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短編・どんでん返し

オセロ 究極奥義。

作者: 木沢 俊二

「さあ選べ、全ては神が決めるだろう」


 ゴドリゲスはにやりと不敵な笑みを浮かべた。四角い顔に茶色い無精髭がわさわさと揺れる。

 ガンフは目の前の高貴な袋を見つめた。ロザリオ王国の紋章の入ったその袋には、二つの真珠が入っている。

 一つは黒真珠、もう一つは白真珠。

 この中から一つ選べ、ゴドリゲスの言う「選べ」とはそういう意味だった。

 そして黒真珠を引けば即刻死刑、白真珠を引けば無罪放免。どうせガンフは有罪なのだから、神が黒真珠を引かせるだろう、そう言いたかったのだ。


「その前に確認したい事がある」

 

 ガンフの瞳の奥が強く光った。例え奴隷の服を着させられながらも、その体内に脈々と流れる王族の血が彼の瞼に宿っていた。

 王国の裁判が行われるここ「天秤の間」は、裁判の際に数百人もの民衆が所狭しと押し寄せる。そして彼らは死刑執行の証人として、そしてその観客としてその決定的瞬間に群がるのだった。

 その死刑の瞬間を今か今かと待ち望む民衆の熱気を、ゴドリゲスはまるで自分の物にしている気分だっただろう。

 その見上げるガンフの眼差しを、まるで虫けらでも眺めるように見下ろしていた。


 実際ガンフの命は風前の灯火だった。


 ゴドリゲスはあらぬ罪をガンフになすりつけ、王族として勢力を伸ばして来たガンフを消し、同じく王族である自分の王位継承順を上げようとしていたのだ。その策略にはまり、今ガンフは窮地に立たされている。

 ガンフはそのゴドリゲスの蔑んだ瞳を、キッ、と睨みつけた。


「もしそなたの言うように、これから私の起こる未来の出来事が神の思し召しであるならば、私がもし白真珠を引いた際の行いが軽すぎはしまいか?」

「どういうことだ?」

「黒なら私の死刑、ならば白真珠なら……」


 ガンフは一つ間を置いた。

 その言葉一つ一つを周りを取り囲む多数の民衆、そして遠くから天覧していた王も聞いていた。


「白真珠なら、そなた『ゴドリゲス』の死刑。それが筋というものではないか?」


 辺りが一気にざわついた。

 ガンフの罪を裁くはずなのに、ゴドリゲスの死刑? そんなものが通るはずがない……しかしゴドリゲスは驚きの言葉を発した。


「よかろう、どんな事があっても真実は一つ。そなたが有罪ということは明らかだ。さあ、掴め!」


 その言葉を聞いてから、ガンフは一つ息を吐いた。

 そして後ろに縄で手を繋がれたまま、二つの真珠の入った袋の前に立たされた。そして、縄を解かれる、運命を掴むために。


 ゴドリゲスはほくそ笑んだ。

 やっと待ちに待ったこの日が来た。こいつさえいなくなれば、王国は私のものだ。ついに念願の夢が叶ったのだ……。


 ゴドリゲスには勝算があった。

 何しろ、袋の中には黒真珠が二つ入っていたのだから。どうやってもガンフには勝ち目のない、この儀式は単なるパフォーマンスに過ぎなかったのだ。ガンフの死という運命は自分の手で引き寄せたのだ、そしてそれは神の思し召しだったのだと民衆に見せつけるためだけの。


——馬鹿め、お前が白真珠を引くことは無い—— 


 そういやらしい目つきで眺めるゴドリゲスに対し、ガンフは凛としていた。

 そして、紋章の入った袋に手を入れる。そしてその中をしばらくまさぐった後、一つの真珠をぎゅっと握りしめた。

 そしてゆっくりと取り出す。


「さあ、ガンフ。神の御意向を王へ示せ!」


 次の瞬間、ガンフは予想だにしない行動にでた。

 突然持っていた真珠を口に入れると、そのまま大きく飲み込んだのだった。


「おのれガンフ、気でも違ったか!」


 民衆はどよめいた。

 急いで止めようと、兵士が駆け寄ったが、もう時すでに遅かった。ガンフは真珠を飲み込んだ後だった。 


「だまれゴドリゲス。この私でさえ、王家の血を引いたものだ。死に際くらい自分で決めさせろ! もし私が死刑となれば、私の亡骸を切り裂き、はらわたの中からその黒真珠を探り出すがいい、お前の手でな!」


「わかった、ガンフよ。そなたがそこまで決意をしているならもう何も言うまい。この者の首をはねよ! そしてその後、私の手ではらわたを切り裂いてやろうではないか」


 その時だった。


「ちょっと待ちなさい」


 その声は荘厳で、決して大きくはなかったが、まるで呪文のようにあたりは静まり返った。


「ディオニルス王、どうされましたか?」


 王は神聖なる存在だった。民衆でさえ、その声を聞けることはほとんどない。その実体すら本当は存在しないのではないか? 中にはそう信じているものもいるほどだ。

 その王が、言葉を発したのだった。


「ゴドリゲスよ、ガンフを死刑にする前に結果を確認するべきではないか?」

「お言葉ですが、王。奴はもう自分で確認したのです。死刑であることを知り、悔し紛れにそれを飲み込むという卑劣な行為に走ったのです」


 民衆の中もざわざわと、ささやく声が漏れ始めた。


「確認する方法があるだろう、ほれ」


 そう言って王はロザリオ王国の紋章の入った袋を指差した。


「その中を確認しなさい」


 ゴドリゲスは全身の血液が凍りついた。

 何を隠そう、その中身を一番知っているのはゴドリゲス本人だった。


「ですが王、このような神聖なる場所でそのような行為は……」


 すかさずガンフは畳み掛けた。


「見苦しいぞ、ゴドリゲス。何かやましいことでもあるのか? このような神聖なる場所で」


 兵士によって、その袋の中の残った真珠が取り出された。

 ゴドリゲスは思わず、額から汗がこぼれ落ちた。

 そして兵士が掴んだ真珠を高らかに、王の元へ向けた。

 その色は黒く光っていた。


「黒のようじゃな。すると、ガンフの引いた真珠は白真珠。となると、先ほどの宣告通りゴドリゲス、お前を死刑にしなければならない」


 ゴドリゲスの手が震え、声は上ずり始めた。


「さ……先ほどは勢いで、というか、その……」

「そなたはこの『天秤の間』という神聖な領域で、勢いで誓いを立てたと言うのか。それだけで死罪に値するぞ、そなたの処遇は後ほど考える。地下牢にぶちこんでおけ!」


 そのままゴドリゲスはその場から連れ去られたのだった。

 そしてガンフは無事、無罪放免となった。

 帰り際、脇に隠してあった真珠の色を確認すると、やはり黒だったのを見て、ガンフはふと一息ついたのだった。

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