96:未練
シオン視点です。
「シオン、距離をとって攻撃するぞ。」
ラフェールが言った。
私たちは、遠距離の攻撃が得意だ。
マリアは魔法で攻撃してくるはず・・・。
この戦いでは、お互いの距離感が大事になってくる。
私だって「百発百中」と言われた。矢を必ず命中させてみせる。
「・・・もしかして遠くから矢で攻撃すれば、私が魔法の発動ができないとお思いで?」
「ああそうだよ!」
ラフェールは、マリアの言葉に答えると「パワーシュート」を放った。
「ダークスフィア!」
マリアがそう言った瞬間に、黒い禍々しい球体が現れる。
「なっ、唱えてから一瞬で発動しやがった。」
その球体はパワーシュートを防いだ。
「防がれたか。」
「防いだだけじゃないですわ!」
「えっ!?」
その球体は矢を受けて、風船が割れたように破裂した。
そしてその破片は、刃のシャワーのように、ラフェールに一斉に襲いかかる。
「ラフェール!」
「問題ない!」
彼は襲いかかる刃で華麗に交わす。交わしきれないのは、彼の短剣ではじき返す。
それでもシャワーのように襲いかかる破片を、全て交わしきれない。
交わしきれない破片は彼の身体を傷つけた。
「マリアって言ったか。」
交わしきれなかった闇の破片を受けながら、ラフェールは言った。
「この程度の刃なら、傷つかないくらい身体は鍛えているんでね。」
「あら、そうですか。」
彼の逞しい肉体なら、少し位この刃を受けても問題ないようだ。
私はほっと一安心する。
「ただあの球体が厄介なことに変わりないな・・・。」
矢を放った瞬間に、マリアは即効でダークスフィアを発動する。
闇の球体に矢が当たったら、風船のように爆散して、そのたびに刃が矢を発射した者に襲いかかる。
自分達の得意な矢を使って攻撃することが、安易にはできないということ。
「それにシオンが刃を受けたらまずいよな・・・。」
私のことを心配してくれることに嬉しさを感じた。
でもそれは私が彼のように刃を交わしたりできないこと、彼のように少し刃を受けても問題と思われてないこと。
「ごめん、ラフェール・・・」
私はこの戦いにおいて、足手纏いだということ。
「大丈夫だ、シオン。俺がどうにかしてやる!」
そう言ってもらえるのは嬉しい。
けれど違うの・・・。
また私は『楽』をしてしまう状況になっている。
ジュリアはスザクさんと共に成長している。
なのに私は・・・。
「あらあら、お優しいのですね。」
マリアは余裕の笑顔を浮かべながら言った。
「ラフェール・・・あなたは一度シオンから逃げた癖に。」
本当にマリアから発せられた声なのだろうか。
それくらいすべてを凍てつかせるような声色だった。
「なんだと・・・。」
「故郷に戻ってきたシオンを突き放したそうですね。」
洗脳から解放されて、偶然にも故郷の方角が、私とマリアは同じ方面だった。
そして故郷から離れて、王都に来たタイミングも同じだった。
だからラフェールのことを色々話していた。
「私たちがどんな思いで、故郷に帰ってきたのかも知らずに・・・。」
神官さんが真実や事情を伝えてくれたとはいえ、本当に家族やラフェールが許してくれるかずっと不安だった。
エレンが励ましてくれなかったら・・・。
きっと戻るという選択なんてできなかった。
「そ、それは・・・」
「でも今は一緒にいるなんて、羨ましいですわ。」
さっきの場を凍てつかせるような声色とは打って変わって、あたたかな声だった。
人間のころのマリアを思い出させるような・・・。
「私の恋人・・・元恋人は既に結婚していた。」
だから彼女は、故郷を離れて王都に来た。
「あなた達はどんな経緯で再会したかわかりませんけども・・・。」
彼との再会は本当に偶然だった。
ジュリアが女神の塔に行こうって言ってなかったら、再会できてなかったかもしれない。
「未練たらたらなカップルと考えると、あなた達は確かにお似合いですわね。」
未練。
洗脳されている間に恋人が結婚した。
それでも前を向いて王都にきた。
スザクさんのファンになった・・・いや、恋をした。
けれど自分の仲間の大切な人と知ると、ファンという言葉を使って想いを断ち切った。
それに比べて私は・・・。
ラフェールに拒絶されて、王都に来て・・・。
気にしてない、もう割り切っていると言いながら・・・。
ずっと彼のことを想っていた。諦めきれなかった。
マリアにとって、そんな私は未練たらたらに見えたのだろうか。
けれどその『未練』のおかげで、私は魔王に洗脳されなかった・・・。
「貴女たち、元に戻る必要が本当にあるのかしらね。」
―私たちは元に戻る必要があるのか。
心に重りを乗せられた気分になった。
「黙れよ。」
ラフェールはマリアの言った言葉に怒りを込めて返す。
だが怒りに任せて矢を放つことはしなかった。
代わりに短剣を抜いて、戦闘体勢を取る。
「あら、意外と『冷静』なのですね。」
「まあな。」
矢で攻撃しても、ダークスフィアが現れる。
それなら、彼が短剣で攻撃して私が戦闘補助として矢を放つ。
ラフェールは近接戦闘は、それほど得意でないと言っていた。
けれど私がしっかり彼を支える存在になれれば。
ジュリアがスザクさんを支えるように補助できれば・・・。
きっと勝つことができる。
「悪いが俺はそこそこ近接戦闘もできる。覚悟するんだな。」
「やっときましたわね。」
ラフェールの言葉を無視して言った。
マリアの発言と同時に、扉の開く音がした。
一人の騎士が入ってきた。
「遅いわ。グリム。」
その騎士にマリアは声をかけた。
「申し訳ありません、魔王妃マリア様。」
グリムと呼ばれた騎士はマリアを『魔王妃』と呼んだ。
それはマリアが本当に魔王妃となったことを示す光景として、十分すぎた。
「貴女たちが部屋に入ってきたときに、呼び出しておいたの。」
さっきまでマリアがラフェールに言っていたことは、単なる彼が来るまでの時間稼ぎだったというの?
「早速だけどグリム。」
マリアはそう言うとラフェールを指して・・・。
「あの男を殺しなさい。」
「わかりました。」
マリアの命令に即反応したグリムは剣を抜いて、ものすごいスピードでラフェールに切りかかった。
ガギーン!
剣と剣がぶつかり合う音が響く。
「ぐっ、こいつ。」
「騎士団長の俺のスピードについてくるとはな。」
ラフェールは持っていた短剣でグリムの攻撃を防ぐことができた。
「ラフェール!」
私は彼の名前を叫んだ。
そして弓を構えて、彼の戦闘補助をする準備をした。
あの騎士は確実に近接戦闘が得意だ。
ラフェール一人では負けてしまうかもしれない。
「私だってジュリアのように支える存在になるの!」
焦り。
それはラフェールを早く助けないと、という焦りからだろうか?
それともジュリアのように、彼を支える存在になれてないからだろうか?
・・・焦りからか、すぐそばにそれ以上の敵がいることを忘れていた。
「シオン。」
マリアは既に私のそばに来ていた。
「シオン、大丈夫よ。」
マリアはあの時と同じように・・・。
不安が心を支配する中、洗脳から解放されて、故郷へ帰る馬車の時と同じように、私の両方の頬に手のひらを添えて・・・。
「私に身を委ねて・・・。」
不安に支配される私を優しく包んだ。
エレンの最期はああいう結末でしたが、マリアとシオンは・・・。
マリアとシオンは、1章で故郷へ帰る際、同じ方面でした。
次回もシオン視点です。