108:新しいスタート
不安に包まれた空気を、スザクが希望で上書きをした。
「『スカウト』したときは可愛い弟だったのに男らしくなったな・・・。」
ティアが彼を見ながら、何かをモゴモゴと言った。
・・・聞き取れなかった。
「ティアさん?」
モゴモゴ言うティアに、スザクが不思議そうな顔で尋ねる。
「い、いやなんでもない。」
ティアは顔を赤くしながら言った。
「そ、それより、私にも協力させてくれ。」
ティアは赤くした顔を冷ましながら、真剣な声でスザクに言った。
「お前は二つの『常識』を変えようとしている。一つは国の仕組みだ。王族ありきの国ではなく、我々民が主役の国を作ろうとしている。もう一つは種族のあり方だ。どんな種族も共存することを目指している。」
『常識』を変えることは大変だ。
それを二つもやろうとしている。
スザクが中心となって、二つの常識を変えるのは無理がある。
「そのうちの一つ、国の仕組みは私に任せてもらえないか?」
「えっ。」
「お前は種族のあり方をルギウス達と協力して変えるんだ!」
彼女はスザクに言うと、集まっている人達の方を向いた。
「私はスザクの考えに賛同する。」
民衆がティアに注目した。
流石ギルド副マスターだ。
きっと上の立場にいると、沢山の人の前で話すこともあるのだろう。
たった一言で、場の人々の注目を自分に集めた。
それでもティアは、緊張する様子を全く見せない。
「国の方針を決めるのは王族ではなく、我々民が主役となり決めるような仕組みをギルドが作る。皆が納得行くような仕組みを作って、提案することを約束する。」
凛々しくそして力強く、集まった人に語り掛ける。
思わずその姿に見とれる。
女性にモテたという話を聞いたことがあるけど、本当なんだと実感した。
「『ギルドマスター』として、な。」
その言葉で彼女は締めた。
「あの金髪の姉ちゃん、凄いことを言ったな。」
「けれど本当に実現しそうですね。」
「期待しているぞ。胸の大きい姉ちゃん。」
ティアのことをあまり知らないモック村の人は、こんな反応をして盛り上がっていた。
「あのティアがギルドマスターになるだと!?」
「あれだけドレークさんの頼みを断っていたのに。」
「ビックリ仰天だ。」
城下町から避難してきた人や冒険者たちは、ティアのことを知っているからこういった驚きの反応を見せていた。
こちらの人たちもモック村の人とは別の意味で盛り上がっている。
「爆乳ギルドマスターの誕生だ。」
「なんでも言うことを聞くぜー」
「こき使ってくれー爆乳ギルドマスター!」
盛り上がり乗じて、ちょっと下品なことを言う冒険者もいた。
胸が大きいからって無条件に言うことを聞くなんて・・・。
「お、やる気が溢れててギルドマスターとして嬉しいぞ。」
ティアはまるで獲物を見つけたような目線で、下品なことを言う冒険者を捉える。
「なんでも言うことを聞くなら、望み通りこき使うから覚悟しておいてくれな。」
下品なことを言った冒険者が少し青ざめた・・・気がした。
「・・・さっきのは冗談だが、ギルドのみんなや冒険者たちは私に協力してもらうけどいいな!」
ティアの言葉にギルドの職員さんや冒険者たちは歓声で答えた。
魔王が倒されたことで、魔族の討伐依頼は減ってくる。
さらには素材採取系の依頼についても、冒険者じゃなくても採取しに行けるようになり、そういった依頼も減ってくるだろう。
このまま放置してしまえば、冒険者の仕事が減ることは明らかだ。
ただ、国の仕組みを変える仕事が代わりに与えられる。これで冒険者も仕事が全くなくなる。
ということはなくなるだろう。
「君もやっと僕の頼みを聞いてくれたね。」
集まっている人達が盛り上がっている中、ドレークさんがティアに声をかけた。
「自由を縛られるのは嫌、って言っていたのが懐かしいね。」
―『本当はティアくんになってもらいたいんだけどねぇ』
―『嫌です。私はマスターって柄じゃないし、それにしぶしぶなった副マスターという立場でも自由に動けないのに、さらに自由を縛られるのは嫌』
―『変わらないね君は。』
そういえばドレークさんと初めて会った時、こんなことを言っていたっけ・・・。
「違います。」
「えっ!」
「私は『自由』という言葉を使って、これ以上の『責任』から逃げていただけなんです。」
申し訳なさそうな顔でティアは言った。
「けれど私が『スカウト』したスザクにあんな姿を見せられたら、私も変わらないといけないと思ったんです。」
「なるほどね・・・。」
ドレークさんはティアの言葉を聞いて、右手を顎に当てて考えこむ。
「ギルドマスターという立場なら、スザクくんの支えになって助けることも容易だからね。」
「なっ、ちが、ドレークさん・・・」
ティアは顔を真っ赤にしてあたふたした。
その様子を見て私は思った。
ティアはもしかして・・・。
「各地の長に協力を得ないといけないけど、まあ僕と君、あと教会の神父がいれば、説得することに問題ないだろうね。」
もちろんティアたちギルドだけでできることではない。
ルクの街、ボウカーの街・・・各地の偉い人の同意を得ないと進まないことである。
ティアはわからないけど、ドレークさんは確かに顔広そうだし、どうにかしてくれそうだ。
「というわけで僕も君をサポートするから、これからもよろしくね、ティアくん。」
「よ、よろしくお願いします。」
私は顔を真っ赤にするティアを見つめていた。
私とふと目があった。すると優しい笑みを浮かべて私に近づく。
そして私の耳元で・・・
「お前は近くで彼を支えてあげてな。」
「えっ、どういう・・・」
ティアは私の頭を優しく撫でた。
「ほらスザク、締めてくれ!」
「ティアさん!?」
そう言うと集まっている人の方向へ向きなおした。
ティアに無茶なこと振られたスザクは、一瞬焦ったような顔をした。
けれどすぐに覚悟を決めて、集まっている人達の方へ振り向いた。
「魔王を倒した。けれどこれがゴールではありません。今日がこの国の新しいスタートです!」
スザクは力強く叫んだ。
それを聞いた人達から、まるで地響きのような歓声があがる。
彼の言う通り、魔王を倒したから終わるわけじゃない。
そこからが新たな物語のスタートなんだ。




