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ある春の日

 ぐう。


 腹が鳴る音で目が覚めた。時刻は13時32分。春眠暁を覚えずとは言うがさすがに寝すぎではないだろうか。まぁ寝てしまうのも無理はないが。昨日は遠足の引率で一日中歩きっぱなしだったから。ただ歩くだけならまだしも40人もの子供たちを監督しながら目的地を目指すことは容易ではない。体力的に疲れたというよりも気疲れの方がどちらかというと大きいかもしれない。車にはねられやしないか、勝手にどこかに行ってしまいやしないか、お漏らしをする子はいないか、とても気が気でなかった。しかし幸いいなくなるものもなく、けがをするものもなく楽しんでみな帰ったのだから大成功といえるだろう。最後に集合写真を撮ったときなどみなたまらない笑顔をしていた。目的地の自然公園では一面の花を見てみなはしゃいでいたし。そうクラスの子からもらったシロツメクサの冠を見ながら昨日のことを思い出してひとりでにやけていると


 ぐう。


 また腹が鳴った。のそのそと布団から這い出て冷蔵庫の中を物色する。腹を満たしてくれそうなものはない。


 はぁ。


 私はため息をついて買い物に出ることにした。

 スウェットによれよれのTシャツ。サンダルをつっかけて外に出た。春の匂い、日の匂いがする。私は目じりについたヤニを取りながらドアのかぎをかけた。こんなところ生徒には絶対見せられないな。近くのスーパーまでは歩いて20分ほど。いつもは自転車で行くが心地よい日だ。歩いていこう。


 ペタペタとサンダルの音がする。それに合わせるかのように小鳥が鳴く。道端ではイヌノフグリが笑っている。なんと気持ちの良い日だろう。しばらく歩いていると小川の土手に小さな黄緑の塊を見つけた。ふきのとうだ。小さいころ祖母にてんぷらにしてもらったことを思い出した。そういえば久しく食べていないな。帰りに摘んで帰ろう。


 スーパーで小麦粉とサラダ油を買った。それからしいたけ、なすにかぼちゃ。今日はてんぷらパーティーだ。買い物の最中にタケノコがちらと目に入った。一瞬炊き込みご飯をしようか迷ったが、あく抜きが面倒なので別の機会にした。


 帰り道、あの土手によった。ふきのとうをいくらか摘み取る。摘み取った端からほろ苦い香りがしてくる。近くにシソの葉も生えていたので拝借した。


 家に着きサラダ油を熱する。その間に食材の下準備をする。ふきのとうを濡らしたキッチンペーパーで丁寧にふき取る。買った野菜をいい大きさに切り、小麦粉でてんぷら粉を作る。そうこうしているうちに油がふつふつとしてきた。さあ、いよいよだ。


 ふきのとうにてんぷら粉をまとわせて油に入れる。


 じゅわぁ。


 泡のはじける音が空腹を刺激する。続けて2つ、3つと投入する。油は心地よい音を立てる。夢中になりながら残りの野菜を入れた。


 無事野菜らが揚がると最後はシソの葉だ。これは薄いから一瞬の勝負。衣をつけて…それ!


 じゅわわ。


 油のはじける音がする。表裏と返したのちにすぐさま油から引き上げる。よし、いい色だ。


 皿に盛りつけ塩をふる。完成だ。すぐさまふきのとうを1つ取り口に運ぶ。口いっぱいに春が広がる。春を堪能した後、油の残る口をビールで流し込む。



 ぷはーっ。ああ至福。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ほっこりするお話に癒やされました。言葉のつらなりが好きです。やさしくて、体にすっと入ってくるような。「ふきのとうにてんぷら粉をまとわせて油に入れる」──個人的にはここがとくに好きでした。 …
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