102:水
ジュリア視点です。
私は今、あの男と対峙している。
私を洗脳して、スザクとの穏やかな日常を壊した男が目の前にいる。
「おまえもいだいなるゆうしゃさまのおんなになれえええ」
身構えた。
―『俺の女になるか』
―『はい、勇者様』
スザクを裏切った瞬間、悪夢のような記憶が頭の中を過る。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
洗脳しないで・・・。
「なんでおれのせんのうがきかねええんだよおお。」
勇者が洗脳できてないということ言ったのを聞いて冷静になる。
首にかけていた女神のペンダントが優しく光っていた。
そうだ。これが洗脳から守ってくれているんだった。
女神の塔では勇者の『幻』に対して私は何もできなかった。
今は醜い姿とはいえ本物を相手している。
正直吐きそうだ。生理的に受け付けない。
でも逃げない。
スザクと再会して森へ一緒に行こうとして拒絶されたときも。
魔界でエレンさんに敵意を向けられた時も。
女神の塔でこの男の幻を相手したときも。
村長さん、シオン、ティア・・・沢山の人たちに助けられてきたけど、私自身は逃げていた。
もう逃げない。こいつに蹴りをつけるのは私なんだ。
「おれはまものからにんげんをすくっている、へいわをじつげんいだいなるゆうしゃなんだよお。」
確かにそうだ。
私も平和のために魔物を退治したり、今も魔王や魔王の配下の者たちと戦った。
人類の平和を背負って戦うことのプレッシャーを体感した。
勇者もきっとこのプレッシャーを感じていたのかしら。
「・・・だから何?」
私は勇者の言葉に対して小声で呟く。
「おんなくらいすきにしたっていいだろうおおお。たいへんなんだからああ。」
大変なのはわかる。凄くわかる。
でもお前が「おんなくらい」という軽い気持ちで奪ったから、私だって別の意味で大変な思いをしている。
偉大なことをしているからって何をしたっていいわけじゃない。
「大変だったのね・・・」
私はそうつぶやく。
私たちも平和を目指すために魔物たちを倒すことや魔王城に乗り込むことを経験して、魔物だけでなく、人類からの期待というプレッシャーとも戦っていることを知った。
勇者自身の口からも大変だったという言葉を聞いた物語の王子様は、何事もなかったように許して「さらなる巨悪を協力して倒そう。」って言うのかしら。
お姫様も「私にしたことは許せませんが、今は一緒に戦いましょう。」とか言うのかしら。
これまでのことを水に流して、協力して魔王を倒しましょう。
零れた水をそのままに。その水を見て見ぬふりをして・・・。
・・・そんなこと言うわけないじゃない。
私はお姫様なんかじゃない。
「ヘルフレイム」
私は最上級の炎魔法を発動させる。
ここからはただの復讐。
この時の私は「洗脳された女性の代表」だと思っていた。私たちからの報いを受けろって思っていた。
でもこれは私がやった、私の復讐。
洗脳された女性の代表を気取って、これから行うことを正当化していただけ。
「報いを受けろ、勇者」という想いを心に宿していた。
「あづい、あづい。」
「ブリザードストーム!」
熱いって主張するから、氷の最上級魔法を発動した。
「ざむい、ざむい」
「ヘルフレイム」
熱いって言うから冷やしたら寒いと言い出した。
わがままな男だ。
「ブリザードストーム、ヘルフレイム、ブリザードストーム、ヘルフレイム。」
私たちを洗脳した報いを受けろ。
洗脳した私たちの貴重な時間を奪った報いを受けろ。
私たちの故郷の人たちと大切な人を傷づけた報いを受けろ。
元に戻れず自殺した人の報いを受けろ。
元に戻れず故郷を捨てないといけなかった人の報いを受けろ。
・・・洗脳された人の中に本当にそんな運命にあった人がいるのか私は知らない。勇者への復讐を正当化するために都合の良いことを考えていた。
「ブリザードストーム、ヘルフレイム、ブリザードストーム、ヘルフレイム。」
私とスザクの絆を壊した報いを受けろ。
育ててくれた親に暴言を吐かせた報いを受けろ。
お世話になった村の人たちに暴言を吐かせた報いを受けろ。
名目上「洗脳された女性の代表」だったはずなのに、「私たち」ではなく「私」の復讐となっていた。
でももう自分を止めることはできなかった。
「ブリザードストーム、ヘルフレイム、ブリザードストーム、ヘルフレイム。」
お前が魔王にファントムに取り憑かれたからいけなかったんだ、気付かなかった報いを受けろ。
魔王に取り憑かれて得た洗脳の能力を、自分の能力だと思い込んだ報いを受けろ。
この時の私は気づかない。
野営の時にルギウスさんに言った仮説を、本当のことだと思い込んで、報いを受けろと半ば八つ当たりみたいなことをしていたことを。
・・・誰か私を止めて。
「ブリザードストーム、ヘルフレイム、ブリザードストーム、ヘルフレイム。」
「もういいんだ。」
優しい声と共にあたたかなものに包まれた。
目の前には私の氷魔法と炎魔法を受け続けて、もはやゾンビ状態以上に生物しての形を残していない何かがあった。
「もう、終わったよ。」
スザクが私を抱きしめていた。
彼の顔を見て安心する。
魔王に勝ったんだと。
それと同時に・・・。
「あの、スザク、私は・・・。」
冷静になった。
私は勇者に対して復讐していたことを。
途中からは自分勝手な思いで行動していたことを。
それを何よりも大切な人に見られていたことを。
洗脳とか関係なしに、距離を置かれても仕方ないことをしていたことを自覚した。
「大丈夫。ほら涙を拭いて。」
涙?
私は泣いてなんか・・・。
「えっ。」
頬が濡れていた。それを彼が優しく拭きとる。
「僕の代わりに復讐してくれてありがとう・・・。」
「えっ!?」
「僕だって、この男に復讐したいという気持ちはあった。」
優しいスザクがそんなことを思っていたなんて・・・。
「必死に押し殺してきたけど、気持ちは消えなかった。」
そういうと彼は私の頭を優しく撫でた。
「だからジュリアのことは嫌いにならないから、大丈夫!」
彼は笑顔で言った。
その瞬間、扉が開く音がした。
「助けに来たぞ。スザク、ルギウス。」
「ジュリア、スザクさん!」
シオンとラフェールさんが部屋に入ってきた。
二人とも無事でよかった。
100話を越えて、やっとジュリアは勇者と蹴りをつけることができました。
ここまで視点変更が多かったですが、ここからはジュリア視点で物語が進みます。
また完結まで、毎日投稿予定です。