107:常識
「スザクよくやったぞ。」
「ジュリアも凄いね。」
「綺麗な姉ちゃんたちも凄いぞ。」
「筋肉質の兄ちゃんもありがとな。」
村人、王都から避難した城下町の人・・・。
凄く人が集まっていた。
こんなに大勢の人前に出て注目を浴びるのは初めてだから緊張する。
混乱が起こらないように、私たちのスペースと、集まっている人のスペースが分かれている。
ギルドの職員さんや冒険者さんたちがその間で混乱が起こらないように制御している。
「本当に魔王を倒したんだな。」
集まっている人の中からそんな声が飛んだ。
「えっと。」
「誰が答える?」
私たちはその声に対して、誰が答えればいいのか迷った。
「スザクが答えればいいだろう。」
ルギウスさんが言った。
「ぼ、僕が・・・。」
「実際に魔王にトドメを刺したのはお前だろう。」
「えっと・・・。」
スザクはまだ困惑している。
「まあ確かにそうだな。」
「スザクさん、お願いね!」
ティアとクレアが言った。
二人の年上お姉さんに言われてスザクも覚悟を決めたのか・・・。
「た、倒しました。」
スザクはほぼ叫ぶような感じで言ったが、緊張していて声が震えていた。
それでも集まった人たちからは「おおおおおおお」 というまるで地響きのような声が帰ってくる。
「王族は助かったのか。」
集まった人からまた質問が飛んできた。
答えにくい質問だ。
魔王を倒したとはいえ、救えなかったものあった。
「王族と・・・お城は崩壊しました・・・。」
スザクが声の震えを抑えて、しっかりとその事実を伝えた。
「そうか・・・。」
「でも魔王が攻めてきたし守れないものあるよな。」
「むしろ俺たちが今生きていることに感謝しよう。」
さっきの地響きのような歓声はないが、冷静に受け止める人が多かった。
でも・・・。
「これから・・・この国どうなるんだ。」
集まった人の中から発せられたこの不安の言葉。
誰が発した言葉なのかわからない。
「確かに。」
「どうなるんだ。」
けれどもその不安はまるで毒が身体全体に回るように、徐々に伝染していく・・・。
「ねえ、ちょっとまずい空気じゃない?」
シオンの言う通り、不安な空気が漂っていた。
私の心も不安に支配されかけようとしたその時だった。
「皆さん!」
スザクの堂々とした声が響いた。
「確かに魔王に攻め込まれ、王族・・・そしてその象徴の城が崩壊しました。」
魔王たちとの激しい戦闘、その影響から城は崩壊した。
私たちも少し状況判断を誤っていたら、その崩壊に巻き込まれていたかもしれない。
「・・・今まで国のことは王族が決めてきました。」
でもその王族が崩壊した。
誰がこれからの国を決めるのだろう。
そんな不安が広がる。
「これから国はだれが決めるの。」
「この国も終わりか・・・。」
「せっかく魔王の手から逃れたのに・・・。」
徐々に、そして確実に不安が集まった人たちに広がる。
「何情けないことを言ってるんですか・・・」
・・・それほど大きな声ではなかったと思う。
けれどスザクのその声は一本の線のように響いた。
「皆さん!」
スザクから発せられる力強い声。
まるで広がる不安を切り裂くような意志の強い声だった。
「確かに今まで国のことは王族が決めてきました。ですが本来は王族と私たちは協力して決めていくべきではないでしょうか?」
不安が広がっていた空気。
けれどその不安が、スザクの凛々しい声で上書きされていく。
「自分の住んでいる国のことを自分で決められずに、王族だけに任せる。」
不安の余韻でざわざわしていた音さえも・・・。
スザクの声を聞いていた。
「税も法も商売も土地も・・・。王族に決めたことに文句を言いながらも自分達は何もできなかった・・・。」
他人の決めたことに文句を言って、けれど王族でない私たちは何もできなかった。
国に私たちの思いは反映されない。
「自分で決められない、王族に従ってるだけの状態なんて・・・」
一呼吸おいてスザクは言った。
「洗脳されているのと一緒だ!!!」
スザクは叫んだ。
その言葉は力強く、集まった人たちに響いたように見える。
もちろん私も、きっとここにいる仲間も。
自分の意志で行動できない、他人の意のままに動くなんて恐ろしいことを知っている。
普段の生活から、王族に従っているだけっていうのも、私たちが忘れ去りたいあの悪夢と、本質は同じことなのかもしれないと思った。
「今まで思ってきた『普通』や『常識』を変えることは怖いことだと思います。けれど自分たちの国を作るのは王族じゃなくて、僕たち自身なんです。変えるべきことなんです。」
さっきの叫んだ声とは打って変わって、まるでその場をクールダウンさせるように落ち着いた声で言った。
・・・落ち着いた声だけど、言葉にものすごく力を感じる。
心にすごく響く。
「この国は王族が崩壊しました。だからこそ僕たちがこの国のことを決めなければいけないんです。」
今までお城にいる王様や王族、その回りにいる人達が決めたことに従ってきた。
それが『普通』だと思った。それが疑いようのない『常識』だと思った。
けれども本当は国の事は、みんなで決めるべきなのかもしれない。
今まで『常識』だと思ってたことを、スザクは変えようと提案している。
「・・・僕もこれから変えたい『常識』、いや変えるべきことがあります。」
ここにいる全て人が、スザクの次に発する言葉に注目していた。
「魔王を倒したことで王を失った魔族を保護し、人と共に生きれるように手助けすることです。」
「なっ、スザク!?」
「スザクさん?」
その言葉に驚いたのは、ルギウスさんとクレアだった。
「僕はここにいる仲間と協力して魔王を倒しました。・・・その中には僕とは違う種族であるルギウスとクレアさんもいます。」
スザクは二人を見て言った。
「今まで人族と魔族は争ってきました。それが『常識』でした。勇者と魔王を中心に・・・。けれど僕たちのように協力して、共に生きることもできるはずなんです。」
ドニ―の村のように、様々な種族が共存する所もある。
・・・そういえば女神の塔の道中で、人間の劇団に興味があるオオカミと出会ったっけ。
魔族と人族が争うのは当たり前のことだった。
けれどこの『常識』に仕方なく従ってきた人や魔族もいるのかもしれない。
その『常識』をスザクは変えようとしている。
「だから僕はそんな世界を目指すために、彼らと協力して魔族たちを保護します。」
「スザク・・・お前・・・」
「だから、ルギウス!」
スザクは力強い眼でルギウスさんを見つめた。
「僕に協力してほしい。」
その言葉を聞いたルギウスさんは片膝立ちとなり、左手を自分の心臓の前に持ってくる。
まるで心臓を・・・いや命を捧げている。
「スザク。」
その姿勢からルギウスさんは、頭を下げて言った。
「この命にかけて、協力する。」
その姿を見た集まっている人たちは・・・。
「自分の意志で国を作るか・・・。」
「あの強そうでかっこいい魔族の兄ちゃんと協力関係を結ぶなんて凄いな。」
「・・・スザクがあれだけ頑張っているんだ。俺も頑張らないとな。」
さっきまで不安で支配されていたとは思えなかった。
これからの未来へ向かおうとする前向きな気持ちであふれていた。




