101:正々堂々
スザク視点です
魔王と勇者が分裂した。
分裂した勇者は勇者と認識できないくらい原型がなかった。
ゼリー状の魔物、魔王は『勇者ゾンビ』と言ったが、まさにその通りだと思った。
あの男はジュリアにとってトラウマそのもの。
僕がまとめて相手してやると思ったけど。
―『勇者は私がやるわ。』
長年彼女と一緒に育ってきたはずなのに・・・。
初めて聞く彼女の声だった。
覚悟、決意・・・そして憎しみも含んでいるような声だった。
―『魔王に集中して!』
僕もわかっていた。
きっとジュリアも。
魔王を片手間で相手できないことを。
―『魔王に勝ってね。』
僕は彼女に背中を押される形で、魔王と対峙していた。
「・・・お前も勇者に復讐しなくていいのか?」
「僕にそんな気持ちはない。」
哀れにもあんな姿になっている。
そんな男に復讐する気もないし、剣を汚したくない。
「ファイアーソード」
僕は火の魔法を剣に纏わせて、魔王に向けた。
「やはりお前は強いな。」
そういうと魔王も戦闘態勢をとった。
緊張感が走る。
ルギウスにとっては、簡単に勝てる相手なんだろう。
僕は彼ほどの強さがない。きっと苦戦する。
でも絶対に勝利する。
「はああああ」
僕は魔王に攻撃を仕掛ける。
ガギン!
剣と剣がぶつかり合う音が響く。
「力強い攻撃だな。スザクよ。」
「ファイアーソード!」
ガギン!
僕と魔王の一進一退の攻防が続く。
「魔王である我と互角に戦うなんてまるで『勇者』みたいだな。」
そうやって僕の動揺を誘おうとしても無駄だ。
―『スザクよ。感情に支配されるな。』
―『実力があっても、一時の感情・気持ちで敗北することもある。』
―『常に自分を律するのだ。』
レオンハルトさんの教えだ。
魔王の言葉で、感情を支配されない。
「はあっ!」
魔王の言葉を無視して、僕は攻撃を続ける。
剣と剣がぶつかり合う音が響く。
「お前は我に勝ってどうする?」
剣越しに魔王が語り掛けてきた。
「お前が我に勝ったとて、異種族間での争いは無くならない。」
「そうかもしれませんね。」
ガギン。
言葉を交わしながら剣も交わす。
「我は全種族を魔族に統一しようとしている。」
僕は思った。
この魔王は僕と似ているかもしれないこと・・・。
「種族を統一して、争いを無くす。」
そうすれば異種族間で争いは無くなる。
魔族と人族の争いの中で生まれた『勇者』という存在。
そんな存在も一切必要なくなる。
「我と共に平和な世界を作らないか?」
平和な世界・・・。
それを作ってくれるなんて理想だ。
じゃあ答えは決まっている。
「お断りします。」
僕は即答した。
「なに?」
即答した僕に魔王は驚きの声をあげる。
少なからず動揺しているようだ。
「ファイアソード!」
その動揺した隙をついて、僕は再び火の魔力を剣に宿す。
種族を統一して、争いを無くす。そして平和になる。
一見もっともらしい理由を並べている。
「種族を統一したって、争いそのものは無くならない。」
よくよく考えたら根拠がない。自己満足だ。
まるで強くなれば彼女を取り戻せると思っていた僕と似た思考だ。
―『確かに強くなった。でも「強くなった」から彼女は戻ってきたのかの?』
―『お前の努力とやらは、彼女のためと思い込んでいる自己満足の行動で、その努力が実ると思い込む現実逃避、じゃな。』
女神の塔でのあの『声』が言ったことを思い出す。
「お前の考えは平和のためを思いこんでいる自己満足の行動だ。わかったか洗脳野郎!」
「ぐぅ、人間如きが」
僕は剣に力を込める。
「我に従えば良いのだよ。下等種族は!」
魔王は冷静さを欠き始めている。『下等種族』と本音も見え始めていた。
感情に支配されつつある。剣も動きも隙が見え始めていた。
冷静さを欠いている原因は、僕に自己満足な行動と言われたこと。
あと勇者でもなんでもない僕が、魔王を押しているも原因だろう。
レオンハルトさん、ティアさんに戦い方を教わった。
そして女神の塔の道中では、ルギウスにも稽古をつけてもらった。
・・・隣ではトラウマに立ち向かうジュリアがいる。
絶対に負けるわけにはいかない。
どんな手を使っても、正々堂々、真っ向勝負じゃなくても・・・。
絶対に魔王に勝利する。
「・・・ルギウスほど強くないですね。」
ボソッと僕は呟いた。
まるで独り言のように・・・。
心の底から本音が漏れたように呟いた。
「ルギウスの方が圧倒的に強い。」
さらに追撃の独り言を呟く。
独り言を装い、魔王に聞かせてやる。
お前がコンプレックスを抱いている男の名前を。
そしてその男より『弱い』ことを気にしていることを。
「な、なんだと・・・」
ああ、やっぱり気にしているんだ。
魔王に一瞬、隙ができた。
「エアカッター」
風の魔力を纏わせて斬撃を飛ばした。
狙った先は・・・。
「うぐおおおおおお。」
ルギウスがアサルトモードであらぬ方向に曲げた腕だ。
勇者にダメージを押し付けたとはいえ、あらぬ方向に曲げた腕が完全に元に戻るとは思えなかった。
だからそこを狙った。
僕の予想通りダメージが大きい。
そして隙も大きい。
「セイクリッドソード!」
大きなダメージに悶えている魔王。そこにおいうちをかける。
「喰らえ!洗脳野郎!」
聖なる光を纏った剣で魔王を切りつける。
「ぐおおおああああ」
魔王の叫びを聞いた。
「セイクリッド・エアカッター!」
そしてさらに死体蹴りのごとく、光の斬撃を飛ばして確実にトドメを刺す。
聖なる光の力で魔王を消滅させる。それだけ聞くとまるで物語の主人公のようだ。
―『魔王、あなたより弱いことを気にしていたみたいだし、そういった嫉妬心を持っていてもおかしくないわね。』
女神の塔への道中、野営している時のクレアさんの言葉を思い出していた。
感情を揺さぶって隙を作らせてそこを突く。
女神の塔のあの『声』のやり方と一緒だ。
「物語の王子や勇者のように『正々堂々』なんて言葉とはほど遠いな。」
自嘲気味に僕は呟いた。
「我の・・・まけか・・・」
聖なる光の力で消滅寸前の魔王が声をかけてくる。
「お前に・・・我を失った・・・残った魔族を従わせることができるか?」
また魔王は感情に訴えかけようとしている。けれど僕は反応しない。
・・・僕みたいに自己満足の努力に浸っているものの言葉なんて響かないからだ。
「お前が・・・大変なのは・・・これからだな・・・・」と魔王は言うと光の中に消滅していった。
「僕は魔族を従わせない。」
魔王。
これが僕の『覚悟』だ。
「共に生きる世界を作ります。」
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魔王に勝利した。
卑怯な僕らしいやり方で・・・。
けれどまだ終わってない。
ジュリアは無事だろうか。
僕はそう思ってジュリアを見ると・・・。
「ブリザードストーム、ヘルフレイム、ブリザードストーム、ヘルフレイム。」
彼女は最上級の魔法を連発していた。
勇者だったものは既にもう跡形もない。
「と、止めないと。」
でも僕の身体は動かない。
「私とスザクの絆を壊した報いを受けろ・・・報いを受けろ。」
僕はやはり卑怯だ。
勇者への復讐心はない?
剣を汚したくない?
あんな姿になったらもう気にもしてない?
そうやってもっともらしい理由をつけて、復讐心を捨てて、僕は綺麗な心でいようとした。
けれど目の前で僕の大切な人が、僕とジュリアの絆、穏やかな日常、これまで過ごした日々を壊した男に、復讐している。
それを見て僕は、空を飛んでいるような気持ちよさを覚えていた。
清々しい気持ちであふれていた。
僕は自分の恋人を取ったあの男に復讐をしたかったんだ。
僕はあくまで「自分で復讐」をしたくなかっただけなんだ。
自分が復讐をすることで自分が傷つくことや嫌な思いをすることを避けていたんだ。
そしてジュリアが勇者を心の底から憎んでいることを知って安心していた。
王都から戻ってきてくれた彼女から、僕は逃げた。でも追いかけてくれた。
王都に行って成長すると言いながら、彼女から逃げた僕のことを追いかけてくれた。
そしてレオンハルト、ディーン、エレンさんたちと戦う時も、そばで支えてくれた。
そんな彼女を見ているはずなのに・・・。
勇者に慈悲なく上級魔法を連発している彼女を見て、彼女の中で勇者はただの憎しみの対象でしかない。
僕と同じで僕の大切な人を洗脳で奪った男は、憎しみの対象でしかない。
僕と彼女は同じ気持ちであることを知って、安心していた。
・・・僕は本当に卑怯だ。
でも僕だって変わる。
卑怯という言葉を使って、自分を肯定するという逃げ行為はしない。
「ブリザードストーム、ヘルフレイム、ブリザードストーム、ヘルフレイム。」
「もういいんだ。」
僕は彼女を抱きしめる。
君から逃げ続けてごめん。
君に復讐をさせてごめん。
勇者に復讐する君の姿を見て、安心する僕でごめん。
・・・頼りない僕でごめん。
僕は君と一緒にいたい。
「もう、終わったよ。」
魔王との戦いも・・・。
勇者との因縁も・・・。
スザクと魔王
自分が弱いことや卑怯であることを肯定し、逃げるという行動をしていたり
彼女を取り戻すために強くなる、種族を統一して争いを無くすという、もっともらしいけど根拠のないことにすがって、自己満足な努力をする。
という意味では似た者同士なのかもしれません・・・。
似た思考を持つ彼らですが、スザクは出会いに恵まれました。
レオンハルト、ティア、ルギウス等々・・・。
しかし魔王は王という立場上、スザクのように恵まれなかった。
次回は勇者と戦うジュリア視点です。