97:誘惑
日本シリーズ3戦目もソフトバンクの勝利でした。あと少しでノーヒットノーラン・・・。
明日ジャイアンツは、セリーグの意地を見せることができるのでしょうか?
シオン視点です。
―『ラフェールに許してもらえるのかな・・・。』
―『シオン、大丈夫よ。』
―『マリア・・・。』
―『私も不安。カムイくんと元に戻れないかもしれないわ。』
―『ううう。』
―『けれどね、どんなことが待っていても、どんな結末でも私たちは前を向かないといけない。』
―『マリアぁ・・・。』
―『最悪の場合は、神父様も助けてくれると仰ってましたわ。大丈夫よ。』
―『でも不安だよ・・・。』
―『なら私が不安を取り除いてあげる。』
―『えっ!?』
―『ほら、私に身を委ねて・・・。』
**********
洗脳から解放されて・・・。
故郷へと帰るときの二人きりの馬車。
あの時と同じように。
私はマリアに包まれている。
「不安なの、シオン?」
ラフェールはグリムという騎士に勝てるのか?
きっと苦戦する。
近接戦闘もできるとはいえ、本職ではない。
・・・もしかしたら負けてしまうかもしれない。
「ラフェールさんが負けても大丈夫よ。魔王様が復活させてくれるわ。」
復活。
そういえばエレンの旦那さんも・・・。
「ラフェールさんはあなたが連れていかれた後、きっと他の女性と関係を持ったわ。」
・・・わかっている。
彼は逞しいし、私が勇者に連れられたあとは、きっと様々な女性からアプローチを受けただろう。
「・・・私たちがあの男に洗脳されていてるとも知らずにね。」
仕方ないことだってわかっている。
洗脳や魅了というそんな能力があるなんて、当時のラフェールは知らない。
だから私のことを、裏切り女って思っていても仕方ない。
・・・けれど待っていてほしかった。
都合の良い自分勝手な考えだけど、待ってほしかった。
「望めばシオンだけを見るように、復活させてくれるわ。」
私だけを・・・。
私だけを見ていたあの頃・・・。
あの男が私を洗脳する前に・・・元の関係に戻れる。
「魔王様が叶えてくれるわ。」
幸せを壊した勇者。
それを直してくれる魔王。
「シオン、魔族になることを受け入れて・・・。」
まるで聖母のように、優しい声で私に問いかける。
「もうあなたは苦労する必要はないの。」
洗脳されて、解放されて、故郷に戻って、拒絶されて・・・。
王都に旅立って、冒険者になって、冒険者として成長して・・・。
魔王と戦って、仲間を奪われて、女神の塔まで行って・・・。
ラフェールと再会して、会話して、けれどそれはあくまで『仲間』として・・・。
沢山の苦労をしてきた。
けれどその苦労は本当に報われるのだろうか?
「あなたはもう『楽』になっていいの。」
ああ、やっぱりマリアなんだ。
故郷に帰るときも、冒険者になったときも、お屋敷を手に入れたときも・・・。
姿形が変わっても聖母のように優しいマリアなんだ。
受け入れちゃえば楽になれるのかな・・・。
楽に?
違う。
私はまた『楽』しようとしている。
自分だけが苦労している?
違う。
私たちの仲間はみんな苦労している。
ジュリアもクレアもティアも。
スザクさんもルギウスさんも。
そしてラフェールだって・・・。
私だけ、マリアという存在を言い訳に『楽』を受け入れようとしてしまった。
「さあ『魔』を受け入れて。」
マリアは禍々しい黒い塊を、私の口に優しく運ぶ。
「違う!」
その黒い塊を手ではじき返して、私はマリアを拒絶した。
「えっ!」
マリアは私が拒絶したことに驚いていた。
・・・正直隙だらけだった。
「いやっ」
私は隙だらけのマリアを押し倒した。
馬乗りの状態で、マリアに向けて弓を構える。
「どうしてシオン・・・。」
「負けを認めて。」
この状態ならゼロ距離で矢を放てる。
いくらダークスフィアを速攻で発動できると言っても、ゼロ距離なら無意味だ。
私がこのまま矢を放つことができれば、確実に仕留めることができる。
「ふふふ。」
もう勝ち目がないはずのマリアは笑っていた。
「何がおかしいの!早く負けを認め・・・」
「本当に矢を放てるの?」
それは私の知るマリアの笑顔ではない。
魔王妃としての嘲笑だった。
「私の言葉の誘惑に負けそうになった貴女が!!!仲間であった私に向かって!!!!」
あまりにも威圧感があった。
私がマリアに馬乗りになっているはずなのに・・・。
体制で優位を取っているはずなのに、その威圧感に負けそうになった。
そして威圧感は、私に沢山のことを教えた。
目の前にいるのは、魔王に洗脳されたマリアではなく、もう既に『魔王妃』として前に進んだマリアだということ。
決して洗脳ではないこと。
ペンダントで救うことは無理だということ。
手遅れだということを痛感した。
「もういいわ!!!私が貴女を変えてあげる!!!!」
マリアは叫んだ。
そして彼女の口や耳から触手のようなものが出てきた。
「嘘!」
私はマリアの出す触手に、驚きを隠せなかった。
「これでシオンの動きを封じて、強制的に貴女に魔を受け入れさせるわ!!!」
早く矢を放たないと。
マリア・・・いや魔王妃から出る触手が、私に徐々に迫ってくる。
早く、早く、早く、魔王妃を倒さないと。
私の身体よ。目の前の魔王妃を打ち抜け!
「やっぱり甘いわね。シオン。」
できない。
マリアを打ち抜くことなんて・・・。
誰か助けて。
と願った瞬間だった。
「がぶ」
マリアの口に矢が刺さっていた。
「シオン!」
私の大切な人の声が響いた。
「痺れ薬を仕込ませた矢で、魔王妃を撃ち抜いた。」
「あが、がががが」
痺れ薬によって身体がマヒしているのだろうか?
マリアは苦しそうにうめき声を出している。
「シオン、もうその女は『マリア』じゃない。よく見ろ、『魔王妃』だ。」
うじゃうじゃうじゃうじゃ。
身体がマヒしている影響か私を捉えようとした触手が、マリアの・・・いや、魔王妃の口元で気持ち悪くうねっている。
―『私は魔王妃として貴女達を倒します。』
彼女はそう言って、私たちに挑んできた。
身も心も魔王に捧げたと言った。
口から触手も出した。
頭では理解している。手遅れであると・・・。
けれど、私はまだ甘いことを考えていた。
魔王妃に女神のペンダントを装着した。
「あががががが。」
うじゃうじゃうじゃうじゃ。
当たり前だけど、手遅れ。
なにもかわらない。魔王妃のまま。
だってマリアは魔王妃として、自分の意志で前を向いてしまったから・・・。
「パワーシュート!!!」
ガンさんが作ってくれた虹色の弓のおかげで、ラフェールのようにパワーがある矢を放てるようになった。
私は迷いと自身の甘さをかき消すように、大きな声で技名を叫んだ。
強化された矢で、仲間だった魔王妃を打ち抜いた。
*********
「シオン、よくやったな・・・。」
ラフェールは私の頭に優しく手を乗せた。
私はマリア・・・いや魔王妃を倒したこと。
そしてかつての仲間が口から触手を出してきたことを受け入れられずにいた。
彼女との戦いは現実だったのだろうか。
まだ頭がふわふわしている。
「なんとか、勝ったな・・・。」
「・・・ラフェールも・・・よく勝ったわね。」
ふわふわする思考のまま、ラフェールと会話する。
騎士相手に近接戦闘でよく勝てたと思う。
「ルギウスとスザクのおかげかね。」
「えっ。」
「あいつらと女神の塔で待っている間とか、ドニーの村で近接戦闘の稽古をしたが、それに比べてしまえば楽勝な相手だったよ。」
ふう。と息を吐きながら、彼は言った。
「まあ実践経験は乏しいから、苦戦したけどな。」
彼は半年以上、女神の塔へ挑んでいた。
遠距離攻撃が得意だというけど、時にはあの女神の塔付近の魔物と、近接で戦闘をすることもあったはずだ。そして最強のルギウスさんと高い剣術を持つスザクさんと、少しの期間とはいえ稽古をした。
だから相手が魔族の騎士でも戦えたのだろう。
・・・なにがともあれ、彼が無事でよかった。
魔王妃の誘惑に乗らなくてよかった。
「マリアって娘も『洗脳』がなければ、狂わなかったのかな・・・。」
勇者に洗脳されて、恋人は別の人と結婚して、王都に来て、冒険者になって・・・。
魔王に洗脳もされてしまった。
常に前を向き続けていた彼女は、魔王妃になっても前を向いていた。
「・・・洗脳野郎共と決着をつけないとな。」
静かに、そして決意を込めて、ラフェールは言った。
「行くぞ、シオン。」
彼は私に手を差し伸べた。
「ええ。」
その手を私は握った。
その瞬間、さっきまでの現実が私の中に水のように流れ込んできた。
「マリア・・・ごめん。」
口から水のように零れた。
あの男に洗脳されている時も、洗脳から解放されたあとも・・・。
エレンに勇気をもらって、マリアと一緒に不安を分かち合った。
故郷から王都に戻ってきて、エレンとマリアと再会して・・・。
あのお屋敷を手に入れた、ジュリアも王都に来て、冒険者として一緒に頑張ろうと決めた、冒険者として名を上げた。
マリアと私は一緒に頑張ってきた。私はマリアに沢山救ってもらったのに・・・。
私はあなたを救うことができなかった。
「ごめんなさい。マリア、救えなくて・・・。」
涙が止まらない。
ポン。
ラフェールはなにも言わずに、私の頭に手を置いた。
「落ち着いたら・・・行こうか。」
救うというのは、おこがましいことなのかもしれない。
マリアは自分の意志で、魔王妃として前に進んだのだから。
自分の意志で決めたことを、他人である私が、私の正義感でどうこう言うのは、間違っているのかもしれない。
けれど救いたかった。
私の涙はしばらく止まらなかった。
ラフェールは何も言わずに傍にいてくれた。
マリアのセリフの「あなた」と「貴女」をわざと使い分けてました。
「あなた」はマリアとしてのセリフとして発せられた時、「貴女」は魔王妃としてのセリフとして発せられた時と意図して使い分けてました。
エレンの結末は最初から決まっていました。
マリアについてはかなり迷いました。既に完結までの物語は一通り書き終わっているのですが、ここの結末が作者として一番悩んだところです。
次は魔王へと戦いに挑むルギウスの話です。