺す。・・・この気持ち、わかるよなスザク。』
彼が四天王だってことを再認識する。
圧倒的な憎悪のオーラ、有無を言わさぬ圧。
『わかるよ。』
頭で考える前に、自然と僕は答えていた。
『ティアは特に勇者に恨みがないから、納得しないかもしれないが・・・』
僕とルギウスは同じ被害者だ。
でも彼の言う通りティアさんは特に・・・。
『いや、私もそれでいい。』
ティアさんはきっぱりと言った。
そして何かをゴニョゴニョと呟く。
『あの男、急に私の身体に触れながら、黒髪にしなよ。とか気持ち悪いことを迫ってきたからな・・・。』
『ティアさん?』
彼女の呟きを聞き取れなかった僕は呼びかけた。
『すまん。なんでもない。』と言うと彼女は質問を続ける。
『二つ目の質問は私たちが魔界に行く必要が本当にあるのか?ということだ。お前一人でもできなくはないだろう?』
彼女は二つ目の質問をルギウスにする。
『お前たちには魔王が人間に干渉しないってことを承諾した「証人」になってもらう。こちらが一方的に干渉しないって言っても信用してもらえないが、お前らレベルの戦士であれば、信用してもらえるだろう?』
それに、とルギウスは続ける。
『俺一人だと上手く行かなった場合の立て直しが困難だ。』
『・・・上手く行かないって・・・』
『魔王との交渉が上手く行かない。ってこともあるだろう?』
彼が強いとは言っても、相手も魔王。
・・・むしろ、彼が強いから確実に上手く行くと考えていた僕の考えが甘い。
『その場合は珠を壊したスザクが「魔王を殺せ」って俺に命令しろ。』
僕にそんなことができるのだろうか?
珠を壊してルギウスを従わせる。これも一種の洗脳ではないだろうか?
あの勇者と同じことをしていないだろうか?
・・・やはり僕は卑怯だ。
彼のクレアさんに対する覚悟と自分のジュリアに対する覚悟を比較して、きっと嫉妬をしている。
ルギウスを従わせることは洗脳と同じだから、自分が嫌な思いをするから、彼の覚悟に嫉妬しているから。
そんな自分勝手な考え・・・いやそうやって「言い訳」をして、ルギウスの覚悟を無駄にしようとしている僕は卑怯だ。
・・・どうして彼はクレアさんを救うためにどうしてここまでできるのだろう。
『そして魔王を倒す。』
そう言った彼の眼に一切の迷いはなかった。
・・・僕も変わらないといけない。
その眼を見て、僕も覚悟を決めた。
『だが、その時はクレアはどうなるかわからないぞ。』
ティアさんがルギウスに言った。
魔王と戦っている間に勇者が来たら、流石にややこしい事態になりそうだ。
『魔王と戦っている最中に勇者が来たら、お前をおとなしくさせるために、クレアを盾に使う可能性があるよな。』
彼女の言う通り、いくらルギウスでも魔王と勇者を同時に相手するのは難しいだろう。
『そうなった場合は俺は勇者を倒す。魔王はスザクが抑えてくれ。そしてティアがクレアをおとなしくさせてくれ。』
『・・・わかった。もしそうなったら善処しよう。』
僕はさらっと魔王を抑えろって言われて気が気じゃない。
でも僕はやる。
勇者にされたことを言い訳にして、彼女や自分の嫌な事から逃げた自分を変えるためにも・・・。
『魔界に来てもらうのは「証人」になってもらうのもあるが、不測の事態に陥ったとき、俺一人ではどうしようもなくてもお前らがいれば対応できるからだ。』
ルギウスは僕たちを信用している。最強四天王の彼を味方にすることができたと思う。
洗脳された女性を利用してルギウスを利用する。
そう言うと勇者とやっていることは同じかもしれない・・・。
『ティアよ、質問の答えになったか?』
『ああ』
そしてルギウスは頭を下げて言った。
『どんなことがあっても、どんな手を使ってでも、どんな回りくどいやり方をして、俺は確実にクレアを救いたい。俺なりの「覚悟」も見せた。だからどうか協力してほしい。』
回想が思ったよりも長くなってしまった。
次回も少し続きます。途中からジュリア視点に戻ります。